結末


           *


「何度言えばわかるんだ! 元はと言えば、お前たちのせいだろう!」「違う! 子は親を見て育つんだ! あんたたちがしっかりと教えてくれてれば」「そんなもの自己責任だ」「笑ってたじゃないか! ダメならダメで言ってくれればよかったんだ」「そんなもの自分で考えればわかるだろう! そういう責任転嫁する性根が問題なんだ!」


 その頃。アシュはダージリンティーを飲みながら、興味深げに様子を伺っていた。親と子が、『どちらが責任を取る』かをなすりつけている光景。


 一度でも口に出すと。その応酬は止まることはなかった。普段から言えなかったことまで含め、罵詈雑言のオンパレード。まるで、昔から憎しみあっていたかのように。


 そんな様子を嬉々として眺めていた性悪魔法使いはあくびを浮かべて時計を眺める。


「そろそろ飽きてきたな。じゃ、親も子どもたちも奴隷でいいのだね? どちらかが助かるという選択肢はないと?」


「「ち、ちがっ……」


 互いの声が重なり、互いに憎悪の視線を合わせる。


「いい加減にしろ! お前たちが犠牲になれば、みんな助かるんだ」「そんなの……絶対に認めない。あんたたちだけ助かるなんて」「なんでだ! お前たちが全部悪い! お前たちの素行が悪いから――」「違う! 教育が悪いんだ! 元々の環境も最悪だった」「ふ、ふざけるな! お前たちは生まれつき出来損ないだった!」「あんたたちみたいな親から産まれたからだ」


「ふー……結論は出たみたいだね。じゃ――」


 その時、扉が大きく開く。すると、息をきらしたナルシーとシスが入って来た。アシュは少し驚いたような表情を浮かべながらも、尋ねる。


「なにしに来たのかな? 今、君のために彼らに罰を――」

「止めてください!」

「……どういうことかな?」

「ひっ」


 アシュの威圧がナルシーに向けられる。腐っても大陸最高の魔法使いのそれは、圧倒的だった。明確な敵意。チラつく怒気。垣間見える狂気。


 普段の、ふざけたそれとは異なる雰囲気。それだけで、彼女は足がよろめいて動けなくなりそうだった。


「ナルシー君。まさか、君までお得意の偽善パフォーマンスじゃないだろうな」

「……っ」

「答え次第では、わかっているね? 僕の行動を止めると言うことは、そういうことだ」


 まるで、敵であるかのように。


 白髪の魔法使いは、一歩ずつ彼女に詰め寄る。


「……はっ……くっ……」


 息が止まりそうなほど苦しい。怖い。逃げ出したい。なんで、自分がこんなことを。なんの為に、こんなことを。


 なんの為。


 なんの……為に。


 その時、隣のシスがソッと寄り添い手を握る。


「……」

「……うん」


 シスを見つめたナルシーは、強く頷きアシュのことを睨みつける。


 手は……もう、震えていなかった。


「私、許せないんです! カストロが……あの子たちが憎くて憎くて仕方がないです」

「だったらいいじゃないか?」

「でも、それ以上に……私は、弱い私が許せない。まだ、カストロたちに……ビクビクしてロクに声も出せなくなる自分が憎くて憎くて仕方がないんです」


 ナルシーはキッとカストロたちを睨む。


「……」

「正直、私は彼らががどれだけ酷い目に遭っても自業自得だと思ってます。いい気味だとも。でも、それは他人にやってもらうことじゃない」

「……」

「私は一度は逃げました。でも、次は勝ちます。私は、カストロたちが束になっても太刀打ちできないほど強くなりたいんです」

「……」

「私は、強くなりたいんです」


 その表情に迷いはなかった。


 ナルシーはそう言いきって、迷いのない瞳でアシュを見つめた。


「……僕に逆らってでもかい?」

「はい」

「ふぅ……そうか」


 アシュはフッと笑って、ミラの方を見る。すると、執事は頷いて彼らの縄を外す。


「興が削がれた。好きにしていい」

「えっ……」


 つまらなさそうにそう答え、闇魔法使いはナルシーの方に近づく。


「くだらなく、甘ったるい、幻想的な判断だ。でも……僕は君の出した答えを選ぶよ」


 そして、ナルシーの方へと近づき。


 頭を優しくなでる。


「あ、あ、あ、あの……」

「赤ずきんというお話を知っているかい?」

「は、はい……それは、もちろん」

「嫌いなんだ、僕は」

「……」

「なぜ、少女は死んだのだと思う? 周囲の大人がマッチを買わないほど冷たかったから? 愛のない親が無理矢理に外へと出したから?」

「……いいえ」


 ナルシーは大きく首を振り、アシュもそれを見て笑顔で頷く。


「そう。彼女は自分からはなにもしようとはしなかった。親から逃げることも、周りの大人に向かって『助けて!』と泣き叫ぶこともしなかった」

「……」

「結局は、自分が変わるしかないのさ。いじめっ子が悪い。そんなことは誰もがわかってる。だからって、外部が助けてくれるなんてことはない。あったとしても、それは単なるキッカケなだけだ」

「……」

「だから、どんなに気に入らない答えであれ、僕は君の勇気を支持するよ」

「……ありがとうございます」

「ふっ……」


 アシュは少し微笑みを浮かべて、部屋の外へと出た。


「どこへ行かれるのですか?」


 ミラが隣で尋ねる。


「行く当てがなければ動いてはいけないのかい?」

「できれば地獄に頂けると助かります」

「……ふっ」

「冗談じゃないんですが」

「ミラ」

「はい」

「さっきの僕は……カッコよかったかい?」




















「あの……赤ずきんじゃなく、マッチ売りの少女ではないですか?」

「……っ」

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