ライオールからの説明は、シンプルかつわかりやすかった。要点としては、『アシュに他国侵略などの野望はない』ということ。そして、『今回は、ただ単に生徒の付き添いとして来ただけである』という2点。


 それにも関わらず、ありとあらゆる国家の法律が頭に入っているほどの秀才が、理解するのに何時間も要した。


 そして。


 わかったらわかったで。リザールはこの一ヶ月に費やした膨大な時間と経費を無駄にした事に、大きく顔をしかめる。


「なんて……迷惑な男なんだ」

「悪気はないんですがね」

「……はぁ」


 とてもじゃないが、まだ半信半疑だ。あれだけの影響力を持ちながら、俗世への未練がないだなんて。


「ライオール先生。やつは……アシュ=ダールは死者のハイ・キングではないのでしょうか?」


 リザールはかねてからの疑問を口にする。


 かつて、闇の世界に君臨すると言われる魔法使いがいた。『死兵』と呼ばれる不死の部隊を従え、時折、小さな村や町に出現する。彼が現れたとされる場所はいずれも死体すら残らない。


 各国の権力者たちは、誰もが彼に頭を垂れ、莫大な財を差し出して名声を得た。後に、ヘーゼン=ハイムが討伐し新たな時代を作ったが、アシュ=ダールと死者のハイ・キングは多くの共通点がある。


 しかし、ライオールは真っ向から首を振る。


「時系列的にあり得ないですね。アシュさんの生い立ちはヘーゼン先生から聞いているので。ごく普通の農家で生まれたそうですよ」

「普通? あの異常者が?」

「あ、あはは……歪んだ育てられ方をしたのは確かですがね」

「……確か、ヘーゼン=ハイムの弟子だったんですよね。あなたもあの男も」

「ええ。しかし、修業時代の頃は……正直に言って思い出したくないですね」

「……」


 ライオールほどの天才魔法使いがそう言うのだから、それほど過酷であったと言うことだろう。


「もし、存命ならばぜひお会いしたかった」


 史上最強の魔法使いである彼の功罪は、常に議論の的になってきた。ライオール=セルゲイを初め、数多の高名な魔法使いを輩出し大陸の発展に貢献した。一方で、史上最悪の魔法使いと誰もが疑わないアシュ=ダールを世に放った。


「いつかお会いできると思いますよ?」

「はは、辛辣ですな。まあ、天国か地獄かわかりませんが、楽しみにその時を待つとしましょう」

「……ええ。そうですね」


 相変わらずライオールは不可思議な笑みを浮かべる。否定とも肯定とも取れないような不明瞭な笑みを。


「賛否両論はありますが、私はアシュ先生を招集して正解だったと思います。あなたの娘であるナルシーさんも元気でやっているので、ぜひとも顔を見てあげると」

「……今は、セザール王国の筆頭大臣としてお話しています」

「公私を分ける事は非常に重要ですが、父親としての目線で見た方が、むしろ、アシュ=ダールという人間性がわかると思いますよ?」

「……」

「目立ちたがり屋の性格ではあるんです。しかし、あくまで自身の功績によってというこだわりがあるのです。だからこそ、研究者としてあの人の右に出る者はいない」

「研究者……」

「ええ。しかし、それも彼の一面でしかありませんがね。だから、教師としての彼を、色眼鏡なしで見て欲しいのです」

「……」


 そんな中。秘書のエステリーゼという女性が喜びの声をあげる。


「つ、通じました! やっと、繋がります」


 映し出されたのは、馬車の中だった。


 居場所がわからない状態での水晶玉での交信は非常に難しいとされている。さすがは、ライオールの秘書官だとリザールは感心する。


 そして、水晶玉の中で、恐ろしいほどの美貌を持った女性が白髪の魔法使いを見る。


「エステリーゼ様から交信が入りました」

「……ククク。1週間会えてないからといって、そんなに頻繁に」

「なっ……なんだとこのやろ……」


 そう言いかけた彼女の口を、ライオールが必死で押さえる。


「やあ、エステリーゼ君……と、ライオール。君もいたのか? まったく。チョロチョロと。君はゴキブリかね?」

「……っ」


 エステリーゼが猛然と叫び出すのを、やはり、ライオールが食い止める。


 リザールもまた、唖然とした。大陸中が憧れる最高峰の魔法使いを。各国の首脳が喉から手が出るほど切望している人材を。事もあろうに、害虫の中の害虫呼ばわり。


「今、僕は忙しいんだがね? 用件があれば手短に」

「いや、本当に申し訳ない。今、ナルシーさんの父親、リザールさんといます」

「ほぅ。話そうじゃないか」

「ありがとうございます」


 ライオールは、その場をリザールに譲った。


「やあ、お義父とおさん。ご機嫌はいかがですか?」


 !?


「き、き、君からお義父とおさんと呼ばれる筋合いはない!」

「おっと、失礼。ナルシーのお父さん。まあ、いつかそういう未来があるかもしれませんがね……ククク」

「……っ」

「彼なりの冗談ジョークです」


 ライオールが耳打ちされ、リデールはなんとか堪えた。しかし、なんと腑が煮え繰り返るような冗談ジョークだ。はっきり言って、反吐が出る。


 しかし、何度も自身の感情を抑え込み、リデールは尋ねる。


「……あの、娘は……ナルシーは元気ですか?」

「ええ。彼女は優秀で頑張り屋ですね。元々、光の魔法が使えない事をコンプレックスに思っているのか、最初は少し引っ込み思案でしたがね」

「……」


 確かに、一時は不登校の時期もあった。生徒たちの関係がよくない時も。やはり、この大陸では、背信主義者の差別、偏見が横行している。それを、仕事にかまけて、放っておくことしかできなかった。


「安心してください。聖信主義者だの背信主義者だの言う輩は多いが、このクラスにそんな愚か者はいない。彼女の闇魔法は一番優秀で、生徒たちから頼りにされている。あの、リリー=シュバルツでさえ一目置いているほどの存在だ」

「異議あり! 私は負けてるとは思いません!」

「ああ、うるさいなリリー君は。君が出てくるとややこしくなるから引っ込んでいてくれないか」

「そ、そうよ。今は、私の時間なのに」

「なによ、リデールまで。反論の時間を設けないのは卑怯だと――ちょ、シス……離し……もがっ」

「……」


 多少のわちゃわちゃがあり、混線する。


「ふふ……楽しそうでしょう?」

「……不覚にも娘があんなに生き生きとしているところを初めて見ました」


 そう言いながら。リデールは安堵した。あの大人しく、暗かった娘がこんなに元気でいるなんて。


 そして。


 この男なら、娘を預けてもいいと思った。


 そんな中、再びアシュの顔が映し出される。


「っと、失礼しました。とにかく、娘さんは優秀です。頑張れば、いずれ『第2のアシュ=ダール』と呼ばれるかもしれませんよ?」

「……っ」






















 それだけは嫌だと、リデールは思った。



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