シルミの三姉妹(3)


 レースリィは自身の耳を疑った。『女だけの村を見たくなった』。そんなふざけた理由で、この暗殺者の村に? まるで、異国の観光地にでも行ってるかのようなノリではないか。


 確かに、この村の風習は独特だ。彼女たちは夫を外に持ち、いわゆる週末のみ彼らと過ごす。生まれた子どもが男であれば、夫が育て、女であれば、その時点でこの村へと連れてこられる。


 だが、そんなことより暗殺者の村であるという事実の方が、よほど世間には特徴的だ。


「それ……嘘よね?」

「ワシらも同じ反応じゃった。誰かを殺してくれという依頼ではないのか。誤魔化すにも、大概にしろと」

「そうしたら?」

「その後の台詞。ワシは一言一句忘れん」


 長老のジルコムは、ギリっと歯を食い縛り悔しげにつぶやいた。


「ヤツは……アシュ=ダールは、うーん……としばし考えて。『じゃあ、まあそこまで言うなら、君たちの生活が潤うために、指名するか。あえて言うならヘーゼン=ハイムかな』と抜かしおった」

「……っ」


 レースリィは驚愕した。できる訳ないじゃないか。100年前と言えば、ヘーゼンが多少衰えは見せたものの、まだ現役で暴れまくっていた時代。個人で国家と渡り合うような怪物を、『あっ、ちょっと。帰り道にジャガイモ買ってきて』みたいなノリで。


 なんとなくだが、コイツはどうかしている、とレースリィは思った。


「で、でもでも。そんなヘーゼン=ハイム暗殺なんて、天文学的な報酬が必要になるでしょう? それが、アシュという男に払える訳がないでしょう?」

「ワシもそう思って、当時のダルーダ連合国国家予算と同額の金を要求したよ。もちろん、嫌味のつもりでじゃ。相手は国家の暴力を遥かに凌ぐ。これくらいの金額はむしろ当然だと思った」

「さ、流石に諦めたでしょう?」

「いや。ヤツは次の日に準備したよ。ふーん。『割安だね、お得だね』って言って」

「んん!?」


 理解がまったく追いつかない。国家予算がお得? 割安? 


「隣に控えていた執事が淡々と、明細を報告してきた。その規模が大きすぎて、調べるのに1ヶ月かかったが、土地。鉱脈。金銀財宝。紙幣。当時の国家予算に相当する額を、すべて」

「そ、そんな……で、でもヘーゼン=ハイムの暗殺なんてそんなリスク。私たちに負える訳が」

「……ワシもできないと言ったよ。もちろん、恥じゃ。曲がりなりにも、『金次第で、誰の暗殺でも請け負う』と触れ込んでいたからの」

「そ、そうよね」


 当然、この頃のヘーゼン=ハイムに敵う者は誰もいなかった。そして、それだけでなく、歯向かう者には一切の容赦がなかったので、そもそも敵対しようとする者もいなかった。


 仮に、暗殺を依頼した事実がわかれば、家族どころか血族全員の命が抹殺される。暗殺者も恐れる蹂躙者。そんな、危ない橋を渡ってまで、暗殺を依頼する者などいる訳がないと思っていた。


「だが、ヤツは言ったよ。『ふーん。まあ、誇大広告はどこにでもあるが、やってもみないのにできないと言うとはね。要するに、やる気の問題じゃないか。やるだけやってみたら?』と」

「……っ」


 頑張って。トライ、トライ。そんなキチガイなノリに、感情の持って行き方がわからない。

 どうしたって、アシュが話している内容とテンションが噛み合わない。


「だが、ワシらシルミ一族と言えど、ヘーゼン=ハイムを相手にすれば、下手をすれば村の全滅を覚悟しなければいけない。そんな危険な目に、遭わせるわけにはいかない。そう思って、説明したんじゃ。そしたら……ワシはヤツの言った言葉を一生忘れない」

「あ、アシュはなんて?」

「……ヤツは言ったよ。『呆れたね。暗殺される覚悟もないのに、暗殺しようとするなんて。誇大広告と言うか、むしろ詐欺じゃないか。今度からは、暗殺集団と言うよりは、弱い者イジメ集団……いや、自分たちよりも弱い者だけを狙って影からコソコソと暗殺する集団とでも、名前を変えたらどうだい?』と」

「……っ」


 なんて、嫌なヤツ。


「そして、アシュが要求してきたのは、莫大なキャンセル料だった。『申し訳ないが、君たちの詐欺的犯行によって資金の準備にもそれなりの金額をかけたので、事務手数料はそちらで負担してもらわなくてはね』。ヤツはそう言って、5%の金額を要求してきおった」

「こ、国家予算の5%。そんなの支払える訳ないじゃない!」

「同じことを言ったよ。そしたら、『自業自得だろう? だって、商品を買おうとして代金を支払って楽しみにしてたら届かなかったんだから。代金の返金及び送料、またそれにかかる事務手数料の返金は然るべきじゃないかい?』って」

「……っ」


 なんて、なんて、なんて嫌なヤツ。


「それでも、支払えないとワシは頭を下げたよ。屈辱じゃった。そもそも、こんなヤツを相手にした自分がバカじゃったと自分を責めた」

「そ、そしたら?」

「ヤツは……アシュ=ダールは『謝られたって、お金が戻ってくる訳じゃないから。断っておくが、僕は過度な料金を請求して儲けようとしてる訳じゃないよ? むしろ、執事の事務手数料、労力、及び僕の精神的苦痛などは請求対象には入れてない。これは、お得すぎるよ。まあ、今、支払えないのは仕方がないけど、ローンという方法だってあるし。支払うよう誠意は見せるべきじゃないかな?」

「……っ」


 ローン。シルミ一族が何百年24時間365日働き尽くしても支払えないような金額を、ローン。確かに、できもしない暗殺に金額を提示したこちらにも非はある。


 だからと言って……だからと言って……


「それでも……ワシは土下座をして謝った。この件はワシの一存であって、村の一存ではない。責任は軽はずみに請け負ったワシにあると」

「ヤツはこう言った。『じゃあ、やるしかないんじゃないかな? 返金もできないんだったら。責任を取ると言うのは、謝ることじゃないから。いやむしろ、謝ることで責任を有耶無耶にしようと言う姑息、卑怯さすら感じるよ。君が取る責任と言うのは、僕に頭を下げることじゃなくて、自分の無責任な行動によって、皆の命を危険に晒してしまった。どうか、協力して欲しいと村の方々に頭を下げて回って、説得することじゃないかな」

「……っ」


 キチガイ野郎。レースリィの脳裏には、そんな言葉が浮かんだ。


「そして……ワシはヤツの暗殺を決意した」

「な、なるほど……」


















「これが、悲劇の始まりじゃった」

「まだあるの!?」

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