愕然
*
同刻。馬車を必死に走らせていたライオールとエステリーゼは、見慣れた聖闇魔法が玉座の間に降り注ぐ光景を、窓から眺めた。
「……」
「……」
・・・
「ぎょええええええええ――――――!」
「お、落ち着いてくださいエステリーゼ先生!」
白髪の老人は、若干泡を吹いているエキゾチック美女の肩を抱き落ち着かせる。しかし、どちらかと言えば、エステリーゼの反応の方が正常である。
これは、完全に、公式に、徹底的に、宣戦布告の狼煙だ。
しかも、聖闇魔法使いは使用者が限られている。放ったのは、恐らくリリーだろうが、ギュスター共和国は犯行をライオールの仕業と断定するだろう。それを他国が黙認し、ライオールの評判を落としにかかると容易に予想できた。
これまで、ナルシャ国が他国から侵略されなかったのは、一重にライオールの人気によるものである。今回の国別対抗戦で優勝したことで、他の国からの圧力は強まったが、それでも侵略を受けることはなかった。
「しかし、もう今回は難しいでしょうね」
ライオールは淡々と口にした。
ナルシャ国は、いい意味でも悪い意味でも、あまりにも目立ちすぎた。これまで国家の成長を疎外していた老害たちをライオールが一掃したこと。リリー、シスを筆頭にした若手の台頭。
そして、『闇喰い』と呼ばれるアシュ=ダールの存在。
「彼の表舞台の登場は面喰らったでしょうね……いや、特別クラスの生徒たちが優秀でなかったら再び隠遁の生活を送ることも考えられた」
「な、な、なにを! 今はそんな場合ではないでしょう!?」
エステリーゼは声を荒げるが、ライオールは首を横に振る。
歴史には大きな流れが存在する。今が転換期か否か。それは、彼自身にもわからない。ただ、これまでとは違い、めまぐるしいほどの変化が起きているとは断言できる。
導火線に火をつけたのはライオール自身だ。
アシュと特別クラスの生徒を結びつければ、大きな変革が起きるのは必然だった。それが、いいことなのか悪いことなのかは未だにわからない。だが、なにかに導かれるようにアシュがこのナルシャ国へと流れ着いた。
「この流れが必然なのか……」
ライオールは歴史の流れを読む。アシュのキチガイ行動は今に始まったことではない。例え、どんな小さな行動でも、気まぐれな行動でも、遅かれ早かれこうなるのだろう。ナルシャ国という国家に固執する彼はその巨大な歯車の一つと言えた。
ヘーゼンは東の大陸へと旅立ち、半年が経過した。彼の緻密な計算をもってしても、全ての行動を見通す術はない。
しかし、彼の思考ではアシュとの対決はより先にあると結論を出した。
「……つまり、まだここではないと言うことだな」
「な、な、なにがですか!?」
混乱するエステリーゼにライオールは笑顔を浮かべて頭をなでる。自分の役目はやがて来る壮絶な舞台を壊さぬこと。それが、バランスを重視する自分にとっては最も大きな役回りに思えた。
「ギュスター共和国とナルシャ国の戦にはならないということです。いや、してはいけないと言うこと」
「……そんなの当たり前じゃないですかー!?」
泣きそうな顔で……いや、すでに泣いているエステリーゼ。
ライオールは近いうちに大戦が起きることは予期していた。アシュがヘーゼン以上の勢力を身につけ、ヘーゼンがそれ以上の力を求めに東の大陸へと渡った時から。
あとは、タイミングだけだ。
白髪の老人は、大きくため息をついた。
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