ルーレット
「ク、クククッ……知らなかったかな? もう、すでに西は半分制圧してしまったよ? もはや、君たちが束になっても敵わない局面に来てしまっているのだ」
「「「「……」」」」
そのハイテンションの口上に、誰もついていくものはいない。
と言うより、ボードゲームでこれだけマウントを取ってくる人も珍しい。最初は生徒たちも楽しんでいたが、尋常じゃないほどの得意顔で圧倒的なウンチクを語られ続けれ、彼らはもうドン引きしていた。
「……あー、今はどこら辺かな――「開けるな!」
・・・
怒号。気分転換にカーテンを開けて、景色を眺めようとしたダンに、アシュはこれ以上ないほどの檄を繰り出す。
「「「「……」」」」
え、ええっ――っと生徒全員が思った。
思えば、アシュという教師がキレたことは一度もなかった。どんなに生徒が失敗しても、『なぜ失敗したか』の理由を懇々と、ネチネチと、クドクドと教え込む。そんな説教スタイルであって、怒鳴るなどという行為とは無縁だった。そんなアシュが、カーテンを開けようとしたら、怒鳴った。
絶対、外でなにかが起こっていると、生徒全員は確信した。
「い、いや違うよ? 僕は西日が嫌いだから。眩しいのが苦手だから」
アシュは聞かれてもいないのにアタフタと意味不明な説明を始める。もはや、『疑い』というレベルを通り越し、疑って欲しいのではないかと思わせられるほどの、わかりやすい動揺だった。
「と、とにかくいいから! 早くルーレットを回しなさい」
「は、はい」
カララララララッ。
重々しい空気感が流れる中、回転の音だけが空しく響く。
「はい、5だね。次、ミランダ君」
「は、はい」
「ちゃっちゃとやろうね。ここらは大きなイベントがないゾーンだから」
「……」
そうやって、闇魔法使いはどんどん先へ先へ進めようとしてくる。生徒がルーレットを回した瞬間、生徒の代わりに駒を動かし、せかし、生徒にルーレットを回させ、生徒の代わりに駒を動かす。
もはや、生徒たちは、ただルーレットを回す作業をしているだけ。
時間が経過していくに従って、その傾向は顕著になり、今ではほぼアシュが一人でボードゲームをやっているだけになった。そして、手持ち無沙汰になった生徒たちは、どうしても外の様子が気になってくる。
そんな中、ミランダが動く。アシュが他生徒の駒を動かして、盤面のコメントを確認している最中、そーっと手を伸ばしてカーテンを――「……なにをしている?」
「ひっ……」
鋭く冷たい声が響き、彼女はカーテンを引く手を止めた。教師の声とは思えないほど、それは禍々しく響いた。彼女は、生まれてこの方、これほど冷徹な声を聞いたことがなかった。
「外にはなにもないと言っているだろう?」
「は、はい」
「さあ、早くルーレットを回したまえ。早く」
その声は恐ろしく低い声だった。まるで、このルーレットを回さないと殺されるのではないかという想像をかきたてられるほどに。
「い、嫌です!」
「……なんだって?」
「だ、だって! 絶対に、外で何か起こってるじゃないですか!? そんな中、なんでルーレットを回すんですか!? このルーレットはなんなんですか!」
ミランダが取り乱して叫ぶ。絶対に、このルーレットは普通じゃない。もしかしたら、このルーレットは魔道具で、回すたびに、人が死んでいく呪いのルーレットではないのか。いつのまにか自分たちは、超国家的犯罪の共犯者に仕立て上げられているのではないか。
この教師なら、やりかねない。
と言うか、やる。
「……いいから。早く、ルーレットを回すんだ。早く」
「「「「……っ」」」」
完全にそうだと生徒全員が確信した。
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