登校
午前6時半。主人のベッドの上で、まさしく主人であるアシュ=ダールが優雅な朝を迎える。カーテンを開けて、いつの間にか机に置かれたダージリンティーに口をつける。外を見ながらフッとため息をつくアシュを見ながら。
「……」
なにカッコつけてやがんだ、とミラは思った。
大聖女テスラから始まった疑問は、アリスト教、ゼノスへと派生し、日々書斎と研究室へ入り浸っていたが、どうやらひと段落ついたらしい。
「今日はどうなさいますか?」
「学校に行く」
「……かしこまりました」
「ククク……人気者はつらいな。久々の登校だから、さぞや生徒たちは狂喜乱舞するのだろうね」
「……」
そんな妄言を無言で返しながら、有能執事は使いの鴉をライオールに送る。実に3週間ぶり。突然の休暇にもかかわらず、スケジュールの穴を埋めてくれた超ハードスケジュール理事長への労いの言葉など、キチガイ魔法使いの脳裏にすらかすめなかったらしい。
「……いや、暴動すら起きかねないな。ミラ、一応備えておきなさい。彼らは曲がりなりにも僕の教えを受けた者たちだ。生徒全員に反旗を翻されたら、さすがに厄介だ。愛情と憎しみは表裏一体なところがあるからね。そのありあまる愛情が暴走して、それを僕に向けてくる可能性がある」
「……昨日、ワインなど飲まれましたか?
「ん? お酒は飲んでいないはずだが」
「……そうですか。残念です。そして、大陸の歴史上最も価値がない備えかと思いますが、かしこまりました」
執事は思った。
シラフなのかよ、と。
「エステリーゼ君も非凡な教師であるのは認めるが、特別クラスの授業は荷が重いだろうしね」
「そこは心配ありません。担任はテスラ様がやられていますから」
「……」
「……」
「なに?」
予想外の一言に、アシュは思わず聞き返す。
「アシュ様がお休みになった翌日から、ライオール様が打診し急遽引き受けて頂いたようです」
「……ふっ。暇人だな」
「……」
アンタほどじゃねーよ、とミラは心の中でツッコむ。
「まぁ、彼女に僕のような素晴らしい授業ができるかどうか、甚だ疑問ではあるがね」
「大人気だそうですよ」
「……」
・・・
ボグナー魔法学校。特別クラスの教室では、活気と、陽気と、熱気に満ち満ちていた。
「ーーと言うことです。ここまでで、誰か質問のある方?」
金髪ロングの美女がクルッと振り返って笑顔を向けると、
「「「「「はい!」」」」」
全員が真っ直ぐに手をあげる。
「フフッ、みんな元気ね」
「……」
盛り上がっている。はっきり言って、アシュの授業より盛り上がりまくっているテスラの授業の声をドア越しに耳を当てて聞いている無断欠席教師。
ガララララッ。
やがて。『今来ましたよ』風にドアを開けて、なにも気にしていないかのように教室の中に入って行く滑稽通り越してもはや憐れ魔法使い。
「っと……アシュ先生、ごきげんよう。みなさん、久しぶりの登校で不安な気持ちでしょうから、拍手を持って出迎えてあげましょう」
パチパチパチ!
テスラの提案通り、リリーを含む特別クラスの生徒たちが、朗らかな拍手を闇魔法使いに与えた。みんな、いい顔をしていた。心からの笑顔を浮かべて、心の底から慈悲を持って出迎える。
「ククク……よく洗脳したもんだ」
一方、アシュは邪気しか感じられない歪んだ笑顔で、心から生徒たちを蔑すんだ表情を浮かべる。
「洗脳? 言っている意味がよくわかりませんね。私はあなたが不在の間、代行で授業を行なっていたに過ぎませんよ。本当に、みんないい子たちですね」
ニッコリ。
「ええっ! もっと、テスラ先生の授業を受けたいです」「嫌だ、テスラがいいんです」「代行じゃなくて正式な担任になってください」「先生の授業は非常にわかりやすいです」「僕は、テスラ先生を見ていると、心が洗われます」「私……アシュ先生がいいなぁ」
唯一シスを除いて、生徒全員がテスラ先生に駆け寄っている。
「……まったく。いい子たちというのは誰のことかな? 僕には、ころころ簡単に態度を変わる変態たちにしか見えないがね」
「「「「「……」」」」
て、テメーにだけは言われたくないと、一瞬生徒たちに邪気が戻った。
そして、堂々と教え子を変態呼ばわりした変態教師は、テスラの前に立つ。
「まあ、僕も競争原理は理解しているつもりだ。どちらが真の担任であるか、あなたと勝負してあげてもいい」
「いえ……別に私はあなたが担任でいいと思っていますが」
一人ムキになっているアシュに対し、テスラは笑顔を崩さない。
「もちろん私たちはテスラ先生の味方です」「と言うか、アシュ先生は嫌です」「断固テスラ先生推しです」「みんな、いえ大陸中がテスラ先生の味方です」「テスラ先生がいいです! というか好きです」「ラブです、テスラ先生、ラブです」
「いや、担任と言うのはより優れた方がやるべきだよ。僕よりもあなたが優れていると証明されれば僕は喜んで副担任へと甘んじるよ」
「テスラ先生がいいと言っているじゃないですか!?」
生徒たちの声を完全に無視して話を進めるアシュに対し、生徒を代表してリリーが発言する。
「なぜ、生徒が教師を選ぶんだね? 君たちの意見など聞く価値もない」
「グギ……グギギギギ……」
金髪美少女に、邪念と邪気が戻ってくる。
「……それで、あなたの気がすむんでしたら私は全然構いませんが」
テスラはフッとため息をつく。
「よろしい。では、勝負といこうじゃないか」
「なにで勝負しましょうか? まあ、通常でいけば決闘かなにかになりますけど……」
「ふっ……僕は野蛮なことは好まない。それに、教師としての資質と戦闘能力は関連がない。そうさな……チェスなどどうかな?」
「チェスですか……私もチェスは得意なので、構いませんが」
「しかし、ただのチェスではつまらないな……」
そうつぶやき、アシュはグルグル歩いて周る。
やがて。
「そうだ、人間チェスをしよう!」
闇魔法使いは無邪気な笑顔を浮かべた。
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