*


 ゼノスがマリアに出会ったのは、18歳の頃だった。完全なる彼の一目惚れだったが、ナルシャ国大臣の娘である彼女は高嶺の花だった。それからゼノスはその類まれな闇魔法の才能を封印し、権謀某術を尽くして出世に勤めた。


 闇魔法がなくとも、ゼノスはその頭脳の明晰さと魔法力の強さで瞬く間に昇進を続ける。とうとう大臣と並ぶ地位を掴み、彼はマリアを手に入れた。ゼノスは幸福の絶頂だった。


 結婚式の当日までは。


 その日、二人の男女がこの国を逃げ出した。地位も家族も名誉もお金もすべてを捨てて。


 翌日、ゼノスはマリアを探す旅にでる。全ての財を、時を、地位すらも捨てて。


 そして。


 とうとう彼女の家を特定し、その扉に手をかけた。


 しかし、どうしても身体が動かなった。


 見たかった光景が。


 幸せな二人なのか。


 不幸な彼女なのか。


 自分でもわからなかった。


 わからなくなった。


 ゼノスは身を翻し。


 それから。


 彼は再びは闇魔法を使い始めた。彼女が信仰していたアリスト教を……いや、彼女に関する全てを憎みながら。


 そして、数十年ほどの時が経ち。


 闇魔法使いは一体の人形を創った。


 決して自分を裏切らぬ人形を。


 自分の愛だけを受け入れてくれる人形を。


            *


 そこにはなにもない。


 ただ覆いかぶさるマリアと。


 ゼノスだけが。


「……」


 アシュが足を引きづりながら駆け寄る。全魔力を費やした代償か、悪魔融合イヴィル・ヒュージョンもすでに解け、全身は赤黒い血で染まる。


「……貴様は夢に殺される」


 ポソリと黒髪の魔法使いがつぶやく。


「まだ……生きていたんだね」


 それでも。


 白髪の魔法使いは動じない。


 すでに、彼の身体は次々と黒い墨になっていく。


「……貴様は私だ」


「おかしいな……僕の計算だと即死なのだが」


 そうつぶやき。


 アシュはジッとゼノスを眺める。


「貴様はこの先も前を歩き続ける……歩いて……歩いて……歩いて……歩いて……果てなき夢を見続けて……それが不毛な荒野だと知らず……やがて貴様は……絶望を悟り……そして生きながらも死んでいく」


「僕は……君とは違う」


「違わないさ。貴様は私だ」


 ゼノスはそうつぶやき。


 笑う。


「……先ほどの位置関係だと君が上のはずなんだがね」


 二人を見て。


 ゼノスとマリアを見て。


 白髪の魔法使いはつぶやく。


「貴様は私だ……このまま呪われ続けたまま……地獄のような毎日を……」


 すでに意識が混濁して会話もままならない。反射的に憎悪の言葉を繰り返すゼノス。


 それでも。


 アシュは話を続ける。


「僕がマリアに指示したのは、『君を抱きしめろ』ということだけだ」


目的あてのない永劫を。貴様は歩み続ける。誰もいない荒野を……一人……フフフフフフ……フフフフフフフフ……フフフフ……フフっ…… …………………… ……………………」


 高笑いをやめ、動かなくなったゼノスと。


 彼に無表情のマリアを見つめ。


「もっと……彼女を愛せばよかったのに……」


 そうつぶやき。






















「おやすみ」


 二人の目を閉じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る