灰となり果てた死体を見て。


偽者フェイクは目障りなんでね。僕の視界から消させてもらった」


 静かに答えるアシュを見ながら。


「……偽者フェイクではない。アレは、本物のリアナの死体だ」


 ゼノスは答える。


 まだ、この男は動じている。だからこそ、敢えて極大魔法で消滅させた。そう判断して、試しに揺さぶりをかけてみる。


「嘘だ」


 しかし。


 予想に反し、その答えに迷いはなかった。


「なぜそう言いきれる? なぜ、あの死体が偽者フェイクだと言いきれるのだ?」


「ヘーゼン先生が君に彼女の死体を渡す? そんな方ではない。たとえ僕を封じるためであっても、そんなことをする方ではない」


「なら、なぜだ? なぜ貴様はリアナの姿を見て涙まで流した?」


 その問いに。


 アシュはフッと笑顔を浮かべて、


「……ただ」


 そうつぶやき、


「ただ、懐かしかった……それだけだよ」


 答えた。


「……」


「それに、あの死体が偽者フェイクでなくても、僕には正直どうだっていい」


「……」


「君は死後の世界を信じるかい?」


 突然、アシュはゼノスに問う。


「アリスト教徒が提唱する天国とやらか? 笑わせる」


「しかし、バカにした仮説でもないんだ。僕はそれを検証したくて、何年もかけて秤を造った。大陸一の精巧な秤を」


「……」


「人が死ぬとね……秤が若干だが、軽くなるんだ。何度やっても、何度やっても……僕はね、それは魂だと思っている。死ねば肉体からでて軽くなる」


「……貴様もアリスト教徒のように天国に行くとでも?」


「いや、僕はこう考えている。きっと……それは……その魂は……大切な人の元に行くんだ……だから、そこにはリアナはない……彼女は……ここにいるよ」


 その手は、アシュの胸にあった。


「……はっ! くだらない妄執だな! 貴様は研究者失格だ! 実証もできないものにすがるだなんて!」


「直感は優れた研究者の第一条件だ。愚鈍な君はそれを感じず、天才の僕はそれを感じた……君の研究結果は素晴らしい。だが、君の研究には仮説がない。だから、未来を描くことができずに過去ばかり見ている。それこそ妄執だ……そしてそれは凡人の仕事だ」


「……黙れ」


「現に、君はマリアに思考を持たせようとしなかった。それだけの技術を持ちながら、半永久的な寿命を持ちながら、彼女の表情だけでも笑えばいいと考えている。思考を持たれて嫌われるのを恐れている。君の都合のいいことだけ覚えさせて、自分がよければ満足か? これではまるで人形ゴッコだ」


「黙れ……黙れ……黙れ……」


「その技術には先がある……僕なら思考を持たせてやれる……感情を持たせてやれる……本当に笑わせてやれる」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れええええええええっ!」


「だから、それを僕によこせ! 君の研究結果もその死兵も! 財も知識も脳みそも、その全てを僕によこせ! 君は過去しか見れない亡霊だ! 後ろしか見れぬ愚か者だ! だから僕が前を向く……君の代わりに先へ行く!」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すうううううううううっ!」


「殺す? 残念だが……僕は殺せないんだよ……少なくとも君のような男にはね!」


 アシュは戦闘の構えを取った。

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