ワイン


 誘われたのは、最上階。広々とした大広間の中に円卓が一つ。そこには数々の料理とワインが並べられている。


「……レイア君がいないようだが?」


 注意深く周りを観察しながらアシュがつぶやく。


「女性は準備に時間がかかるんだよ。間もなく、来るよ」


「そうか。できれば、彼女の瞳と同じグリーンのドレスを希望するね」


「それは来てからのお楽しみだ。きっとお気に召していただけると思うよ」


「ククク……本当に楽しい語らいだ」


 軽口を叩きながら。


 アシュはマリアの模造品レプリカをエスコートして座らせ、続けて自分も隣の席に座る。


「ワインが口に合うか」


 ゼノスはそう言いながら杯に瓶を傾ける。


「いい色だ……そしてこの芳醇な香り。テレクレッサ・ド・マリアージュだね?」


「……違う」


「……」


「……」


 一瞬にして、あたりは微妙な空気に包まれた。


「そうか……いや、失敬。僕としたことが、このエンガレス大地の実りを見逃すとは。グレッサ・デマーゴシュだね?」


「……いや、それも違う」


「……」


「……」


 つ、次は当てろよ。


 敵であるゼノスですら願った。


「ふっ……まったく、君は意地悪だね。イルナース地方のワインを僕に差し出すとは。僕はグロゴーサル地方出身だから、これはいささか難問だったよ。ラ・コステル・ダリードだね?」


「……違うし、グロゴーザルのワインなのだが」


「……」


「……」


 いい加減ワインの名など、どうでもよいゼノス。表面上の薄っぺらい会話にも辟易し、一刻も早く本題に移りたいと思っていた。


 一方、優雅なワイントークを楽しみにしていたアシュの顔面は、これ以上ないくらい赤面していた。


 実はワイン一年生。


 飲めば『バカになる』と母から言われ続けて、30年以上も躊躇していた無駄生真面目魔法使いである。


 しかし、ウンチクは語りたい。


 たびたびパーティなどで繰り広げられるテイスティングコメントに圧倒的な憧れを抱いていた。それゆえ、書物で詰め込んだ知識は超一流のソムリエを凌ぐほど。最近、勇気を出して初めて解禁したワインは超一流だったが、彼にしてみたら苦いとしか感じなかった。


 知識は超一流。


 舌は超初心者。


 これが、現時点でのワイン偏差値だった。


 しかし、これが大人の味。


 その階段を一歩登ったと嬉しさでいっぱい。すぐさま、自分の知識を披露したかったが、その圧倒的交流関係のなさゆえに、呼ばれるパーティは皆無。圧倒的非モテゆえに、デートも皆無。


 この場は、アシュにとっては逃せぬワイン・チャンスだった。


「はぁ……正解を言おうか? サーー「サドレリック・バドーレ」


「……」


          ・・・


「いや、別に君の言葉の頭文字を聞いて答えたんじゃないよ。たまたま、後から滲み出てくるフルーティな味わいが僕にこの言葉を吐かせただけで。それが、偶然にも君との言葉に重なっただけで」


「……違う」




















「さあ、食事をしようか」


 なにごともなかったかのように、アシュはナイフを手にもった。


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