指導
試合が終わった後の控え室で、勝者とは思えないほど沈んだ空気感があたりを包んでいる。
「ね、ねえ……どうしたの? 勝ったんだから、もっと喜ぼうよ」
「「「……」」」
リリーの声に、なんの反応も示さないダン、ミランダ、ジスパ。先ほど躊躇なく殺人を犯しそうになった危険美少女に、味方ながらドン引きしているナルシャ国メンバーたちである。
ガチャリ。
「さあ、みんな帰るわよ」
やっと代行監督がこ慣れし出したエステリーゼが扉を開けて入ってきた。
「先生! どうでしたか、私の闘いぶりは?」
まるで、子犬のように褒められたそうな表情を浮かべる自己承認欲求マックス美少女。
「……ははっ」
一方、なんとも言えない微妙な表情で乾いた笑いを浮かべる代行監督。
「ど、どうしたんですか?」
「えっと……その……」
エステリーゼは、目の前のモンスター生徒をどう導けばいいのか考えあぐねる。『あなたは異常です』という言葉をどうオブラートに包んで伝えればいいのか。下手すれば目の前の金髪美少女は、登校拒否にでもなってしまうかもしれない。
しかし、逃げるわけにはいかない。自分が投げ出してしまえば、彼女はずっと自分の間違いに気づくことなく進んでしまう。いや、それどころか変態ロリコンキチガイ教師の教えによってますます、道なき道へと突き進んでしまう可能性もある。
ここが彼女のターニングポイントだ、と勝手に意気込む美女教師である。
「リリーさん。私は、ライオール理事長のことを尊敬してます」
静かに、しかし優しく彼女は語りかける。まるでピアノのピアニシモを弾くかのように。
「私もです!」
「そうですか……よかった」
その食い気味の同意に、ホッと一息撫で下ろす。
「私は彼の素晴らしさはその人柄……人格だと思っているんです」
「ええ、まったくその通りです」
「彼は命を大切にして、無闇にそれを奪うことを『善し』としません。この時代の考えとしては甘いという学者もいますが、私はそうは思いません。本当に素晴らしい人であることになんの疑いもありません」
「もちろんです!」
その威勢のいい同意に大きく胸をなでおろす。
ライオール先生は素晴らしい先生だ→素晴らしい理由は、彼が命を大切にするからだ→命を大切にすることは素晴らしい。
ここまでの認識確認はできた。彼女は、まだ間に合う。彼女はあの人(アシュ=ダール)と違って、腐ったミカンじゃない。
「さて、先ほどのあなたの行動を振り返ってみましょう。あなたは先ほど即死レベルの四属性魔法を躊躇なく放ちました。それは果たして命を大切にする行為と言えますか?」
「言えます!」
・・・
ダーン!
エステリーゼの脳内に、鍵盤を思いきり両掌でぶっ叩くような音が鳴った。
「な、なぜかしら?」
「だって、死ななんかったじゃないですか」
ニッコリ。
結果で黙らせる美少女、リリー=シュバルツである。
「あ……け、結果はそうだったかもしれませんけど」
「世の中は現在起きている問題と起きるべきことを想定して解決しなければいけない課題があります。私はどちらかと言えば、問題の方が解決すべき優先順位は高いと思われますが、エステリーゼ先生はどう思いますか?」
「え、ええ……それは……」
「なら、私が万が一死に至らしめるところだったと言う可能性の低い課題についてよりも、目下なにもかも問題なお方がお一人先生の同僚にいらっしゃいますよね?」
彼女はアシュ=問題という公式を発表した。
「……」
「私は、どちらかと言えばその問題を解決する方が優先度が高いと思うんです。ましてや、それに見て見ぬフリをして、課題の方をなんとかしようとすることは教師としてあまりいい選択とは言えないんじゃないでしょうか?」
ニッコリ。
喧嘩手法で強引に転換を図り、『ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。そんなことより、他に解決すべき問題(アシュ=ダール)があるだろう』である。
「あ……う……」
「それとも、エステリーゼ先生は私が思い描いている問題(アシュ=ダール)が問題ではないとお考えなのでしょうか?」
「いや……そうではないけれど」
「同意してくれてよかったです! なら、一刻も早くその問題(アシュ=ダール)の居場所を明らかにして、糾弾して、問い詰めて、なんとか解決すべきですよね。ぜひ、お手伝いさせてください」
ニッコリ。
もはや、その可愛すぎる笑顔が怖すぎる金髪美少女である。
エステリーゼは、その日悪夢にうなされた。
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