その日は、これ以上ない快晴だった。しかし、そんなことは全く関係ないところで、リリー=シュバルツは、ガビーンとしていた。


「な……なんで……」 


 円形闘技場の中心で、開会式選手宣誓のために壇上に立っているのは、黒髪の青年。鋭い眼光に、あまりも整い過ぎた顔立ちをした緑色の法衣。


「宣誓、僕たち選手一同は、誇り高き魔法使いとして、正々堂々と戦い抜くことを誓います。学術都市ザグレブ代表ローラン=ハイム」


「ああ、あの子、ローランって言うんだね」


 シスが、あっけらかんとした表情でつぶやくと、


「名前なんてどうでもいいの! あ、あ、あの性悪男が……ハイム……一族なんて……」


 絶望感を抱いた様子で、リリーはシスにもたれかかる。


 ハイム一族は、言わずと知れた史上最強魔法使いヘーゼンを生みだした血筋の者である。彼よりも前ではえるが、歴史に名を残す高名な魔法使いを何人も輩出している超名門家系。もちろん、二人も名門一族であるが、それはあくまでナルシャ国内での話。ハイム一族と比べると、月とスッポンほどの差がある。


 それだけでなく、各国とも並んでいる生徒たちは、弱小ナルシャ国とは比べものにならぬほどの強国ばかり。整列している特別クラスの生徒たちも、萎縮し、不安感が広がる。


「ふっ、心配することはないよ。君たちは普段、誰に教わってると思ってるんだい?」


「「「……」」」


 アシュの言葉を受けて、特別クラスの不安レベルが、急激に上昇した。


「一つ、面白い話をしてあげよう。僕は、実に大陸の半分以上の国を渡り歩いている。学術都市ザグレブも、セザール王国も、ダルーダ連合国も、ギュスター共和国も。そんな放浪生活の中で、各国の魔法使いとしてのレベルも見えてくる」


「「「……」」」


 生徒たちが息を呑みながら、耳を傾ける。


「君たちの魔法使いとしてのレベルは、同世代の魔法使いと比べて、飛び抜けている。そう、断言できるね」


「……本当……ですか?」


 優等生少女のジスパが、不安気に尋ねる。


「ああ、君のようにバランスよく魔法を使える魔法使いは貴重だよ。全ての物事において、オールマイティはチームに相乗効果をもたらす。ミランダ=リール君」


「は、はい!」


「僕の知る限り、君のように闇魔法の扱いに長けている者は少ない。この対抗戦でも、チームの貴重な戦力となるだろう。ダン=ブラウ君」


「う……うん」


「最近、君の成長は著しいね。精霊召喚ができる生徒は大陸広しと言えど、そうはいないだろう。そして、不本意ながら、リリー=シュバルツ君も、この特別クラスにはいるわけだ」


「なんで私だけそんな言い方なんですか!?」


「まあ、ともかく、この特別クラスは他の国でもエース級になれるほどの実力者揃いさ。各国を渡り歩いた僕が言うんだから、間違いない」


「「「……」」」


 生徒全員に、いつのまにか、自信がみなぎっていた。


「僕も、甘やかした教育をしたつもりはないよ。命の危険を伴う戦いだって経験させてきたはずだ。そんな、君たちが温室育ちの彼らに負ける? あり得ないね。仮に、負ければ、もう奴隷だよ。それぐらいの覚悟を持って戦いなさい。いいね?」


「「「……はい」」」


「返事が小さい! いいね!?」


「「「はい!」」」


「よろしい」


 アシュは柔らかな笑顔を浮かべて、生徒たちから離れていった。


         ・・・













 円形闘技場の廊下で。


「だ、そうだよ? 負ければ、奴隷になるそうだ」


「……最低の誘導でございました」


 ほくそ笑む闇魔法使いに、執事は淡々とつぶやいた。

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