寝てますか
陽が出るより早く、野鳥の鳴き声が聞こえるより早く、リリー=シュバルツは目が覚めた。
ベッドからそのスラリと細い足を出し、腕を大きく伸ばして伸びをすること数回。それからパシッと強めに頬を叩き、意識をハッキリとさせる。鏡台の前に到着するまでに艶やかな金髪を手櫛で直し、冷水を入れた桶に躊躇なく顔を入れる。
「……ぷはっ! 準備完了」
タオルでぬれた顔を拭き、大きく深呼吸をした。ここまでで要した時間は25秒を軽くきるタイム。同じ16歳の女の子と比べると異常ともいえる行為が、リリーにとってのルーティーンであった。
時計を確認すると、時計の針は4時ジャスト。ホグナー魔法学校入学時の時には5時半。日に日に早くなっていくその起床時間は、留まるところを知らない。最早、逆に夜型になっているのではないかと思えるほどの起床時間である。この勤勉美少女には、ルーティーンすら、向上心を持って取り組むべきものであり、その熱意は、最早誰もが、ドン引きである。
その後も、まったくいつも通りに手早くバランスの取れた食事を済ませ、入念に歯を磨き、通学準備完了。
授業の開始時間は8時30分。この寮から、ホグナー魔法学校までは徒歩5分。
破滅的かつ向上的な、せっかちである。
余った時間で、3か月後のカリキュラムの予習の復習。さらに、3か月後明日の授業の予習の予習。時間が余って3か月後明後日の予習。学校に入学して1年と半年。授業と彼女の勉強の差は、日々拡がっていく一方だった。
「ふぅ……終了」
予習が終わったのは、6時。日課のお祈りを済ませ、あわただしく寮を後にする。最近は、早く教室に到着して気分を変えて勉強をしようと言う、最早、病的勤勉美少女である。
ガラララッ。
扉を開け、教室の中に入ると。
教壇には、すでに闇魔法使いがスタンバイ。椅子に座りながら足を組む。
「……早いですね。珍しく」
不審そうに最前列ど真ん中に陣取る。
「……」
寝てる。教壇に肘をのせてスヤスヤと。リリーは、なんのつもりだと、爆睡魔法使いを訝し気に見つめる。
「もう、寝るんだったら自宅で寝てればいいじゃないですか」
そう不満を言いながら、いつも通り教科書を開く。
・・・
「……う――――っ。気が散るんですけど! 起きてるんですよね!? 起きてて寝てるふりしてるんですよね!?」
とにかく気になる。気になり過ぎて集中できない勤勉美少女。近づいて、本当に寝ているかを確かめるためにツンツン。
「……」
「……寝てますか? ほんと―――――に、寝てますか?」
「……」
すぐ横に近づいて、そのほっぺを何度もツンツン。それでも起きない闇魔法使いを、ジッと見つめる。
「寝てるんですよね……もう、寝てるってみなしますよ?」
「……」
どうやら、眠っているらしい。どうやら、本当に眠っているらしいと判断したリリー。
「……ミラさーん! ミラさーん! どこにもいませんよね?」
教室の周りをちょろちょろと徘徊して、有能執事がいないか確認し始める。廊下にロッカーの中まで何度も何度も入念に調べる。
一通り調査に満足した後、再び爆睡魔法使いの横に近づいてツンツン。
「……まだ、寝てますよね。寝てるんですよね?」
「……」
どうやら、眠っているらしい。やっぱり、眠っているらしいと判断したリリー。
「……スー、はぁー」
一度、深呼吸。
「アシュ先生……私、あなたのこと、大嫌いです」
「……」
「めちゃくちゃ嫌いです。本当に、ほんと――――に嫌いです」
「……」
「すぐにいじめるし、有言不実行だし、卑怯だし、小狡いし、ナルシストだし。すぐに格好つけるし、サディストだし。えこひいきするし、ほんと最低」
「……」
「……う――――っ……本当に寝てますよね!? 寝てますよね!?」
ペシペシ。
「……」
「……でも……ありがとう……ございました」
「……」
「その……ピエトロ草を……探してくれて……あなたはいなかったら……見つけられなかったと思います」
「……」
「……う――――っ……でもっ! でもでも! 酷いと思います。勝手に遠足の進路を変更するのも、もっと人の意見を聞いた方がいいし。ボードゲームだって、ずるばっかりするし」
「……」
「……先生……なにを考えてるんですか?」
ガララララッ。
「リリーおっは……なにやってんの?」
隠れるところがなくて、床に寝転んで隠れようとしている美少女。それをシスが不思議そうに眺める。
「……ちょっと……眠くて」
「そ……そう」
深くは聞かないことにした不能美少女。
次に発見したのは、珍しく……と言うより初めて早く登校している闇魔法使い。
「アシュ先生……おはようございます」
「……」
「寝てるね……リリー、なんでアシュ先生が?」
「さ、さあ。私は知りませんけど」
なぜか、敬語になるリリー。人知れず後ろめたさを抱えているのは、普段から素直でない代償か。
「アシュ様は一度寝られると深いです」
上から有能執事。なぜか、部屋の上隅に張り付いている。
「……なぜ、ミラさんはそんなところで……そんな態勢を?」
シスが凄まじく当然な質問をした。
「アシュ様に命じられました。『暇で寝そうなので生徒たちを驚かせなさい』と」
「そ……そうですか……やっぱり、アシュ先生変わってるね……リリー?」
「……」
「り、リリー……なんで、顔を覆ってるの?」
「今……私に話しかけないで……」
「わ、わかった」
足をバタバタさせながら悶えるリリー。完全に訳の分からないシスだった。
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