僕を……


 三日後のホグナー魔法学校保健室。


 アシュが目を覚ますと、彼の身体の上でリリーが気持ちよさそうに眠っていた。


「……まったく、君は看病しに来たのか……それとも、その可愛い寝顔を見せに来たのかね」


 そう言いながらアシュが頭を撫でようとすると、


 ガララララ……


「なにしてるんですか?」


 ミラが入ってきて尋ねる。


「グー……グー……」


「……アシュ様、私はこれだけわざとらしい狸寝入りを初めて見ました」


「グー……グー……う、うーん。おお、ミラ。おはよう」


 アシュは素知らぬ顔で、堂々と今起きたふりをする。


「……私、多くは言いません。多くは言いませんが、最初から見ておりました」


「……」


「……」


「……ミラ、君は首をどうしたのかな? しっかりと修復しているじゃないか」


 強引に話題の修正にかかるアシュ。


「ライオール理事長が直してくださいました」


「ああ……彼なら、やれるだろうな。ロイドの回収は?」


「無事終わりました」


「よくやった。彼と出会ったのは幸運だった。未来永劫とは言わないが、僕が死ぬまで付き合ってもらうとするか」


 闇魔法使いは歪んだ笑みを浮かべる。


「……私ではご不満ですか?」


「まさか。しかし、彼は天才だ。彼を人形とすることで、僕の研究がより進む。君に喜怒哀楽を持たせることも遠くないかもしれないよ」


「……」


「なんだい? 人形の嫉妬は可愛くないよ」


「いえ。ようやく私を解放していただけるのかと思ったら、アテが外れて絶望しております」


「……」


「……」


 トントン


「おや、来客だ。どうぞ」


 再び強引に話題の修正にかかる。


 入ってきたのは、ライオールだった。


「お加減はいかがですか?」


「悪くないよ。君こそ、出張お疲れ様。僕が生徒を命がけで守っていた中、君はお土産でも選んでいたのかな?」


「はは……手厳しいですな。しかし、あなたのおかげで生徒も無事だ。ホグナー魔法学校理事長としてお礼を言わせてください」


 ライオールは深々と頭を下げる。


「そうだな。君はもっと僕にお礼を言った方がいいかもしれないな。君はすべてを手に入れたのだからね」


「……すべてとは?」


「それは君の胸に聞いてみるといい」


「なにか……誤解されているようですね」


 ライオールは満面の笑みを浮かべた。


「君に一つ忠告をしよう。一歩引いて眺めるだけの者は、結局なにも手に入らぬものだ……『ロバート=リドシ』」


「……出直した方がよさそうですね。それではまた」


 丁寧にお辞儀をして、ライオールは去って行った。


「アシュ様はライオール理事長を疑っているのですか?」


「いや。しかし、彼くらいの者ならば可能だと思っただけだ。ミラ、君はどう思う?」


「私はアシュ様よりライオール理事長を100%信じます」


 きっぱり。きっぱりと主人を否定する人形である。


「……」


「……」


「あっ、そう言えばシスは?」


 三度。三度、強引に話を変える性悪魔法使いである。


「彼女なら、さっき花瓶の花に水をやりに行って――」


 ガララッ……


 その時、シスが戻ってきた。


「……アシュ先生? 目を覚ましたんですか!?」


「見ての通りだよ。少々、寝ている子がいるので身体が重いがね」


「ううっ……アシュ先生アシュ先生アシュ先生ーっ!」


 シスは全力でアシュに抱擁をした。


「ふっ……そんなに僕のことを心配していたとは、教師冥利に尽きるというものだな」


 そんな風にシスを優しく撫でるアシュだが、心の中では別のことを考えていた。


 ――痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛いだだだだだだだだだだだだっ! である。


 悪魔ディアブロの代償として差し出した身体の傷は、一応再生したがその痛みだけは残る。今、アシュは傷口にマスタード塗りつけられてグリグリされるような激痛が走っていた。


 そんなうめき声は気にせず、問答無用で抱きしめるシス。


「……グスン……グスン……よかった……本当に……」


 それでも、素直に我が身を心配してくれるシスに幾分心は洗われる。


「まったく……それにしても、君の親友はこれほど君が騒いでも起きないものかね」


 リリーは、まだアシュの傷口の上で気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「私が、魔法で眠らせたんです。全然寝ないで、ずっとアシュ先生の看病をしてらしたので。さっき、ベッドに運んだんですがまたこちらへ来てしまったようですね」


 ミラが彼女に毛布を掛けながら答える。


「ふぅ……本当に、君は」


 ため息をつきながら、起き上がってリリーを担いでベッドまで運ぶ。


「んん……」


 ベッドに彼女を寝かせる時、可愛らしいうめき声がアシュの耳に響く。


「……おやすみ」


 アシュは柔らかい笑顔でそう言って、彼女の額に唇を当てる。


               ・・・


 振り返ると、シスが真っ赤な顔で、ミラがジト目でアシュの方を見ていた。


「……なんだね?」


「なんか……見ちゃいけないものを見たような」


 シスは、両手で顔を覆っていたがその指は明らかに離れていて丸見えだった。


「……別に大したことはあるまい。紳士の挨拶だ」


 そう言ってアシュはシスの額にも唇を当てる。


「なっ……えっ……アシュ先生……さよならっ!」


 シスはこれ以上ないくらい顔を真っ赤にしながら逃げるように保健室を後にした。


「……なかなかのロリ変態魔法使いぶりでございました」


 ミラが淡々とつぶやく。


「まったく……調教しがいのある生徒たちだよ」


 そう最低なセリフを吐きながら、窓を開けてナルシスに遠くを見つめるアシュにミラは思う。


 このガチロリ変態ナルシストキチガイ魔法使い、と。


「……ところで、アシュ様はこのまま教師を続けていくつもりですか?」


「ああ。ここは、非常に刺激的な場所だとわかったからね」


 気持ちよさそうに眠っているリリーの方に視線を向けながら答える。


「……もっとだな」


 アシュは静かにつぶやく。


 もっと僕を好きになるように。もっと僕を尊敬するように。もっと僕を愛するように。



















 そして、僕を、殺してくれ


 闇魔法使いは、歪んだ笑顔を見せ笑った。


            第1章 END

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