ロイド


 一方、ミラはロイドと一進一退の攻防を繰り広げていた。ロイドの繰り出す魔法は、どれも高位で強力な魔法ばかりだったがそれを容易に相殺するミラ。彼女は防御に徹することで、いざという時の補助も行う余裕を見せる。


 明らかに、その実力においてミラの方が一段上回っていた。


 ロイドもまた、魔法を繰り出しながら彼女の実力を探っていたが、すでに彼の心は屈辱に満ちていた。


 明らかに自分と同等の魔法レベルを持ち、かつその身のこなしは上級戦士ハイ・ウォーリア級。ロイドやアリスト教徒たちが接近戦に持ち込もうとしなかったのは彼女の存在があるからだった。


 ヘーゼン=ハイムは間違いなく最強の魔法使いではあったが、こと近接戦闘に関しては素人であった。総合的に考えれば、どちらが強いかとは一概には言えないほどの実力を持っている。


 そんな怪物のような人形をアシュ=ダールは一から作り上げた。ヘーゼンのような強力な魔法使いの魂を用いることなく、一から。それが自分の行った業より数段高位であることはロイド自身が一番分かっていた。


「どうした? バテたのかい?」


 ミラの横にいるアシュが露骨に勝ち誇った笑顔を見せる。


「……を」


「ん? 聞こえないな」


「……俺を見下すなぁああああっ!」


<<果てなき業火よ 幾千と 敵を滅せ>>ーー漆黒の大炎パラ・バルバス


<<絶氷よ 幾重にも重り 味方を護れ>>ーー氷陣の護りレイド・タリスマン


 相殺。炎属性の最高峰にして、ロイド自身の最強魔法を一瞬で相殺してみせたミラ。


「あが……あがががが……」


 ロイドは顎を大きくあげながら唸る。


「んー、いい顔だねぇ」


 歪んだ笑顔を浮かべるアシュ。


「アシュ様。サモン大司教たちはケルベロスの対応で手一杯です。彼の魔法力も徐々に衰えを見せています。そろそろ時間稼ぎをやめますか」


「くっ……」


 ミラの言葉に身構えるロイド。接近戦が始まれば、彼女に分があることは誰が見ても明らかだった。


「待て、ミラ。彼は実力をまだ隠しているのだ。近接距離の戦闘は行わず、あくまで魔法で決着をつけなさい」


「しかし……」


「命令だよ、ミラ」


 そのアシュの声は、低く響いた。


「……かしこまりました」


 ロイドは安堵した表情を浮かべて思う。後でこの闇魔法使いが下した判断が愚かだったとーー


「そうだろうロイド? まさか、これだけで終わりだってことはあるまい? そうであれば、君は


「……はっ?」


 なんだ、この闇魔法使いはなにを言っているんだ。


「聞こえなかったのかい。まさか、僕の前で死ねると思っているわけではあるまい? もちろん、僕が死んだら僕を好きにしてもいい。君と僕はそういう間柄だろう?」


 アシュの言葉に、全身から冷汗が噴き出すロイド。一瞬にして、彼が今まで殺してきた相手に行った行動が走馬灯のように蘇る。今までは、常に行う側だった。でも……しかし……己が……もし、それをやられれば?


「う……うわあああああああああああっ!」


「ヘーゼン先生に行った技術……あれは素晴らしいよ。人の魂を生きたまま取り出し人形にする技術。君の天才的な発想。そして、その発想。本当に素晴らしい」


 アシュは目を大きく見開いてロイドを睨んだ。


「……ひっ」


「永遠に死ねない身体のまま魂だけの存在となり動き続ける元人間。僕には1つだけ信条があってね。『目には目を』。いくら僕でも人の魂を使うのは躊躇する。しかし、君相手には遠慮しなくていい」


「……やめろぉ! 俺の負けだ……助けてください。お願いします! お願いします!」


 ロイドは大きく叫ぶ。


「まさか? 罠だろう? 君は命乞いなどしない。僕は君のことを理解しているよ。だって、君は今までで一回でも命乞いをした者のことを許したことがあるかい? いや、ないな。わかるんだ、


「違う違う違う! 俺は助けてきた。何度も助けてきた。命乞いすれば、助けてきたんだ。頼む! 頼むから助けてくれ」


 もはや魔法を放つことを忘れて、何度も何度も土下座するロイド。恐怖の虜となり、もはや戦うこともままならなくなった。


「……ミラ」


「はい」


<<光よ 愚者を 緊縛せよ>>ーー天蓋の光レイ・キース


 光の縄がロイドをがんじがらめにして、彼の動きを封じる。


「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 頼む……助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください!」


「……やれやれ。自らが行った行為すら、自らが受ける覚悟もないとはね。嘆かわしいよ。君みたいな卑劣な男にヘーゼン先生が囚われていたなんて」


「ひっ……サモン! サモン大司教! お願いします。助けてください。あんた、アリスト教徒だろう? 俺みたいなものでも慈悲をくださるんだろう」


「……」


 サモン大司教は、ロイドの方を振り向こうとすらせず片手でアリスト教徒を治療し、もう片方の手で光の魔法壁を張っている。


「おい! なんとか言え! 頼む、言ってくれ! 僕を助けてくれえ!」


「無駄だよ。見てわからないのかい? 彼らはケルベロスで自らを守るのに忙しいじゃないか。まあ、余裕がある時は君のような卑劣漢でも救いの手を差し伸べるかもしれないが、優先順位があるんだ。もちろん、君が最下層に位置するのは言うまでもない」


「嘘だ……嘘だ……頼む! 助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください! 助けてください!」


「ふぅ……もう、君は眠りたまえ。目が覚めた時はきっと、僕の館の心地よい手術台にいると思うから。安心したまえ、寝心地はいいらしいよ。さあミラ、彼を休ませてあげてくれ」


「……はい」


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌ーー」


                 ・・・




 

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