真実
「ちょっと! シスの想いに対してガッカリってあんまりでしょう」
アシュの発言にリリーが噛みつく。
「……君にはもっとガッカリだ」
「うぐっ……」
「なぜ、真実を見定めようとしない? なぜ、サモン大司教の話を全て信じる? まさか、疑わぬことが美徳だと?」
闇魔法使いはいつになく厳しい口調でそう窘める。
「……」
「ロイドの話もサモン大司教の話も大きな疑問点、矛盾がある。そうやって、ヒロイン気分で自己犠牲に酔いしれているからそんなこともわからぬのだ」
「あ、あんたねぇ!」
「……アシュ先生。どういうことですか?」
シスがまっすぐ見据えて尋ねる。
「……仕方ない。不出来な生徒たちのために説明してあげよう。なぜ、ロイドはダンの身体の中を調べたのだ?」
「えっ」
アシュにそう言われて先ほどの光景を思い出す。ロイドは、手をめり込ませてダンの身体の至るところを調べていた。
「アレは……まるで、なにかを探しているとは思わなかったかい?」
「……」
確かに、あんな方法を取ったところでアリストの子孫かどうか判別できるとは思えない。
「ここで、2つ推測できる。アリストの子孫に何か身体的な特徴を持つか……それとも、彼らが探しているのが別のものなのか」
「そんな……」
「もちろん、僕は後者だと思っているよ。身体の中の特徴など、そもそもどうやって判別をする? 代々、その特徴を確認してきたとでも? そう僕は考えるのだがどうだね?」
アシュはサモンに視線を送った。
「……」
「沈黙は回答と受け取ろう。そもそも、聖櫃というのは器だ。器には、中身がある。中身とは何か。それこそがサモン大司教の求めるものだ。ここで、僕は1つ疑問に残ることがある。聖櫃の守護者であるサモン大司教はなぜ聖櫃を見失ったのか?」
「……なにが言いたい」
「サモン大司教、僕は今まで会った中で君こそが最も聖者に近いと思っている。聖者とは、己の欲望を律し神に仕えることができる者。なぜ、あなたほどの聖者が己の仕事を放棄する? そんなことがあり得るか?」
「それは……私は……アセレスの意思を尊重して――」
「違うな。君の意思とは、他者の慈悲などで揺らぐものではない。たとえ、アリストの血縁であったとしても、いやむしろアリストの血縁であるが故に彼女のことを引き留めただろう。君は自らの意思でそうしたのだ」
「……」
「なぜか? あなたのほどの人が己の信念を曲げてまで行う行動は、僕には一つしか思い浮かばないな。愛さ。彼女を愛していたから。心の底から。神に背いてもいいと思ったほどにね」
「……ククク、随分とロマンティックな話になったな」
ロイドが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「アシュ様はかなりのロマンティストです。アシュ様の館には恋愛小説が5000冊ほど……」
「コホン……ミラ、今はその情報は不要だ。とにかく、サモン大司教。そのアセレスとあなたとの愛の結晶を自由にさせることを選んだのだ」
「……それは、君の推測だろう?」
サモン大司教は表情を変えずに答える。
「ええ。しかし、かなり確率の高い推測だと思っているよ。アリストにはある秘密があった。神の子と呼ばれた彼の人体に眠る一つの物質がその人智を超えた力を引き出していた」
「……」
「アリストの死後、その物質は娘のザラに引き継がれ、代々その血族に引き継がれていった。しかし、アセルスとサモンの子が生まれた時にサモン大司教は他の子どもにそれを移すことを思いつく……そして、その子と言うのが……」
「……私……なんですね」
シスが静かにつぶやいた。
「そう。君は正真正銘クローゼ家の娘だ。当時の状況はわからないが、サモン大司教はよほど慌てていたのだろう。或いは衝動的な思いつきだったのか。性別も確認せぬままその子を見失ってしまった」
「……」
「ここで疑問が浮かんでくる。なぜ、大司教はそこまでしてその物質を他者に移したのか? きっと、それはアリストのような適合者でないと人体に影響のある物質だったんじゃないか? 例えば、魔法使いを不能者にするような」
その闇魔法使いの言葉に、シスは大きく目を見開く。
「……そんな」
「あくまで推測だがね。恐らくアセルスと言う女性は不能者であったんじゃないかな。その前も、その前も。聖櫃となった者はみんな。そう考えれば、彼が娘の幸せを願って器を変えようとした理由も、彼が不能者に対する差別の根絶を目指した理由も納得がゆく」
「……」
「僕は、13年前に会った時に彼は本物の聖者だと思った。大貴族出身の彼が不能者の市民に対し、あれだけの慈しみを尽くせるなんて。しかし、今になって思うとそれは間違っていたようだ。彼は、不能者であった君への罪悪感……そして、不能者の市民層に預けられたかもしれない彼自身の娘のために、この国を変えようとしていたんだ」
「……」
「それからは、彼の言ったとおりだよ。3年前に彼は不治の病に侵されて、必死に聖櫃であるシスを探した。アリスト教の源となるそれを体内に持つ君をね。そして、己の身体が余命幾ばくもないと知った彼は、再び悪魔の天秤にかけた。聖櫃であるシスと、彼の娘。そして、どちらを優先したかは彼の行動に現れているがね」
「……本当なんですか? サモン大司教」
シスは静かに問いかける。
「……それが、真実だったとして。それでも、私の想いは変わらない。アリスト教のために。魔法の使えぬ人のために尽くすつもりだ。どうか、私に協力してはもらえないだろうか?」
「ふっ……やはり、あなたは聖者だな。自らの理想のために、嘘をつくことすら厭わない。彼女に内包する物質を、あなたはどう使おうというのだ?」
闇魔法使いは目を大きく見開いてサモンを見つめる。
「……」
「そう言えば、かつてアリストが処刑されたベルゼボアの丘で斬首され、その日にアリスト教徒は爆発的に増えた。この地で数千人ほどの信者であった者が数日後には数十万人に。僕は、このことを知るまでは大げさに描いた逸話だと思っていたんだよ」
「……」
「しかし、実はその物質が器の状態にひどく左右される物質であったなら? もし、アリストの意思を増幅されるような莫大なエネルギーを放つものであったら? サモン大司教……僕はあなたが聖櫃に行う儀式。非常に興味を持っているんですよ。シスの命を犠牲にしてまで行う儀式を……」
アシュは顔を歪めながら微笑んだ。
「……ふぅ。やはり、あなたのような背信主義者には下種びた想像しかできぬようだな。ロイド、この方を排除しなさい」
「ククク……ようやく許しがでたよ」
ロイドは低い声で笑ってアシュに向かって構えた。
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