戦車


「で、なんの勝負をするのかね? 僕は割合試合ゲームには強い方でね。おおむね君の提案に乗れると思うが? リリー=シュバルツ君」


 性悪魔法使いが余裕の表情で問いかけると、優等生美少女も自信あり気に一歩踏み出す。


「さすがに決闘するわけにはいきませんからね。一つ、魔法使いの技能の高さを証明する手段があるんじゃありませんか? アシュ=ダール先生」


「クク……印結ゼールか。いいだろう。まあ、最後になるかもしれないから、君たちに教えておいてあげよう」


 アシュは得意げにホワイトボードに説明を書き始める。


             *


 通常、魔法を外部に放つには最低限2つの手順が必要である


 ①詠唱チャント


 魔力野ゲートから生じた魔力を体内に構築し、魔法の理を言語化する作業


 ②シール


 象徴シンボルを描くことによって、魔法の理を外部に放つ作業


 一般的に詠唱チャントは自由度が高いとされている。なぜならそれは自己暗示的な要素が強く、本人のイメージを魔法の理で介在し、言語化しているに過ぎないからである。そのため、いくら高位の魔法を詠唱したところで魔力野ゲートから生じる魔力の属性、量が伴わなければ全く意味がない。


 一方、シールの形は定型で決められたものが多く、同じ形になるが、その象徴の描き方によって威力は大きく異なる。より、緻密に、精密にシールを描くことにより、魔法の効果をより相乗して放つことができる。


 古来よりシールという行為は『自らと世界を結ぶもの』として儀式化されていた。その崇高な儀式が時を経て競技化され、略称である印結ゼールという名が生まれたとされている。


 印結ゼールの勝敗を決する方法には2種類がある


 ①美しさ

 ②スピード


 どのシールを結ぶかはタロットの組み合わせで決められる。


 タロットには大アルカナ(22枚)と小アルカナ(56枚)が存在し種類は以下の通りである。


 ①大アルカナ

 0 愚者 1 魔術師 2 女教皇 3 女帝 4 皇帝 5 教皇 6 恋人 7 戦車 8 力 9 隠者 10 運命の輪 11 正義 12 吊るされた男 13 死神 14 節制 15 悪魔 16 塔 17 星 18 月 19 太陽 20 審判 21 世界


 ②小アルカナ

聖杯カップ」「金貨ペンタクル」「ワンズ」「ソード」の4種類、1~14種類 計56種類。


 一般的なルールでは、まずは大アルカナを引き、小アルカナを引く。その組み合わせは1232通りあり、全てのシールを覚えること自体膨大な知識量が必要だとされる。


 5回のシールに対し、勝星の多かった者が勝者である。

 

 昨今、スピードを競うことが大陸でメジャー化されているのは、公然とした事実である。ルールが明確であることに加え、一般的に『美しさ』より『スピード』の方がより実用的だとされている。


               *


「さあ、勝負を始めよう……どのようにして勝敗を決めようか?」


「もちろん、スピードです」


 リリーは明かしていないが、シールのスピードにおいて、彼女の右に出る生徒はいない。いや、いつしかその実力故に先生からも敬遠されるほど彼女はずば抜けている。一般の平均タイムは十数秒かかると言われているが、リリーは平均八秒弱でシールを結ぶことができる。


「はぁ……競技として確立したことで、技術の一般化には成功したようだが、いつしか本来の目的が置いてきぼりになっているようで、僕は少し寂しいね」


「アシュ先生は御託と言い訳が上手なんですね」


 リリーが満面の笑みで答える。


「まあ、いいだろう……いや、しかし、これでは公平じゃないな」


 アシュがボソッとつぶやく。


「はぁ!? まだ、なにか言い訳があるんですか」


「いや、あまりにも僕にと思ってね」


「……え」


 闇魔法使いは人差し指を彼女の前に掲げた。


「1回でいい。5回中1回でも、僕に勝てれば、この勝負は君の勝利でいい」


「……あなたは、どこまで人を」


 リリーは肩を震わせながら、翠玉色の瞳で睨みつける。


「まあ、もらっておきたまえ。ハンデは損するものではないだろう? 審判はライオール、いいかな」


「もちろんです」


 好々爺は朗らかに頷き、教室の端にあるタロットをきる。


「先行は僕からでいいかい?」


「……お好きに」


 リリーは内心またかと思った。この魔法使いはどれだけ印結ゼールに自信があるというのだろうか。相手の秒数に応じて自分の戦略を決められるため、勝負は後攻が圧倒的に有利である。


「じゃあ、そろそろ始めようか」


 アシュは静かにタロットの前に立ち、人差し指を前に掲げる。


「では……」


 ライオールが無作為に2枚、タロットをめくる。


 愚者×聖杯(ⅩⅢ)


 声とともに、その指先が動く。


               ・・・


 永劫に感じたその一瞬、


 リリーは勝負を忘れた。


 そのあまりの精緻さに。


 その異常なまでの精巧さに。


「綺麗……」


 気づけばその言葉を口にしていた。


「……3秒です」


 数秒経って、あまりの静寂の中、ライオールの言葉が教室中に響き渡った。



 

     

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