004
ひどい夢を見た。文化祭の最中に火事が起きて、寝不足で疲労困憊の実委メンバーたちが、次々と力尽きていく。どこもかしくも火の海で、炎に溺れた焼死体があちこち浮かんでいる。
だが何よりサイアクだったのは、その光景ではない。犠牲者が増えたのは実委のムチャな活動のせいだと思われないよう、マユリは校内の防火シャッターを下ろしてまわっていた。誤作動だとカンチガイさせるために。その所業に吐き気を覚えながらも、しかしおのれは淡々と仕事をこなしている。三高の伝統を守るのだとブツブツ唱えながら。
気づけばマユリのカラダも燃えていた。だが炎は熱くなく、むしろ心地よい暖かさだった。まるでぬるま湯に浸かっているような。身も心もとろけそうになる。
月のウサギが言う。「服も皮膚も、肉もハラワタも残らず燃え尽きて、最後に骨だけが残るわ。全部脱ぎ捨てて。アタシに見せて。あなたのホントの姿を、アタシがチャント見ていてあげる」
そしてウサギは、ナイフで自分の毛皮を剥ぎはじめた。先に血抜きをしていないので、白い毛皮がみるみるうちに赤く染まってしまう。「ああ、暑い暑い。こんな服なんて着てられないわ」
「そう? とても暖かいと思うけど」
「暑くなくたって、暖かいのなら脱ぐべきよ。秋になったら脱ぎたくても脱げなくなる。ましてや冬なんかもってのほか」
もう秋だ。今はまだ残暑が厳しいものの、徐々に気温が下がって来て、やがて厳しい冬がやって来る。だからどんどん火を焚かなければ。
なんだかだんだん寒くなってきた。マユリのカラダから汗が出て、まとわりつく炎を消してしまう。いくら炎を着込んでも、はしから汗で消えていく。寒さで凍えそうだ。
「寒い……寒い……」
歯をガチガチ鳴らしながら、マユリはそこらじゅうに転がっている、よく焼けた肉に食らいついた。アツアツの肉汁があふれ出て、カラダを芯から温めてくれる。けれども、暑くなればなるほど汗が出てカラダを冷やし、また寒くなる。そのくりかえし。
「わたしを焚き木にしてくださいませ」と小さな若木が言う。だがどう見てもたいした足しになりそうもない。そのうち落雷が直撃して勝手に燃え始めたが、やはりたいしてあたたかくはならなかった。
光り輝くかもめが言う。「地上でいくら火を燃やしたってムダだ。それより空高く飛翔したまえ。灼熱の太陽へ近づけばいい」
「でも、わたしには翼がない」
「ないなら作ればいいさ。ロウでもなんでも使って。キミならできる。まずは水平飛行から初めてみよう」
「でも、空は風が冷たい。高度が上げれば上げるほど、気温はどんどん下がっていく」
「少しの辛抱だ。太陽へ近づけば確実に熱くなれる」
「でも、太陽は遠い。ホントにたどりつけるかもわからない」
「太陽はどこへも逃げたりしないとも。キミが飛翔をやめなければ、いずれかならず行きつける」
「でも、太陽へ近づいたら翼が燃えてしまう。そしたら地上へまっさかさま」
「スカイダイビングのスリルを知らないとは、人生を損しているね。地上からただ手を伸ばしているだけで、満足かね?」
マユリは答えられなかった。だって考えたコトもない。太陽から火を盗もうだなんて。地上で木を燃やすのがアタリマエだと、完全に思い込んでいた。
「何も太陽にこだわるコトはない。さっき落雷で燃える木を見ただろう? それから火を噴く山だってある。ある種の化学反応は激しい燃焼を起こす。熱くなれるなら何だっていい。重要なのは、自分に合ったものを見つけるコトだ」
「わたしに合うもの……」
「ただガムシャラに探したところで、見つかるとはかぎらない。一生見つけられないかもしれない。こればっかりは運だ。キミにも見つかるといいが」
なんとなく聞き覚えがあるフレーズだと思ったら、確か高校受験のころ、明智が勉強の合間にそんな話をしていた。
そういえば、これは夢だった。危うく忘れるところだった。そろそろ起きないといけないのではないだろうか、と考えたころにはすでにマユリは目を覚ましていた。
トゥートルズとパトロールの交代をして、合宿所へ戻って仮眠を取っていたのだ。寝苦しいと思ったら、なぜかルナがランジェリー姿で抱き着いて寝ている。起こすと面倒なので、そっと引きはがして布団から出る。
文化祭2日目の朝がやって来た。
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