005

 マユリは図書館棟へやって来た。書庫には明治時代からの貴重な資料が保管されているらしいが、まだ実際目にしたコトはない。万が一にも紛失等が起こらないよう、厳重に管理されているのだろう。

 どうやら犯人の行動が、徐々にエスカレートしてきたようだ。おとといの動画ではなんと大胆不敵にも、この図書館で読書中の女子を――そのスカートのなかを撮影したのだ。これまでに比べると動画の内容自体はおとなしいが、撮影の困難さはケタ違いである。これはもしかすると、案外近いうちにボロを出すかもしれない。

 あとから駆けつけたトゥートルズ、ニブズらとともに、どこかにカメラがないか、また設置された痕跡がないか徹底的に捜査する。

 しかし、やはりというべきか、ここでも証拠らしい証拠は見つからなかった。カメラが設置されていた場所を特定できたものの、映像から割り出せただけで、痕跡はいっさい残されていなかった。

 ニブズが忌々しげに毒づく。「チキショー! なめやがって。ヤツめ、俺様たちをコケにしてやがる」

「それはどうかな」トゥートルズは何やら思案げに、「今回の件は、挑発にしては何だか中途半端だ。おれにはむしろ、警備班のコトなんかまったく眼中にないってカンジがする。単に新しい趣向を試してみたってだけのような」

「――いいかげん、捜査方針を変えるべきかもしれません」マユリは思い切って切り出した。

「変えるといっても、具体的にはどうするんだよ?」

「盗撮は現行犯で捕らえるのが手っ取り早いし、言い逃れができない。だからわたしたちはそこに注力していました。だけどもっと容疑者について、真剣に推理してみるべきじゃないかと」

 マユリはスライトリーとも話した、女子生徒犯人説を論じた。

「犯人の人物像と犯行の動機を推理して、それに合致する容疑者を絞り込みましょう。それで彼らを徹底的にマークするんです」

「理屈はわかるが、女子生徒に限定しても容疑者は500名以上いるんだぜ? そこからどうやって盗撮しそうな人間を絞り込む?」

「……それはこれから考えるしかありませんね」

「頼りねえなァ……ダイジョーブかよオイ……」

 図書館は例外だが、これまでの現場は女子生徒でなければカメラの設置がむずかしい。盗撮した動画への興味より、公開するほうが目的であり、カネ目当てでもない。そこまではいいだろう。ではどういった人間が、どういった動機で、そんな犯行を起こしうるのか。

「警備班への挑戦状じゃねえか? もしくは文化祭を潰したいとか」

「それだったら、もっと直接的に三高での盗撮だってアピールするんじゃない? 動画のタイトルやキャプションにそういう記載はなし。おれたちが気づけたのは、被害者が三高の制服を着てたからだけど、それだって関係者じゃなかったらすぐにはわからないよ。基本的にデザインはスタンダードなセーラー服だし」

「犯人がレズビアンって線は? 同性を盗撮してるワケですから、そう考えたほうが自然かと」

「そうかァ? 俺様がレズビアンの変態だとしたら、いくらなんでも不特定多数のオトコが観るようなサイトに、動画をアップロードしねえと思うが」

「ニブズ、キモチワルイです」

「なんでだよッ! 犯人の思考をトレースしただけだろうが!」

「カネが目当てではなくても、視聴者数が増えるコトが狙いかもよ。カウンターがまわるコトに愉悦を感じる、みたいな」

「確かに注目を浴びたいっていうのは伝わってきますけど、カウンターのためだけに盗撮するっていうのは、コストとリスクが大きすぎません? 盗撮ってジャンルとしてはマニアックですし。注目を浴びたければ、盗撮にこだわる必要もないかと。それこそアニメの最新話をアップロードしたほうが、よっぽど視聴者を稼げます」

「案外、盗撮行為そのものが目的だとしたら? 動画をネット上に投稿したのは、内容が重要なんじゃなくて、それだけの数の映像を撮影してきたっていう自慢だ。コレクションを他人に見せびらかすノリで。ようするにトロフィーなのさ。そう考えれば、何度消されても上げようとするコトも説明がつく」

「それにしては、バリエーションに欠けると思わない? 今回新しい撮影場所が出てきたけど、その仮説通りだとしたら、もっといろんな場所とシチュエーションで被写体を狙いそうなもんだけど」

 アレコレ議論してみたが、イマイチ納得いく推理はなかった。

「おれたちはもしかすると、とんでもない思い違いをしているのかもしれない。何か肝心のコトを見過ごしているのかも……」

「その何かってのは何だよ?」

「それがわからないから苦労してるんじゃないか」

 そこへ図書館司書が近寄ってきた。「何やらお悩みのようですね」

「すみません先生。警備班の機密事項ですので」

「オヤ、つれないですね花崎さん。私とあなたの仲じゃないですか」

「いや、ただの顔見知りですよね」

 文化祭実行委員会は通常の委員会活動とは別のため、部活動と同様、どこか委員会へ所属しなければならない。それでマユリは図書委員を選んだワケだ。図書委員に課せられた活動のひとつとして、放課後の貸出業務があるが、人数的に年2回しかまわってこないのでラクなものだ。マユリはつい先日、初めての当番をこなしたばかり。司書とはそのときに顔を合わせた。

 司書はあからさまにウソ泣きして、「ヒドイ! 私はあなたのコトを一目見た瞬間から、実の妹のように思っているのに! 具体的にはうちへ連れ帰って、着せ替え人形にしたいと思っているのに!」

 ニブズはゲンナリした様子で、「おまえ……こういう手合いに好かれるタチなんだな……」

「他人事みたいに言って……うち1名はセンパイの妹でしょ……」

「それはそうと、青春という名のラビュリントスに迷える若人たちに、私が人生の指針となる本を紹介してあげましょう。そういうのなんか司書っぽいし」

「ハァ……」

「えー、ますはこちら。坂口安吾『堕落論』表題作が作者の代名詞として有名ですが、ここはあえて収録作のひとつ『日本文化私観』を推します。〝法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい。我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。〟なんて言いきっちゃうあたり、サイコーにデカダンでしょう?」

「伝統を守護する立場からすると、素直にうなずけないんですが」

「お次はこちら! リチャード・バック『かもめのジョナサン完成版』エサを採るためだけに飛ぶ群れの仲間たちに反して、偉大なるかもめの一羽として、ただひたすら飛行の限界を追及し続けたジョナサン・リヴィングストン。だが彼の死後、その教えは望まぬ形でゆがめられていき――たぶんカトリック教会を皮肉ってるんでしょうけど、キリスト教になじみのない日本人にはサッパリですね。そこは気にしなくていいので、ただおのれの意志を貫き通すジョナサンに惹かれてください。〝では水平飛行から始めるとしよう〟」

「それは読んだコトあります。かもめの写真がカワイイですよね」

「そしてラストはオスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』です。〝ぼくは妬んでいるとも――美しさを失うことのないものすべてを妬み、きみが描いたぼくの肖像画を妬んでいる。いつかはぼくが失ってしまわねばならないものを、なぜこの絵はいつまでも持っているのだ? 過ぎゆく一瞬一瞬がこのぼくのからだからなにかを奪いさり、なにかをぼくの肖像画につけ加えるのだ。ああ、もしこれが逆だったら! 絵のほうが変化して、ぼく自身はいつまでも現在のままでいられるのだったら! あなたはなぜこんなものを描いたのだ? いつかこの絵はぼくをあざ笑うだろう――ひどくあざ笑うことだろう!〟この醜くも美しいセリフに魅せられたなら、迷わず読むべきです。とにかくもう名作。私は本作がイギリス3大怪奇小説として、『吸血鬼ドラキュラ』および『フランケンシュタイン』と並び称されるべきだと考えています。ええ。だから読んでください。四の五の言わず読んでください」

 司書のいきおいに押されて、結局3人で1冊ずつ借りていくコトになった。はたして読む時間があるだろうか。

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