008
川越ホームランシアターのレイトショーでは、名画を日替わりで上映している。今夜は監督セルジオ・レオーネ『荒野の用心棒』だ。当時無名のテレビ俳優だったクリント・イーストウッドを、一躍スターダムへと押し上げた作品だ。ラストのダイナマイトを使用するシーンは、何度見ても不思議でならない。なぜそこで煙幕代わりに使ってしまうのか。
ピーターは映画に見入りつつ、バッグから取り出した茶封筒を、うしろの席に座っている中年の男へそっと手渡した。
「今回の捜査の過程で集まった、川越市内の高校に通う問題児リストです。顔写真入り。なかには酒とタバコで満足できずに、大麻に手を出してるとかってうわさのヤツもいるとかいないとか」
男はウンザリした様子で、「やれやれ。川越も昔と比べて、ずいぶんキナ臭くなってきたな」
「そこはそれ、おまわりさんの頑張りに期待してますよ。中村警部」
「ま、コイツはせいぜい活用させてもらおう」
「今後ともよろしくお願いします」
「言われなくともわかっているよ。見返りに、三高関連のトラブルには出来るかぎり目をつぶる。俺だってOBだしな。つまらんコトで伝統を絶やしたくない」
「ありがとうございます。三高が伝統を守り続けられるのは、警部のようなOBの協力あってこそです」
中村は苦虫をつぶしたような顔で、「しかしねェ、芳阿くん。あまりムチャをしてはいかんな。昨日は警備班の人間が、竹刀を振り回して大暴れしたらしいじゃないか。万が一ケガ人が出たらどうする? たとえ事件はもみ消せても、現実に負ったケガを消せるワケじゃない」
「竹刀じゃなくて竹光ですよ警部。ご心配なく、彼はチャント加減ができる人間ですから。それにたとえ万が一のコトがあっても、中村警部が何とかしてくれますもんね」
「なんでもかんでもアテにされたら困るんだが」
「高校生に便宜を図っているなんて、このコトを父が知ったらどう思うでしょうね」
「……まいったねまったく。君は親父さん以上の大物になりそうだ」
中村が座席を立って出ていこうとするのへ、「最後まで観ていかないんですか?」
「もう何度も観ているからな。そういう芳阿くんは?」
「何度観てもおもしろいですから」
「……この映画の登場人物で例えるなら、さしずめ君はラモン・ロホだろう。君にとってのジョーが現れないコトを祈るね」
中村が去って、ひとりだけになった劇場のなかで、ピーターはひとりつぶやく。「僕がラモンだって? いいや、僕はピリペロさ」
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