第37話 命と贖罪と未来への希望と

 御影の〈リザードマン〉も出撃可能となった。


〈コスモス〉のシロクマそっくりなパーツが合体したので、ファンタジー小説のリザードマンがヒューマン用の鎧や兜で守りを固めたような外見になっていた。しかも〈コスモス〉が周回軌道から情報を発信するために使ったアンテナが頭部についていた。


『……なんでアンテナをつけたんだ? 〈リザードマン〉じゃ〈コスモス〉みたいな衛星機能は使えないだろう』


 御影はコクピットに乗りこむと、整備班に質問した。


『かっこいいからです』


 整備班たちはミーハーだった。


 さらに立体映像のアインも青い髪を揺らしながら機外に出ると、王冠にぺたぺた触れた。


(まるで爬虫類の王様みたいですね。せっかくですから機体名は〈リザードマンキング〉でどうでしょうか。あなたは宇宙艦隊の精神的支柱みたいですし)


 アインは無責任なことをいった。雰囲気こそ落ち着いている女性だが、発言と行動の突飛さがスティレットそっくりだった。そういえば九州の戦いでも命令に逆らって分子分解爆弾の存在を憲兵側に伝えたのも彼女だ。


 たとえ人造人間であろうと姉妹は似るということだろう。


『艦長を差し置いてキングなんて名乗れるはずないだろう。艦隊の秩序が乱れるし、オレ自身も気後れする』


 御影は大げさに否定した。もし第三者に会話を聞かれてたら、艦長に内容が伝わるかもしれない。憲兵といえど軍隊だ。序列と秩序を大切にしないといけなかった。


(階級ではなく精神の話なら大丈夫では? 管制担当と事務方も通常のリザードマンとは違う機体なので別の名称が欲しいみたいですよ)

『やっぱりお前はやりにくい』

(あら? なんでも言いなりのお人形さんみたいな女の子がお好みなんですか?)

『普通のでいい、普通ので。だがお前はどう考えても異常だ』

(わたしが異常なら、世界の女はすべて異常です。とくに若い女は)


 アインが年齢にコンプレックスを持っているのはよくわかった。


『雑談なら後でもできる。ブラックボックスは機体と武器を認識しているな?』


 御影の〈リザードマンキング〉はスタンダードな武装を選んだ。プラズマ機関砲とプラズマブレードとナックルシールドだ。地味な装備だが機体の性能が向上すれば、堅実な武器を使ったほうが戦果は向上するだろう。


(ええ、よろしくってよ)


 リザードマンの尻尾がアインの意思で動いた。


『ならよし。ブックメーカー、〈リザードマンキング〉出撃する』


 御影の〈リザードマンキング〉もカタパルトで宇宙へ飛び出した。


 初めての宇宙飛行だが、五光の残した情報のおかげで、すぐに慣れた。


 そして戦いの情勢だが、巨大DSが猛威を振るっているようだ。五光の〈Fグラウンドゼロ改〉は回避率こそ驚異的だが、決定打に欠けていた。


 敵の無人DSたちも大暴れしていて、地球統合政府のDS部隊と激しい争いを繰り広げている。


 四川は隠密行動で別件に接近中だ。もうすぐ成果が出るだろう。


 現状把握が完了したので、御影は己のやるげきことを整理整頓していく。


 味方のDS部隊を現場で指揮しつつ、五光をサポートして巨大DSの電磁バリアを突破する。


 この2つをやり遂げれば地球統合政府の勝利だ。


 勝利の道筋を再確認したところで、いきなり通信が入った。


『私だ。デルフィンだ。君は政府の軍隊にいるのがもったいないと思うのだよ、御影春義少佐』


 まさかのデルフィンだった。


『これだけ通信が明確に繋がるなら、お前はあの巨大DSに乗っているのか』


 御影は剣呑な声で返信した。


『いけないかな?』

『お前みたいな誰かを平然と使い捨てるやつは、絶対に前線に出てこないと思っていた』


 会話をしながら接近してきた無人DSをプラズマ機関砲で撃ち抜いた。機体の性能が向上しているから、派手なギミックがなくとも宇宙空間を生き抜いていけるだろう。


『地球統合政府の宮下とアベベは現場の叩き上げだが、やつらとて政治家になれば平然と他人を使い捨てただろう』

『なるほど、権力と立場を得ると屁理屈がうまくなるのか』


 無人DSの存在をなんとなく察知していた。どうやらブラックボックスのバイオエバスが、直接人間の心を嗅ぎ取っているようだ。通常のエバスではパイロットの気配しか嗅ぎ取れないから、部下たちは苦労しているはずだ。


『君も権力と立場がほしくないか? 月が勝利すれば、我々のような優れた人類のみが生き残り、地球はよりよい土地になるのだ』

『あいにくだが、オレは薄汚れた地球が好きだ』


 御影は言いたいだけ言って通信を切断した。


 するとアインが無邪気に喜んだ。


(かっこいい断り方でしたね! あなたがこんなにステキな男性だったとは。あなたの機体に入ってよかったです)

『いいからあとにしろ』


 今度はプラズマブレードで無人DSを真っ二つに切り裂いた。


(きゃーきゃー、かっこいいですよー)


 アインも尻尾を操って無人DSの胴体を殴り飛ばした。


『葛城スティレットと同じリアクションをするな……』

(だって姉妹ですもの)


 彼女の物言いで、ふと気づいた。


『エバスの出力ゲージを逆に切り替えろ。自らの意思を発信することで、ブラックボックスの脳がリアクションを返す。潜水艦のソナーみたいに使うんだ』


 かつて〈コスモス〉がバイオエバスの逆操作で人々の心に直接言葉を届けたのと基本的には同じやり方だ。


 だが通常のエバスで敵の位置を探るより発見が遅れてしまう。ソナーとして使うから、こちらの発信した意思を脳が受け取って、リアクションを返して、それをこちらのエバスが受信することでようやく敵の位置がわかるからだ。


 それでも、ついさきほどまでみたいな目視だけで無人DSを探していたときよりも、効率的に敵を発見できていた。


 数では勝っているので、だんだんと味方DS部隊が押してきた。


 あとは五光をサポートするだけで勝てるだろう――しかし総力戦だから、敵だってこのまま一方的に負けるわけがなかった。


 ●      ●      ●


 デルフィンは司令室を兼ねた巨大DSに乗りこんでいた。もちろんパワードスーツは装着していた。だが相撲取りみたいな太さになっていた。防弾性能や生命維持装置などを過剰に追求したら肥大化してしまったのだ。


 他の社員はともかく、デルフィンは宇宙が嫌いだった。


 水も酸素も有料の世界なんて合理的ではないからだ。


 こんな不合理な空間で事故死するのはバカらしいから、戦うためのパワードスーツではなく、生還するためのパワードスーツを作った。もちろん社長専用だ。他の社員にまで作っていたら資源の浪費だし、時間も足りなかった。


 ――そこまで考えておいて、いつもの自問自答に入った。パワードスーツを肥大化させたのは、自らの意思ではなく、二十二世紀のグローバル企業の社長という立場がさせたのではないかと。


 もし二十一世紀に生まれていたら、まったく別の人間に育っていたのではないだろうか。


 たまたま二十二世紀に生まれたデルフィンという人物が、生まれ持った才能と環境の変数が合致して、企業連合を結成するまで行動した。


 そうとしか考えられなかった。


 デルフィンの身体には人種的特長が存在しない――正確にいえば、あらゆる人種的特徴を保有しているため平均化されていた。


 なにもルーツがないといっても差し支えないだろう。


 幼きころの思い出も淡白だ。未来都市で生まれて、平凡な人間関係を構築して、親が勤めていたグローバル企業に就職した。


 だがどこかで歯車が切り替わった。大きなきっかけはなく、日常生活に違和感を覚えるようになったからだ。


 気づいたら親が勤めていた企業を乗っ取って【GRT社】を作った。


 社名はグレート・リセット・テクノロジーの略称だ。


 グレートリセット――大破壊を起こすことで文明や文化ごと人類をリセットすること。


 この巨大DSの名前も〈グレートリセット〉だった。


 分子分解爆弾を使って地球を平らにする機体だから、会社名と同じ名前をつけた。


 ずっと前から作ってみたかったものとは、巨大DSのことだった。


 だが巨大DSを作ってみたいと思うようになったことすら、自らの意思ではない気がしていた。まだ歯車が切り替わる前の平凡な人生観で考えてみると、なんで巨大DSを使ったのかよくわからないのだ。


 だったら、誰の意思なんだろうか。分子分解爆弾で地球をグレートリセットさせたがっているのは。


「社長。無人DSを〈Fグラウンドゼロ改〉にぶつけますか?」


 同乗している技術者たちが、巨大DS〈グレートリセット〉を運用していた。


 複数人の技術者たちが、手元のコンソールパネルで、おおまかな操縦を行う。細かい制御はすべてAIによるオート行動だ。


 本当は人工知能と遠隔操作の併用で無人制御したかったが、それだと巨大DSが故障したときのダメージコントロールが難しいみたいだから有人操作となった。


 なお従来のパイロットの動きをトレースする追従方式は採用していなかった。ロボットを操縦するのに訓練が必要なんてコストがかかりすぎるからだ。


 ――彼らが話しかけたことで、デルフィンの思考回路は二十二世紀に生まれたグローバル企業の社長に戻った。


「いや〈Fグラウンドゼロ改〉は、このまま〈グレートリセット〉のみでゆっくりと潰す。残りの無人DSは、すべて統合政府のDS部隊に当てろ」


 無人機の原理だが、政府の生み出したバイオエバスと同じものだ。ブラックボックスに兵士の脳を封入してある。無人DSは脳そのものをパイロットと誤認してエバスが動かせるようになる。あとは各無人機に人工知能を搭載すれば、エバスを使って統合政府のDS部隊と戦える。


 人工知能にはPMCで収集した戦闘データが入っていた。中途半端な熟練兵士など敵ではない。だがエースパイロットが相手になると劣勢になってしまうようだ。


 統合政府側のエースパイロットは3名いた。


 五光、四川、御影だ。


 五光と四川は兵士として優れているが、指揮官としては愚鈍だ。


 だが御影春義は超人だ。歩兵としてもDS乗りとしても強いのに、指揮官としても有能だった。政府で働くには、いささか贅沢な人材ではないだろうか。


 だからさきほどヘッドハンティングを試みた。だが失敗した。彼には強固な理念や志があるようだ。味方にできない有能な人材がいるなら殺すしかない。御影を殺さないと統合政府のDS部隊は勢いが止まらないのだ。


「分子分解爆弾の準備はどうなっている?」


 デルフィンは、相撲取りみたいなパワードスーツをゆっくり動かして、兵器担当者のところまで移動した。


「もうすぐ配備完了です。しかし本当に使うのですか? 支社と顧客が消えてしまいますが」

「いや、単発でピンポイントに使っていく。すべてを投入する必要はない。地球を平らにできるだけの量を横に退けておいて、余ったやつだけを戦線に投入していく。まずは御影春義を潰す。あいつが消えれば宇宙艦隊の統制が崩れるからな」

「さすが社長。完璧な作戦ですね」


 もちろん完璧だ――二十二世紀のグローバル企業の社長として思考するならば、地球を平らにしたあとの戦略も考えてあった。


 愚かな地球の民が消滅するのだから、優秀な月の民だけで繁殖すればいい。


 顧客を失うから収入は激減してしまうが、少数の優秀な人間の遺伝子だけが残れば、人類はさらなるステージへ進化するだろう。時々遺伝子の組み合わせの問題から有能な親から無能な子供が生まれることもあるが、それは遺伝子操作技術でカバーすればいい。


 長期的な目線でみれば、グローバル企業の利益は最大化する。


 しかも出自が月の民で統一されるから、反乱も起きにくいし、コミュニケーションも円滑な社会だ。おそらく芸術は焼きまわしだらけになって衰退するだろうが、経済が発展していくならたいした損失ではない。


 ――そこまで考えて、やはり自問自答してしまう。なぜ長期的な戦略を考えているんだろうか。意味はあるのだろうか。そもそも意味など必要なのか。他の誰かがやってもいいのではないか。


 なぜデルフィンという存在は、この世に生まれて、この世を生きるのか。


「社長。御影春義の位置を捉えました。Nポイントの下側です。どうやらこちらへ向かっているようですね。〈Fグラウンドゼロ改〉と合流するつもりでしょう」


 技術者の声で、デルフィンは現実に戻った。


「合流される前に分子分解爆弾を投入だ。いくら優れたパイロットでも効果範囲の大きな兵器は回避できまい」


 地球で猛威を振るった分子分解爆弾だが、宇宙空間では未使用だった。立方体の送風システムは重力と空気のない場所でも拡散するように改造してある。だが実戦で使ってみないことには効果的かどうか断言できなかった。


 通信担当の技術者が叫んだ。


「大変です! 取り分けしておいた分子分解爆弾が攻撃を受けています!」

「政府側にも目端のきくやつがいるわけか。映像を送れ」


 月面都市の監視担当者が現場の映像を〈グレートリセット〉に送った。


 四川の〈ソードダンサーL+〉が砲撃していた。


「四川か。元身内にしてやられるとはな」


 四川の攻撃を受けたことで、秘書が裏切り者であったことを思い出した。


 裏切りを肯定するデルフィンだが、彼が内通者であることを見抜けなかった。あまりにも擬態が完璧だったことに加えて、彼がグローバル企業の利益を拡大していくことに忠実だったからだ。


 もしかしたらスパイの彼は、自問自答する自分と同類だったのかもしれない。自らが何者かわからなくなっていた。だからデルフィンという人格はスパイを見抜けなかった――自分と同じ存在が近くにいたら灯台下暗しになるだろう。


 だが彼は時々二流に感じる瞬間があった。もしかしたら、彼が霧島一家の父親として振舞っていた時期の名残だったのかもしれない。彼は二流を発揮する瞬間に、人間らしい人間をやっていたのかもしれない。


 だったら自分も家族を作ればよかったのだろうか。しかし妻や子供と団欒を楽しむ姿がまったく想像できなかった。


 ●      ●      ●


 ――少しだけ時間は遡る。五光が宙域の破片を電磁バリアで一掃して、DS部隊が艦隊から出撃するときのことだった。


 出撃の二番手は四川の〈ソードダンサーL+〉だった。


『ビビっていたやつらに二番手は譲れないな』


 四川は傲岸不遜に鼻を鳴らすと、カタパルトに機体を固定した。彼もまったく宇宙にビビっていなかった。むしろ早く出撃したいぐらいだった。おそらくビビるかビビらないかの差は、宇宙に対して憧れを持っているか持っていないかの差なんだろう。


『義勇兵にコールサインも階級もいらないな。劉四川〈ソードダンサーL+〉、出るぞ』


 四川の〈ソードダンサーL+〉はカタパルトで宇宙へ飛び出した。


 だが五光とは違う仕事をすることになっていた。〈ソードダンサーL+〉は電磁バリアを持っていないから、マスドライバーを潰すのだ。


 デルフィンの思考パターンなら、おそらくマスドライバーを使った石ころ発射はけん制を兼ねた第一弾であり、本命の第二段階を用意しているはずだ。


 ――たとえば地球に向けて分子分解爆弾を飛ばすために使うとか。


 だから先手を打ってマスドライバーを完膚なきまで叩き潰しておく必要があった。


 五光の〈Fグラウンドゼロ改〉より〈ソードダンサーL+〉が優れている点は、全包囲攻撃だけではない。生体動力の余剰出力が大きいので大型兵器を使えることだ。


『〈ヨロイムシャ〉、80センチ砲を射出してくれ』


 地球で破壊された〈80センチカブトムシ砲〉から砲撃システムだけ引っ張り出してあった。


 砲身だけでもDSより巨大だ。


 それが古巣である宇宙艦〈ヨロイムシャ〉のカタパルトで〈ソードダンサーL+〉の手元まで飛んできた。宇宙空間なので衝突事故に注意しなければならない。80センチ砲の長大な砲身と相対速度を合わせる。速度と軸が一致したところで砲身を手で掴む――機体のシステムと生体動力を接続。砲身のステータスが脳内に流れこんだ。オールグリーンだ。しかし見た目は滑稽だ。DSが兵器を運用するというより、兵器がDSを抱えこんだ姿だからだ。


 地球だったら、こんな大型兵器をDSに接続したらエラーが発生するだろう。宇宙なら重力がないので可能だった。


 80センチ砲と接続したことで、元の持ち主である子晴を思い出した。


 もう一度彼女と会うためには、この戦いに勝利しなければならない。もしデルフィンの分子分解爆弾が地球で炸裂したら、彼女はコールドスリープ装置ごと消滅だ。

 そんなことさせてなるものか。


 四川は〈ソードダンサーL+〉のブラックボックスに弾道計算と砲撃姿勢の安定を手伝ってもらう。格納されている脳は五光の母親なのだが、今まではアインやスティレットみたいな人格を持っていなかった。


 だが弾道計算の算出結果にノイズみたいなデータが付属した。どうやら文字化けした言語情報らしい。ためしにいくつかの規格にエンコードしたら『息子と仲良くしてあげてね』と表示された。


 どうやら人格が芽生えたらしい。


『しかし文字データか。シャイらしいな。アインやスティレットみたいに無駄口を叩かないなら大歓迎だ』


 四川は、弾道計算の算出結果に基づいて、さっそく一発目を砲撃。


 宇宙空間なので無音だ。しかし反動は地球で使うより強烈だった。通常サイズのDSでは支えるのが難しく、機体が大きくブレた。やや照準が狂って算出の弾道からわずかにそれてしまった。


 砲弾は月面に直撃してマスドライバーの根元がひしゃげる――しかし大破ならず。反動をうまく制御しないと欠陥兵器になってしまうだろう。だが宇宙空間では姿勢制御のノウハウがないので、射程を短くするためにマスドライバーに接近したほうが確実だ。


 だが敵の本拠地へ近づけば、危険が加速度的に増していく。おそらく月面都市の対空砲火の射程圏内に入るからだ。


 しかしマスドライバーは破壊する。絶対にだ。


 四川の〈ソードダンサーL+〉は80センチ砲を牽引して、月面都市へ近づいていく。


 ブラックボックスの五光の母親――三津子が勝手に月面都市の風景をコクピットに投影した。


 ドーム型の建物だ。未来都市を拡大したようなイメージである。


 そこからなにかが飛び出した――無人DSだ。しかし通常のエバスに反応はなかった。どうやらバイオエバスだと無人DSだろうと存在を感知するらしい。


『砲撃の邪魔をするな』


 80センチ砲を牽引したまま全方位攻撃――両肩と両膝の4本の剣を有線方式で飛ばした。


 いつもより精度が増している。どうやら三津子が手伝っているようだ。


『ブラックボックスの位置がわかるのか』


 四川は三津子の導きに従って、無人DSのブラックボックスをピンポイントで貫いた。


 その瞬間〈ソーダンサーL+〉に無人DSの脳が共鳴した。


 ――『お前に討たれるなら本望だ、四川。ありがとう、解放してくれ』


 行方不明になっていた【イモータル】の仲間であった。デルフィンに拉致されて脳を摘出されていたのだ。


 四川は怒りに震えた。


『デルフィンめ。本人の意思も問わずにブラックボックスにしたのか』


 だが本人の意思を問わないでバイオエバスにするなら、一号機から三号機までSシリーズはすべてアウトだ。


 戦争に綺麗ごとは存在しないんだろうか?


 だがやりすぎて人間らしさを失うえば、後戻りできなくなると思うのだ。


 戦争があったとしても、必ず終わりがあって日常が戻る。戦争でやりすぎたら日常に戻れなくなるだろう。


 そういう意味では、宮下とアベベの二人組みは戦後のことを考えていたんだろう。だから必要最低限の3機しか作らなかった。


 しかしデルフィンは無制限に作っている。やはりあいつは害悪だ。戦争という名の災厄の中心に立っている。


 艦長から連絡が入った。


『敵の様子がおかしい。急いでマスドライバーを破壊してくれ』

『任せろ。もう必中距離に近づいた』


 砲身を補助動力で姿勢制御。80センチ砲弾に反動で砲塔が跳ねる角度を修正に加える。三津子に姿勢制御と全包囲攻撃を一任して、四川が砲撃専門となった。


 子晴だったら一瞬で終わる弾道計算だが、四川は手順に従って確認していく。


 最後に仰角へ3度の修正を加える――必中確実。


『80センチ砲、発射だ』


 コクピット内で砲撃システムのトリガーを押し込んだ。


 さきほどとまったく同じ反動で姿勢が乱れたが、それすら計算のうち――大型の砲弾がマスドライバーへ突き進んだ。


 敵は今になって対空砲火を開始した。しかも狙いがめちゃくちゃで当てる気配がなかった。どうやらPMCを切り捨てたせいで機銃を扱う人材がまともに残っていないようだ。あんな腕前ではDSに当てられるはずがない。


『自業自得だな』


 80センチ砲弾がマスドライバーの中央に突き刺さった。大爆発。骨組みから地盤まですべてが木っ端微塵に吹っ飛んで、あとは連鎖的に構造が崩壊していく。あれを修理するにはとてつもない時間が必要だ。


 少なくとも、この戦いではマスドライバーは使えない。


『艦長。マスドライバーを破壊した』

『こちらでも破壊を確認した。よくやってくれた劉四川少尉』

『階級はいらない。正式に入隊したつもりはないからな』

『わかった四川くん。おや……なにか月面に変化が起きていないか?』


 艦長の指摘――いきなり月面の地表が二つに割れた。


 まるで地獄の蓋が開いたようにぽっかりと大きな穴が開いたのだ。


 ボーリングのレーンみたいなものが、碁盤の目となって並んでいた。すべてのレーンの先端は地球に向いていて、なにかを発射する構造だとわかる。


 無性に嫌な予感がした。四川と三津子は共同作業で解析した。


 レーンは“荷物”をカタパルトみたいに加速させて飛ばす仕組みらしい。


 そしてレーンの規格だが、50×50×50の立方体を飛ばすことに最適化されているようだ。


「トリプルフィフティ! こっちが本命だったのか!」


 四川は血の気が引いた。


 レーンは月面の奥深くに埋め込まれていた。しかも碁盤の目となって並んでいるから、80センチ砲弾を連発してもすべて破壊するには時間がかかる。絶体絶命のピンチだ。しかし諦めたら地球人類が敗北してしまう。少しでも多くのレーンを破壊しなければ。


「子晴を助ける。そして五光と宇宙を旅するために」


 四川は果敢なる砲撃を開始した。


 ――――四川にしてみれば、マスドライバーは囮で、碁盤の目状のレーンが本命に見えていた。


 だが企業連合側でも、采配ミスが発生していた。それも特大のミスが。


 ●      ●      ●


 デルフィンは目を疑った。


 秘密兵器である分子分解爆弾発射装置が、勝手に起動しているのだ。あれは最後の瞬間まで隠し玉にしておくことで効果を発揮する戦略兵器だ。こんな早いタイミングで公開したら駆け引きの意味がなくなってしまう。敵に分子分解爆弾を各個撃破されて奥の手を失ってしまうだろう。


 デルフィンが言葉を失っていると、通信担当がヘッドセットを投げ捨てて叫んだ。


「大変です社長! 確保してあったすべての分子分解爆弾が勝手に発射態勢に入っています!」

「すべて……どうして命令もしていないのに?」

「スタッフが勝手に撃とうとしています! 警備員も一緒です!」


 月面都市の地下の様子が映像で映し出された。しかもコメント付き。


『社長! 見ていてください! 今から愚かで腐った地球人たちを殲滅します! 我々文化を持った月面人がこの世に存在すればいいのであって、地球の穢れた人類は消滅させてやったほうが彼らのためですからね!』


 あらゆる関係者たちが、部族のお祭りみたいなテンションで地下施設に集まっていた。


 技術者たちは、熱心なカルト信者みたいな曇りのない瞳で機材を操作していた。


 操作技術を持たないものは、分子分解爆弾発射装置の前に整列して合唱していた。未来都市で流行していた最新のヒットソングだ。


『明るい未来のためなら、ぼくたちはためらわない。

 行動することが最善さ。

 くよくよ悩んでためらうよりは、失敗して後悔したほうがいい。

 ぼくたちはよりよい未来のために最善を尽くすよ。

 だってぼくたちは、いつだって心が晴れやかだから』


 デルフィンは爆笑していた。笑えない状況なのに笑っていた。あまり感情を表に出さないタイプだからこそ、地下施設に集まった愚か者たちの歌声と行動が熟練したピエロより滑稽だと感じたのだ。


 どうやら彼らは月に住んだことで選民思想が暴走して、地球人を同じ人類ではなく、なにか別の異物だと考えるようになったらしい。まったくもって的外れなカルト思想であった。そういえば日本の九州の【マイマイ社】も独自の選民思想を育ててスラム街を焼き払った。


 どうして二十一世紀の政治家たちが政教分離を統治システムに組み込んだのか深く理解した。


 主観と客観の区別がつかないインテリたちが利益より信条を優先して暴走するからだ。


 デルフィンだって、多少なりとも選民思想の傾向はある。だが利益を最優先する。でなければ企業の社長は務まらない。あくまで分子分解爆弾は最後の手段であり、通常戦闘で勝利できるならそれにこしたことはない。


 地球には企業連合の支社があるし、顧客は今でも地球人なのだ。


 だが地下施設のカルトな愚か者たちは違った。自らの手で支社と顧客を潰そうとしていた。社長の許可も取らずに。


 今この瞬間を迎えるまで、デルフィンは勘違いしていた。もし地球を平らにしても、優秀な月の民だけで繁栄すれば、きっと地球人類は進化すると思っていた。


 だがとんだ勘違いだった。


 どんな優れた人間も――勉強が得意だとか、論文が上手だとか、優れた弁護士だとか、経済に強いとか、スポーツが得意とか、芸術に秀でているとか、そういう一芸を持っていたとしても、過激な思想や宗教には無防備であった。


 デルフィンはまた1つ悟りを開いた。


 きっと地下施設に集まった彼らも、個としての思想や信条なんて持っていなくて、二十二世紀に月面都市に住むことで、時代の波に動かされたんだろう。


 デルフィンという企業連合の主ですら、時代に動かされた駒の1つでしかなく、自分自身の意思なるものは存在しないのだから、不思議ではなかった。


 すなわち選民思想は意味がない。主観と客観の区別がつかなくなって自壊するからだ。


「だったらすべて滅べばいいさ。人類そのものが害悪だった」


 デルフィンは愛用する葉巻を捨てた。もはや人類が生み出したものすべてが不純物と矛盾だらけで美しくないと感じていた。


 ●      ●      ●


 月面都市の地下から、無数の分子分解爆弾が射出されていた。


 専用のレールから弾き出されるため、加速や角度は完璧であった。もし放置すれば地球は平らになり、人類も動物も木々も海もすべて消滅するだろう。


 四川が80センチ砲で奮闘しているが、手数がまったく足りなかった。


 DS部隊も火器で迎撃するのだが、宇宙空間では遭遇時間が短すぎてうまく弾丸が当たらなかった。


 真っ黒い立方体の群れが、地獄へ導く悪魔の船団みたいに飛んでいく。


 宇宙艦〈アゲハチョウ〉の艦長は決断した。


「総員退艦。繰り返す総員退艦。〈アゲハチョウ〉による電磁バリアの体当たりで、すべての分子分解爆弾を破壊する。残るのは私ひとりでいい」


 ブリッジは騒然となった。


「そんなバカな!」「なぜです! 〈アゲハチョウ〉はまだまだ戦えますよ」「普通に戦って全部迎撃しましょうよ! 主砲だって使えるんですよ!」

「他に方法がないことは、お前たちもわかっているだろう」


 艦長が断言すれば、クルーたちは反論できなかった。彼らも本当に理解していたのだ。他に手段がないことが。


 ブリッジから人員が退去していく。何人か意地っ張りがいたが、根気よく説得して退艦させた。船員たちの引き取り先だが、かつて交戦した【イモータル】の旗艦、ムカデ級の〈ヨロイムシャ〉であった。なにかの因果なのかもしれない。


 艦長は通信回線を開くと〈ヨロイムシャ〉の艦長に敬礼した。


『船員を頼みます』

『軍人の宿命ですかな』


〈ヨロイムシャ〉の現在の艦長が静かに語った。彼の瞳に恨みの感情はないようだ。


『先にいっている』


 それだけで意味が通じた。艦長職を務める人間は、誰しも真っ黒に汚れているからだ。


『私は音楽が好きでね。楽器を用意しておいてくれ』

『任せてくれ。私は歌うものも得意でね』

『ああ、それはいい』

『では、さらば』


 通信を終わらせると、手元のコンソールパネルをマニュアルに切り替えた。〈Fグラウンドゼロ改〉の装備を自走台車にくくりつけてカタパルトで射出。すぐさま五光に通信を繋いだ。


『霧島軍曹。在庫の尻尾はすべて自走台車にくくりつけて射出した。あとは君の好きにしたまえ』

『艦長! せっかく〈アゲハチョウ〉は宇宙を飛んだのに! なんで死ぬ気なんですか!』


 巨大DSと交戦中の五光も、電磁バリアの体当たりを引き止めるつもりらしい。


『他に方法がないからだ』


 同じセリフを繰り返すしかなかった。


 宇宙艦隊には――いや地球人類には、まだ宇宙戦のノウハウが確立していなかった。誰もが既存知識と勘のみで戦っていた。そんな状況下で分子分解爆弾による地球無差別攻撃を封じるには、宇宙艦となった〈アゲハチョウ〉の電磁バリアで一掃するしかなかった。


 砲撃中の四川とも通信ユニットで繋がった。


『艦長。まだ知り合って期間は短いが、感謝するしかない。他に方法がなさそうでな』


 四川はよくやっていた。彼だけで三割の分子分解爆弾が破壊していた。驚異的な戦果だろう。


『宇宙の旅、うまくいくといいな』


 艦長が選別の言葉を送ると、四川が鋭いことをいった。


『さては死に場所を求めていたな。お前たちが潰した〈ヨロイムシャ〉の艦長もそうだった。若いころの戦いを後悔していて、艦長職をやることで過去を拭い去ろうとしていた。だがアフリカ攻略戦でまた罪を重ねて、彼は限界だったよ』


 この時代において、年齢を重ねても軍人を続けていて、それなりの階級になるやつなんて、みんな分子分解爆弾に関わっていた。


 艦長こと今村サイード大佐は、若いころ上層部の命令によって分子分解爆弾を起動することになった。


 あれは血で血を洗うような戦線だった。彼自身も恨みの権化になっていて、敵を滅ぼすことが最善だと思いこんでいた。


 だが分子分解爆弾を起動したら――地獄と天国の狭間に立ち会ったような錯覚を覚えた。


 味方の一部ごと発光現象を起こして、すべてが分子に分解されていく。


 それを見た瞬間、自分の中に『上層部の命令だから起動した』という言い訳ができあがったことに気づいた。


 あれほど敵を滅ぼすことが最優先だと思っていたはずなのに、自分のしでかしたことの重さに耐え切れなくなったのだ。


 だから艦長になってからは、部下たちを上層部の理不尽な命令から守ってきた。九州では〈グラウンドゼロ〉を解体しようとした。しかし上層部には陰謀があった。地球統合政府という陰謀が。


 おそらく今はうまくいく陰謀だろう。グローバル企業という敵を倒すために。


 だがグローバル企業を倒してから、必ずおかしなことになる。


 権力争いだ。


 こんな陰謀を使って計画を成功させる連中に、持続性なんてあるはずがない。


 だからせめて若者が安心して暮らせる場所を少しでも多く残してやる必要があった。かつて分子分解爆弾を使って罪を背負った老兵が。


 そのために上層部と手を組んだ。


 過去の贖罪のために、死に場所を求めるために――そして宮下とアベベに、老兵の死を持って警告するために。


 お前たちが権力争いをはじめたら、この老兵が化けて出るぞと。


「ついに対面だな。トリプルフィフティ」


 艦長はブリッジの観測装置で分子分解爆弾を捕捉した。


 トリプルフィフティの立方体が、しし座流星群のように地球へ向かっている。なんのロマンもなく恐怖と破壊のみを持つナノマシンの集合だ。


「ナノマシンたちよ。お前たちに人間の意志を理解できるか?」


 艦船レベルの電磁バリアで立方体の群れに体当たり。さらに機銃と副砲を連射して遠くの分子分解爆弾も破壊していく。だが主砲は最後までとっておく。艦体が持たなくなったとき、残った分子分解爆弾を一掃するためにだ。


 破壊した立方体からナノマシンが漏れて電磁バリアに接触。立方体1個ぐらいの量なら、すぐに電磁バリアは再生したろう。だが地球を平らにできる量があるため、だんだんと艦内も分解されていく。


 ついにブリッジにまでナノマシンが侵入してくると、艦長は亡くなった戦友たちと、この手で殺した敵兵たちの姿を見た。


 みんな当時の姿だった。みんな手を振っていた。歓迎しているようだ。分子分解爆弾を使ってしまった老兵を。


 もしかしたらあの世は本当にあるのかもしれない。


 艦長こと今村サイードは、目を閉じた。


 虚無のなかには希望があった。若者たちは新しい時代を作ってくれるだろう。


 やがて艦長の身体は発光現象を起こして、分子レベルに分解された。


 それと同時に〈アゲハチョウ〉の主砲が発射――特大のプラズマ粒子砲が宇宙空間に光の塔を作った。残っていた分子分解爆弾は木っ端微塵に吹き飛んで、ナノマシンがプラズマ粒子をも分解して発光した。


 こうして艦長こと今村サイード大佐は過去の贖罪をはたした。地球人類を救うことで。

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