第28話 キメラが反重力システムで空を翔る

(便利な新機能だからって多用しちゃダメよ。飛んだら目立つんだから)


 スティレットは、コクピットの内側で鳥が飛ぶような仕草をした。なぜか年上であるはずの彼女を幼く感じた。


「わかってる。対空兵器で狙い撃ちにされたくないからな」


 五光はエバスの反応に神経を尖らせていた。


 あくまで反重力システムは長距離の移動や緊急回避に使う。いくら自力飛行が可能だからといっても、対空砲火を食らえば撃沈だ。対空装備を持ったDSと、陸上艦の対空兵器に気をつける必要があった。


 可能ならば敵がうじゃうじゃ存在する戦場の上空を迂回したほうがいい。だが敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉のホバー飛行と電磁バリアを組み合わせた無差別攻撃を、早々に止めたかった。現在進行形で市街地は消滅していた。


 五光は戦場の上空を横切ることにした。〈Fグラウンドゼロ改〉はコウモリの翼をはためかせると音速の等倍まで加速。火線の走る戦場の上空を横断していく。


 資源不足の時代だと空を飛ぶ物体はUFOのように珍しい。この戦場限定ならば両勢力の有線ドローンが偵察飛行しているが、これはサイズが小さいし動きがゆったりしているため、それほど目立たなかった。


 だが全長5メートルのDSが音速で滑空していると非常に目立った。


 地上の敵DS部隊が空を指差して大騒ぎになった。


『あのDS、フライングユニットなしで飛んでるぞ!』『完全に一致する照合データはないが、似たような形状で〈グラウンドゼロ〉があるな』『識別信号はアフリカ基地、進行方向には〈ヨロイムシャ〉がある。あの尻尾のついたクマ、なにかやる気だ。今すぐ撃ち落とせ!』


 20mm砲弾から有線ミサイルまで、とんでもない数の対空兵器が空へ解き放たれた。まるで地上から空へ向けて無数のクモの糸が伸びるようだった。


(足元からくるわよ、気をつけて)


 スティレットが地上を監視していた。彼女は機体そのものだから真下だって完全に見えているだろう。


「ありがたい、その調子で対地監視をしてくれ」


 五光はスティレットの観測情報に従って回避運動を開始した。


 音速を維持したままアクロバティックな機動をやれば、さすがに機体の各所から軋む音が聞こえた。かつてフライングユニットをROTシステムでオーバーロードさせて規格以上のスピードを出したことがあった――あれよりも無茶苦茶な運動性で戦場の空を駆け抜ける。コクピットに強烈なGが圧しかかった。血液の流れが激変して視界が薄っすらと赤くなった。


 敵DS部隊が、戦線の後方から対空兵器を転がしてきた。


 自走台車と合体させた高射砲である。


『近接信管の砲弾を打ち上げろ! あいつは破片で撃ち落すんだ!』


 次々と打ち上げられた対空砲弾は〈Fグラウンドゼロ改〉の近くに達すると近接信管が作動――破片を当てて倒すために炸裂した。


 だがそれ以上に〈Fグラウンドゼロ〉の反応速度が上回っていた。フライングユニットではなく反重力システムだから従来の航空力学を無視した動きが可能なのだ。二十一世紀のジェット戦闘機だってこれほどの機動性は出せなかったろう。


 敵DS部隊は、UFOみたいに不可解な軌道で空を飛ぶ〈Fグラウンドゼロ改〉に意識を向けすぎた。彼らはアフリカ基地の精鋭たちと交戦中であることを、ほんの一瞬だけ忘れてしまったのだ。


 アフリカ基地所属の味方DS部隊が、対空砲火を繰り返す敵DS部隊の側面を突いた。


 そこからはあっという間であった。一度でも態勢が崩れると連携を持ち直すのは難しい。敵DS部隊は電磁バリアを展開する〈ヨロイムシャ〉を盾にすると撤退していく。どうやら〈80センチカブトムシ砲〉が陣取った草原が敵の定めた最後列のようだ。


 味方DS部隊の責任者が、五光の通信ユニットに繋いだ。


『こちらアフリカ連合のンディマ中尉だ。貴公の支援に感謝する』

『こちら日本の霧島軍曹です。高射砲を潰してもらってありがとうございました』

『気をつけろよ。まだ敵は戦力を保っているぞ』

『了解。お互い生き残りましょう』


 通信を終わらせたところで、正面の青空に黒い粒々が出現した。


 黒い粒々は瞬く間に拡大――フライングユニットで飛行するDS部隊だと発覚した。進行方向から考えて【ギャンブリングアサルト】の陸上艦〈アゲハ〉を目指しているようだ。敵も空から陸上艦を潰す作戦を組んだんだろう。


 世にも珍しい空中での遭遇戦が発生した。


(五光くん、先手を打って数を減らすのよ。メインカメラの性能はこっちが上。相手はまだこちらの機体が粒にしか見えてないわ)


 スティレットの偵察は精確だ。さきほどの対空砲火を回避できたのも、彼女の観察眼が優れていたからだ。


「有線ミサイルを使う。幽霊先輩頼んだぞ」

(任せてちょーだい!)


 五光は音速飛行に専任――スティレットに有線ミサイルの火器管制を譲渡した。


 機体が強化改修されたことでブラックボックスの制御系の負担が減った――ROTシステムを使わずともスティレットは機体の一部を自由自在に動かせるようになっていた。


(こういう癖の強い武器を使うなら、あたしは五光くんより圧倒的にお上手なのよ)


 スティレットは機体のメインカメラを己の目のように利用すると、ブラックボックスの演算力で複数の敵機を同時に認識――マルチロックオンシステムを手動で再現するようなものだった。


(全部捉えた、いけ――っ!)


 両肩と両足についていた有線ミサイルポッドがワイヤー付き弾頭を射出した。16発の有線ミサイルがスティレットの手動操作で飛んでいく。無数のヘビが標的へ迫るように。


 しなやかに迫る有線ミサイルを前にして敵機が叫んだ。


『なんでロックオンできないのに、有線ミサイルが精確に飛んでくるんだ!?』


 全弾命中――青々とした空に真っ赤な爆炎の花が咲き誇った。爆発で生み出された白煙が雲みたいに滞留して、敵DSの残骸が地上へぼとぼと落ちていく。見事なまでに全滅であった。


〈Fグラウンドゼロ改〉は音速飛行を継続しながら、弾切れになったミサイルポッドをパージ――機体を軽くすると、次の空中戦に備えた。


 有線ミサイルで倒したのは第一波であって、第二波が作戦空域に近づいていた。


「なんて数の戦力を確保したんだ、【GRT社】は」


 五光はエバスの捉えた敵DSの数に戦慄した。地上に展開する敵も多いが、空中に投入下数も尋常ではなかった。


(この戦いに賭けてるんじゃないの? 負けたら企業が消滅するぐらいの覚悟で)

「そうやって人間も資源も消滅させてきたんじゃないか、バカらしい」

(そろそろ終わるのかもね、50年間も続いたバカみたいな三つ巴の争いが)


 第二波が戦線にたどり着いた。第一波よりも数が増えていて、種類が二つに分かれていた。


 20mm機関砲のみ装備した軽量な機体と、大型化したフライングユニットで強引に飛ぶ重量級の機体だ。


 後者の重量級は危険なほどに爆装していて、おまけに両手で投下型の爆弾を抱えていた。


 スティレットが目を丸くした。


(爆撃機なのね、あの装備は。さっすが金持ち企業は発想が普通じゃないわ)


 よくある定説『フライングユニットは万能ではない。調子に乗って空中戦をやったら対空砲火で撃墜される』は資金と資源に余裕があればクリア可能だ。対空砲火を行う地上の敵を手持ちの地上部隊で殲滅すればいい。さらに爆撃機を守るための要撃機を用意できるなら、もはや必勝といえるだろう。


 もし他のグローバル企業が同じことをやろうとしても資源が足りない。【GRT社】だから実行可能な運用方法であった。


 だが五光は慌てず騒がず冷静に判断した。


「あの爆撃機を潰しておかないと〈アゲハ〉の防衛部隊が大被害を受けるな」

(固定武装はあたしが使うわ。五光くんはプラズマ機関砲よ)

「了解。手数で勝負する」


 まずはスティレットが固定武装を使う。


 固定武装――プラズマガトリング砲が二門、バックパックに直結していた。接続方法は節足動物の前足みたいなマニュピレーターなので、スティレットが扱うなら背後の敵まで狙い撃ちできた。


 そのプラズマガトリング砲が、スティレットの意思によって緑色の弾丸を吐き出した。精確性よりも回転数で勝負する武器だ。まるでスロットマシーンのジャックポットを引き当てたみたいにプラズマ粒子を飛ばし続ける。


(まるで昆虫の前足から緑色の魔法が出てるみたいね)


 スティレットの暢気なたとえだが、あながち間違いではなかった。プラズマガトリング砲の弾幕は空中に緑色の線を引く。その攻撃的な線に重なった敵機は真っ二つに裂けて爆装に誘爆――まさに魔法の直撃みたいに爆発した。


「そんなに撃って弾は残るのか?」


 五光はプラズマ機関砲をサーカスの曲芸みたいに撃っていた。本来機関砲は連発することで優位性を確保する武器なのだが、無駄撃ちをせずにフライングユニットを撃ち抜いていた。空中で高機動しながら精確に撃つわけだから奇天烈な姿勢や角度が増える。それがサーカスの曲芸みたいな動きなのだ。


(ねぇ五光くん……心配になるぐらい強くなりすぎてない?)


 スティレットが逆立ち姿勢で眉間に皺を寄せた。機体の真下にプラズマガトリング砲を撃ちかけているから彼女は天地が逆転していた。


「自分ではよくわからないんだ。どれぐらい強くなったのか」


 五光は敵機を撃ち落しながら淡々と語った。あれほど渇望していた力だが、いざ手に入れてみると実感がなかった。


(戦争に適応しすぎちゃダメよ。戦場が自分の居場所になって日常に戻れなくなるの。あなた宇宙へいくんでしょう?)

「ああそうさ。宇宙へいくんだ。もし俺が戦争の権化になりそうだったら、幽霊先輩が止めてくれよ」


 機体の左側から肉弾特攻の爆撃機が急接近。抱えていた爆弾をすべて捨てて身軽になると〈Fグラウンドゼロ改〉に体当たりを仕掛けた。


『このキメラめ、よくも仲間を!』


 どうやら〈Fグラウンドゼロ改〉はPMCの間でキメラという俗称で通っているようだ。


 クマの肉体にトカゲの尻尾とコウモリの翼。さらに背中のマニュピレーターは昆虫の節足。まさに伝説の生き物――合成魔獣キメラであった。


「仲間を心配する心があるなら、なんで都市部に無差別攻撃なんて仕掛けられるんだ」


 五光の〈Fグラウンドゼロ改〉は、反重力システムを積んだコウモリの翼を活かして慣性の法則を無視――ほぼ直角の空中機動によって体当たりを回避。さらに爆撃機のフライングユニットを脚部で蹴った。たった一撃でフライングユニットは折れ曲がって爆撃機は地上へ落下していく。


 敵機を蹴った脚部パーツだが、ビクともしていなかった。生体装甲の接着方法を見直してあって、格闘攻撃を実行しても反動でダメージが蓄積しないようになっていた。五光が頻繁に格闘攻撃を使うようになったので強化改修の際に新アイデアとして採用されたのである。


(五光くん、新崎大佐の動きを取り入れたんだ)


 スティレットが五光の経験値の出所を見抜いた。


「それはいわないでくれ」


 五光はパワードスーツの下で、ダックスフンドの顔を歪めた。技術そのものに貴賎はない。経緯に後ろめたいことがあるだけで。だから新崎の格闘技術を吸収していた。


(まぁ状況は察してるけど、色々と複雑な背景よね。一筋縄じゃいかない感じ)


 スティレットはプラズマガトリング砲の砲身をぐるりと回転させて敵機の接近をけん制した。


「幽霊先輩と話してると、なんだかほっとするな」


 スティレットがけん制した敵機を、五光が精確な狙いで撃ち落していく。一機の内側で二人のパイロットが完璧に連携していた。


(なによ。そんなにお姉さんの癒しがほしいの)

「こうやって会話することそのものが癒しかもしれない」

(名づけて幽霊セラピーね)


 スティレットは弾切れになったプラズマガトリング砲二門をマニュピレーターから切り離した――代わりにプラズマブレードを二本持った。緑色の刀身が伸びて槍のように長くなる。以前ROTシステムでプラズマブレードをオーバーロードさせて刀身を伸ばしたが、あの発想を正式な武器として採用したのだ。


「こんなに資源を使い捨てたら、あとで怒られるな」


 五光は地面に落下していくプラズマガトリング砲を見送った。


(ケチって死んだらそれまででしょ)


 スティレットはお茶目にウインクした。


「そりゃそうだ」


 五光はプラズマ機関砲で精密な弾幕を張って、残っていた敵を一掃した。


 だが撃ち漏らした最後の敵が、抱えた爆弾を見せつけるように突進した。


『一緒に死ねキメラ――――っっっ!!』


 自爆するつもりだ。


「自爆するぐらいなら逃げればいいだろ」


 五光は撃つか撃たないか迷った。もしこの距離で誘爆したら爆発に巻き込まれてしまうだろう。


『仲間の仇をとらずして逃げ帰れるものかよ!』


 敵機は自爆による敵討ちを確信したらしく、なんの工夫もせずに直線運動で突っ込んだ。


(柔よく剛を制するっていうでしょう?)


 スティレットのマニュピレーターが妖しく蠢く――長く伸びたプラズマブレードの先端で爆弾の信管を斬った。


『おのれ、自爆すらさせないつもりか、キメラめ』

「だが撃墜はさせてもらう」


 五光は追従システムに格闘攻撃の動きを読み込ませた――左手の上腕部に通してあるナックルシールドで、敵機のフライングユニットを殴った。ナックルシールドの先端がフライングユニットを貫通して胴体にめりこんだ。コクピット周辺が爆砕して敵パイロットが空中に投げ出された。


 敵パイロットは空中で撃墜されることを想定していたらしく、パワードスーツ姿でパラシュート降下していく。


 降下中、敵パイロットは〈Fグラウンドゼロ改〉を見上げた。彼はパワードスーツの内側で大粒の汗をかいていた。パラシュートを潰されるのではないかと心配だったようだ。自爆を覚悟した彼でも、生身のままDSに潰されるのは恐怖だったらしい。


 五光はパラシュートを潰すかどうか迷った。敵パイロットによる対DS戦法の可能性が残っていたからだ。水中戦だったら必ず撃墜しなければならない状況だ。地上戦だと敵の気質や装備によるだろう。


 だが空中戦はどうなんだろうか。それも逃げ場のないパラシュート降下中の敵に。


「あれを喜んで撃墜するようになったなら、俺も末期の戦争中毒なんだろうな」


 五光はパラシュートを見逃した。


(撃墜しても誰も責めないと思うわよ。対DS戦法やられたら困るし)


 スティレットは軽やかな口調でいった。


「そのときは歩兵として倒せばいいさ。俺はそっちでも戦えるからな」

(どちらかといえば歩兵としてのほうが強いと思うわよ。なんかもう人間離れしてるもの。今日だって敵のレーザーライフルが腕に当たってるのに、普通にDSを操縦してるでしょ)


 スティレットに指摘されたことで、五光はいまさら怪我したことを思い出した。


 腕の怪我は応急処置すらしていなかった――それほど痛くなかったからだ。


 いや違う。もはや痛みすらない。かといって皮膚の触感は健康体そのものだった。


 恐る恐るパワードスーツの被弾箇所を覗きこんだ。


 皮膚が自然再生していた。


「…………俺は本当に人間なのか?」


 初めて〈グラウンドゼロ〉で出撃したとき、テロリストのAP弾を腕に食らって応急処置をした。あのときはズキズキ痛んでいたし、あとで傷が悪化して操縦も難しくなった。


 それがどうして痛みをほとんど感じないどころか、傷が自然再生したんだろうか。


 日に日に人間離れしていく自分が怖くなった。


 しかし戦闘中なので思考を切り替えたところで、ついに敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉が見えた。

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