第13話 〈グラウンドゼロ〉VS〈ソードダンサー〉
なんで陸戦兵器であるDSが空を飛ぶかといえば、最前線で歩いて出撃すると狙撃されるからだ。ちなみに比較的穏やかな後方戦線から出撃するときはフライングユニットもカタパルトも使わない。
普段の戦闘でもフライングユニットを使うことはまずない。もし調子にのって空からプラズマ機関砲をばらまいていたら、手ごろな的になってしまう。DSはレーダーロックオンのみを回避できるのであって、画像認識と赤外線誘導は天敵であった。
だから目標ポイントまで飛んだら、さっさとフライングユニットを切り離して遮蔽物に機体を隠す。もちろん物資不足の時代だから切り離したフライングユニットは後で回収する。
艦長から通信が入った。
『胴元から花札へ。すでに味方部隊は【マイマイ社】の本社が存在する山岳地帯へ侵入している。味方の攻撃に巻き込まれないように十字砲火のポジションを目指してくれ』
味方部隊は四国を真っ直ぐに南進していた。焼け落ちたスラム街を突っ切って斜面を登ったのだろう。
『花札了解。四国の東側から本社を目指します』
通信を終わらせたところで、さきほどまで戦闘していたスラム街を一望できた。
五割ぐらいが炭化していて、地上に墨汁を垂らしたみたいに黒ずんでいた。火炎放射器を装備した敵DSは全滅させたが、雑多とした廃棄物に延焼してしまって消火が遅れたのだ。
生き残った人たちは途方にくれていた。友達や家族の焼死体を埋葬する気力すら失っていて、焦げ臭い潮風を頬に受けるばかりだった。
「なんでこんなことできるんだ、グローバル企業の連中は」
五光は怒りを通り越して困惑した。グローバル企業のやることは、同じ人間のやることに思えなかった。まるで人間の皮をかぶった悪魔である。その姿を想像したら、ダックスフントみたいな顔が、臭い汚物を嗅いだみたいに歪んだ。
(ああいう狂信者にはなにいっても無駄よ)
スティレットは赤い髪を大げさに揺らしながら頭を振った。
「狂信者か……狂信者が、大きな勢力になって、たくさんお金を持ってるのか」
(厄介よね。だからこそ、スラム街の落とし前はつけておかなきゃ)
「そうだな。今の俺でやれることをやっておかないと、あとで後悔しそうだ」
五光が四国の東側を飛んでいたら――十時の方向からエバスに反応あり。
さきほど〈アゲハ〉に赤外線誘導を成功させた【GRT社】の新型DSだ。全身が刃物みたいに尖がった機体であり、フライングユニットで高速飛行していた。なぜか五光の〈グラウンドゼロ〉をピンポイントで狙っていて、他のターゲットをすべて無視したようだ。
新型DSのパイロットは、五光の〈グラウンドゼロ〉に通信を繋いだ。
『おい憲兵。僕の名前を覚えていけよ。劉四川だ』
劉四川――新兵の五光ですら知っている有名なパイロットだ。今年で二十歳。階級は少尉。【GRT社】が誇る若きエースパイロットで、初陣から敵DSを三機落として、それから破竹の快進撃であった。
「【GRT社】の若きエースさまが、俺になんの用だ?」
五光は問答無用でプラズマ機関砲を発砲した。〈アゲハ〉に赤外線誘導をぶちかましたやつに事前通告なんていらないだろう。プラズマ粒子の砲弾は、まるで大粒のマスカットを連続で投げつけたように連なると、敵の新型DSに襲いかかった。
『タイマンをしようと思ってね、タイマンを』
敵の新型DSは、地球の重力や慣性の法則を無視したかのように、プラズマ粒子の砲弾を回避した。たったの一発も当たらなかった。いくらフライングユニットが高速移動できるからといっても直線限定だ。上下左右の軸移動に関しては身動きが取れないはず。
しかし四川はやってのけた。
(とんでもないパイロットね。フライングユニットの性能を最大限に引き出してる)
スティレットが舌なめずりした。どうやらエースパイロット同士で共鳴しているらしい。
しかし新兵である五光にはわからなかった。それどころか不快感を覚えた。四川の声、気配、DSの操縦方法――すべてが気に食わなかった。
「なんだその【たいまん】ってわけのわからない言葉は。データベースにも載ってないぞ』
五光は怒りまかせにプラズマ機関砲を乱射した。
『エスペラント語には翻訳されなかったが、一騎打ちを意味する日本語だ。おっと失礼。教養のない憲兵に多言語の意味を解説しても理解できなかったな』
四川は、ことごとくプラズマ粒子を回避すると、加速を維持したまま〈グラウンドゼロ〉に体当たり――なぜか作戦領域の外へ押し出そうとしていた。
「その耳障りな声を聞かせるんじゃない、この刃物野朗!」
五光は敵機の腹部を膝で蹴ってから、シールドでぶん殴った。膝蹴りは綺麗にヒットしたのだが、シールド攻撃は防がれてしまった。
『だったらもっと僕の声を聞かせてあげよう、タイマンをやることでね』
四川の新型機がプラズマサーベルを握ると――〈グラウンドゼロ〉のフライングユニットを焼き切った。
「しまった……!」
五光の〈グラウンドゼロ〉は揚力を失って地面へ落ちていく。
普通に考えればDSみたいな重量物が自由落下で地面に激突したらバラバラになるだろう。だが全身の各所に流体の皮膜があった。エンジンが故障したヘリと同じく、外部動力がなくとも自由落下の風圧を受けるだけで緊急的な減速処理が施せるのだ。
もっともパイロットが錯乱したら着地を失敗して機体が損傷してしまうが。
(混乱したらダメよ)
スティレットが声をかけた。
「大丈夫だ。この訓練だけはイヤってほどやらされたから」
五光は、機体の両膝と足首の関節を意識して着地へ備えた。
地面が迫ってきて両足から緊急着陸――着地の衝撃を受け流すように前方回転した。しかし衝撃の受け流しが甘かったので海辺の荒地に亀裂が走った。元々舗装は剥がれ落ちていたので、飛び散ったのは砂と石ころばかりだ。
機体の損傷をチェック。膝関節パーツにダメージあり。しかし幸いなことに損傷軽微。腰の収納スペースからDS用応急処置グリスを取り出して〈グラウンドゼロ〉の膝に塗った。
ナノマシンが浸透して生体関節を修復していく。あくまで損傷軽微だから応急処置が可能だった。もっと複雑なダメージが入っていたら整備班の手助けが必要だ。
『タイマンになったぞ、憲兵の新型DS』
四川の新型DSは軽やかに着陸。準備運動をするように屈伸しながらフライングユニットを切り離した。
「さっきからなんなんだお前は。【マイマイ社】を助けにきたんじゃないのか?」
五光は、DS用応急処置グリスの空パックを捨てた。物資不足なので空パックも後で回収するが。
『ふん、どうだろうな。そんなことより、お前でこの〈ソードダンサー〉の機体テストをさせてもらうぞ。さっさと武器を構えろ』
どうやら四川の新型DSは〈ソードダンサー〉という機体名らしい。
「なんで話をはぐらかしたんだ?」
五光は、プラズマ機関砲を構えた。シールドは上腕に通してあるから両手で銃身を支える動きを邪魔しなかった。
『弱いやつのことなんて話したくないからだ』
いきなり声が走った――『でないと僕の心が苦しくなるから』――四川の弱気な声だった。
敵機からの通信記録を調べたが『でないと僕の心が苦しくなるから』の部分は入っていなかった。以前、基地を襲撃してきたテロリストと戦ったときも、まったく同じ現象が起きた。〈グラウンドゼロ〉が妙な機能を持っているのか、それともスティレットの心霊現象なのか、もしくは自分自身が狂ってしまったのか?
五光は発砲する前に、四川へ質問した。
「なんでお前は【マイマイ社】のことを話すと、心が苦しくなるんだ?」
四川の気配が乱れた。〈ソードダンサー〉の動きも停止した。
『どうやって僕の心を読んだ……おい、どうやって読んだんだ』
あれほど軽薄な声で挑発を繰り返した男が、石を投げこんだ湖畔のように乱れていた。
「心? さっきの弱気な言葉は、お前の心なのか?」
『弱気だと!? 貴様、他人の心を勝手に覗くなぁああ――っっ!』
四川は激昂――〈ソードダンサー〉の両肩と両膝から四本の刀剣を射出した。どうやら両肩と両膝の尖がったパーツは武器だったようだ。
四本の刀剣は、将棋の飛車と角みたいに上下左右と斜めの動きで舞った。刀身が太陽の光を乱反射。柄尻からピアノ線みたいなワイヤーが伸びていて〈ソードダンサー〉と繋がっていた。
(どうやら敵のエースは四本の刀剣を有線コントロールで操ってるみたいね)
スティレットが見抜いていた。
「どういうことだよ、さっぱりわからない」
五光には四本の刀剣の動きも有線コントロールを実行するワイヤーも見えていなかった。
『貫けぇええええ――っっ』
四川の叫び――有線コントロールされた四本の刀剣は〈グラウンドゼロ〉の頭、背中、コクピット、股関節へ迫った。
全方位からの攻撃――五光はまったく対応できなかった。敵の意図や武器の正体にすら気づいていなかった。せっかくDSはメインカメラとサブカメラで全方位を見ることができるのに、五光の能力も経験値も追いついていなかった。
しかしエースパイロットであるスティレットには全部見えていた。
(ROTシステム、70パーセントで稼動!)
五光の脳裏にシステムメッセージが流れた。
『ROTシステム・ノーマルドライブ』
〈グラウンドゼロ〉のメインカメラが金色に輝くが、以前と違って全身の放熱板は動かなかった。機体の出力も最適化されただけでリミッター解除は行われなかった。だが前回ROTシステムを起動したときよりも明白にスティレットの経験値を感じた。まるで彼女の体臭と体温を感じるように、DS操縦の真髄を五感で触れた。
「有線コントロールってそういうことか!」
五光はプラズマ機関砲を頭上へ投げた――頭部を狙っていた刀剣と衝突して爆発。
プラズマブレードを持って前面をなぎ払い――コクピットを狙っていた刀剣を溶かした。
シールドで下腹部を防御――股関節を狙っていた刀剣を打ち払った。
だが背後の刀剣が残っていた――しかしスティレットが〈グラウンドゼロ〉を独楽みたいに回転させることでワイヤーを絡め取った。
『全方位攻撃を回避できるのか、それも初見で!?』
四川の動きが鈍くなった。どうやら四本の刀剣を回避されるとは思っていなかったようだ。
「俺だけの経験値で回避できるなら格好もつけられるんだが」
五光の〈グラウンドゼロ〉はプラズマブレードとシールドを構えると突進した。攻守逆転――シールドは防御手段ではなく、攻撃手段と化していた。
その操縦方法は、生前のスティレットにそっくりであった。
『なんだこの憲兵、さっきまでと動きが違うぞ』
四川の〈ソードダンサー〉はバックステップしながらプラズマブレードで唐竹割り――〈グラウンドゼロ〉のシールドを縦に両断した。しかし二つに割れたシールドの奥で金色のメインカメラが輝いた――〈グラウンドゼロ〉がしなやかな動きで敵の懐へ飛びこんだ。
(あたしの経験値に勝てるかしら、傲慢なボウヤ)
〈グラウンドゼロ〉のプラズマブレード二刀流――プラズマ粒子の刃が二本の直線を描いた。
『女の声……!? 二人乗りのDSなんて聞いたことないぞ!』
四川もプラズマブレードを二本使って防御行動――しかし一歩遅かったので〈ソードダンサー〉の右手首が溶けた。プラズマブレードの柄がぽろっと落ちていく。
「これでトドメ!」
五光はコクピットを狙った。
『この屈辱は絶対に晴らすからな!』
四川の〈ソードダンサー〉は瀬戸内海へ飛びこんで退却した。
「逃がすかよ!」
五光は追撃しようとしたのだが、両手のプラズマブレードが刀身を形成できなくなった。無理な使い方をしたのでオーバーロードしたのである。いくら出力70パーセントのROTシステムであっても、武器が持たないようだ。
(無理よ。ROTシステムを使っちゃえば、長期戦なんてできないわ)
スティレットが冷静に伝えたら、ROTシステムは停止。機体の状態をチェックしたら、オーバヒート寸前であった。これ以上無理をしたら、また整備班を泣かせてしまうだろう。
「……気持ちを切り替えよう。弾薬を補給したら、味方部隊と合流しなきゃ」
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