第10話 脇役たちの戦い/陸上艦砲撃戦

 グローバル企業【マイマイ社】はスラム街作戦の会議を行っていた。場所は本社ビルの地下にある対爆会議室。古今東西の芸術品が立体映像で投影されていた。本物が飾られていないのは、三つ巴の戦いが原因で現物が世界から失われたからだ。


 会議の参加メンバーは社長と専務と常務の三人だ。三人とも有名デザイナーのブランド服を着こなしていて、日々のジム通いで無駄な脂肪もついていなかった。


「社長。スラム街に侵攻したDS部隊から応援要請がかかりました。赤字になりますが増援部隊を出しますか?」


 ウサギ顔の専務が壁面パネルにグラフを写した――作戦に必要な経費と、戦闘に勝利した際に得られる利益が並んでいた。企業なので戦争も利益が最優先となる。たとえ意義があろうと長い目で見たら赤字になるなら手を引くべきなのだ――本社が消滅しないかぎりは。


「この戦いで負けたら本社を制圧されて会社を解体される。ここにいる三人は逮捕されて絶対的終身刑となり、無限の刑務作業をやらされる。だから赤字になろうとも増援を出して勝利しなければならない」


 タヌキ顔の社長は、壁面パネルの電源を落とした。損得を計算しても意味がない戦いだった。勝たなければすべて終わりだし、たとえ勝ったとしても赤字が膨らんで今年の経営を逼迫する。疫病神みたいなものだ。


「ならなぜ先に手を出したんです? 相手は【ギャンブリングアサルト】だとわかっていたでしょう」


 サル顔の常務が眉間に皺を寄せた。彼のいうことはもっともだ。だが事情があった。無理をしてでも先制攻撃を加えたことには。


「【GRT社】の要請だ。もし部隊を出さなかったら業務提携を打ち切ると脅された」


 社長は額をぺちぺちと叩いた。精神的に追い詰められたときの癖だった。


【GRT社】――世界最大のグローバル企業だ。主な産業は軍需関連。最近は月の開発も進めているらしい。世界最強のPMCを保有していて、毎日のように戦争している。【マイマイ社】は【GRT】と提携していて兵器を安価で購入できた。


 だが提携を打ち切られたら、テロリストや憲兵との戦いについていけなくなる。【マイマイ社】もグローバル企業に名を連ねているが、自前の資金力のみで三つ巴の争いを乗りこなせるほど大きな企業ではないのだ。


 専務が腕組みして、ぼやいた。


「だから【GRT社】は、あんなものを送りこんできたんですか」


 あんなもの――大砲だ。妙な形をした長大な大砲が本社の近くに居座っていた。他にも【GRT社】のDS部隊が本社に駐屯していて、ほとんどが新兵器だった。


 どうやら【ギャンブリングアサルト】で実戦テストをやりたいらしい。そのためだけに【マイマイ社】をけしかけたんだろう。自ら開戦すると赤字になるが、他の企業を盾にしてしまえば実戦テストだけをやれる――【GRT社】の常套手段だった。


 社長はテーブルを拳で叩いて力強く訴えた。


「ここが正念場だ。わが社は【ギャンブリングアサルト】に勝ち【GRT社】の無茶振りも跳ね除けて、我らの素晴らしき未来都市を拡大するのだ」


 専務は厳かにうなずいた。


「外の連中は、自由と平等の精神を理解できませんからな。正しい我々が正しい社会のありかたを後世に語り継いでいかなければ」


 さらに常務も明るい調子で続いた。


「この戦いに勝利したら汚いスラム街など焼き払ってしまいましょう。あんな資源を無駄遣いする連中を放置しておくから、強権的な政府と野蛮なテロリストがつけあがったんです」


 という意見に社長が注釈をいれた。


「おっと、焼き払う前に試験による選別を行っておこう。ペーパーテストで好成績を出せるか、素晴らしい一芸を持っていたもので、かつ我々の理念を理解できたものは未来都市に受け入れようじゃないか。我々は野蛮ではないのだから寛容な心が大事だよ」


 だが専務が首を左右に振って否定した。


「どうせ無理ですよ。彼らは知識も教養もないから、ああやってスラム街で人生の無駄遣いをしているんです。だったら季節労働者として雇用してあげたほうが彼らのためですよ」


 季節労働者――給与の発生しない奴隷である。だが奴隷という名称は自由と平等に反するので、別の言葉に言いかえていた。どんな名称だろうと内容は奴隷労働であることに変わりはないのだが、未来都市で指定された禁断のワードに引っかからなければ糾弾されない。それどころか、もっともらしい美辞麗句を並べてしまえば推奨される行為になっていく。


 ――これらの事情からわかるように、未来都市とは一種の新興宗教なのである。


「ならスラム街をどう扱うか、民主的に決めようじゃないか。我々は自由と平等を理解しているんだから、独断と偏見で決めてはいけない」


 社長は未来都市の住民たちに『スラム街を焼き払うべきか、それとも季節労働者として雇用すべきか』の投票を求めた。


 その結果――8対2の割合で、焼き払うことが決まった。


 社長と専務と常務は、誇らしげな顔で拍手した。


「民主的な手続きで、スラム街を焼き払うことが決定した。我々は自由と平等の名の下に、未来都市を理解できない野蛮人を地球上から消去しよう」


 こうして【マイマイ社】は増援部隊に火炎放射器を持たせて出撃させた。


 DS10機、自走台車5機の中隊規模だ。スラム街の残存勢力と合算すれば大隊規模となり【ギャンブリングアサルト】の戦力と拮抗する。あとは【GRT社】の駐屯部隊がなにをするかで戦局が左右されるだろう。


 出撃前、増援部隊の隊長が、未来都市で暮らす息子と会話した。


「お父さん、悪いやつらを焼いてくるからね」

「ぱぱ、生きて帰ってきてね」

「大丈夫さ。だってお父さんは自由と平等を理解できる博士号持ちだからね、あんなエスペラント語しか理解できないバカには負けないよ」


 増援部隊は、未来都市を守るために本社の格納庫から出撃した。狙いは陸上艦〈アゲハ〉の奇襲である。そのためには隠密行動が必須だ。DSは腰を低くして頭が山の稜線から出ないようにしていた。あとは【ギャンブリングアサルト】のエバスの感知圏内のギリギリまで近づいて、陸上艦〈アゲハ〉に一斉攻撃である。


 ●      ●      ●


 陸上艦〈アゲハ〉の艦長は歴戦の猛者である。十代のころは歩兵をやっていて、二十代後半になってからDSに乗り、三十代後半から士官の道へ入った。現在五十歳、階級は大佐、ずっと最前線だ。


 それら膨大な経験から増援部隊の侵攻ルートを読んでいた。


「三時の方向。索敵急げ。もし敵に増援があるとしたら、あそこからだ」


 艦長の命令で、観測手は観測用ドローンを低空飛行で発進させた。第三者にハッキングで奪われないように有線コントロールである。近づけすぎると敵に気づかれてしまうので、岩山に着陸させて望遠レンズで索敵。丘陵の斜面では山鳥が飛び交って、イノシシの親子が川へ逃げ出していた。それら不自然な動きから逆算して、望遠レンズの倍率を拡大――PMCのDS〈エストック〉の頭部を発見した。


「艦長。敵の増援部隊を発見しました。山の稜線に隠れて、こちらへ近づいています」


 観測手はデータを艦長へ送った。


「やはりか。攻撃の第一陣は副砲による間接射撃、第二陣は観測用ドローンの赤外線誘導によるミサイル攻撃だ」


 陸上艦〈アゲハ〉の頭部――イモムシの触覚にあたる部分が副砲になっていた。大型プラズマ粒子砲が二門である。形は消防士の操る消火ホースにそっくりであり、上下左右に動かせる。レーダーロックオンできない敵艦に対抗するための装備であり、砲手が目視によって運用する。


 砲手は観測用ドローンから送られてきたデータで弾道を計算していく。従来の陸上艦なら弾道計算機に変数を入れるだけで適切な発射角度を得られた。しかし〈アゲハ〉は実戦投入されて間もない反重力システムでホバーしているため砲撃データが足りない――弾道計算機が正常稼動するには膨大な砲撃データが必要なので、データ不足の若い技術を実戦で使うにはエミュレーションによる角度修正が必須だった。


「仰角2度修正。着弾予定地点に民家なし。民間人の存在も確認できず。反重力システムの出力を砲撃時のみ低下させて足場を安定させてください」


 砲手は副砲の発射トリガーに指を当てた。


「副砲発射。DS部隊は射線に入らないように気をつけてください」


〈アゲハ〉の頭部にある触覚が、緑色の光を溜めこみ――軽乗用車と同じサイズの大玉を放出した。大太鼓を叩くようなリズムで一秒間に三発の連続砲撃。プラズマ粒子の大玉は宙に緑色のプロットを描くと、山の稜線を飛び越えていった。


 着弾を確認する前に第二陣の攻撃準備を整えていく。


 観測手が観測用ドローンを操作した。


「副砲の着弾と同時に赤外線誘導を開始します」


 どうして副砲の着弾と同時なのか? なぜなら赤外線誘導はロックオンが完了した瞬間、絶対に敵に気づかれてしまうからだ。もし敵に気づかれたら、せっかくの副砲による先制攻撃が失敗してしまう。生体兵器にすらロックオン可能な赤外線誘導も、無敵ではなく弱点があるというわけだ。


 しかも敵は運を持ち合わせていた。とあるPMCのパイロットが、白鳥が飛んでいく姿を目で追いかけたら――岩山に着陸した観測用ドローンを発見した。仲間たちに通信で伝えつつ、プラズマ粒子砲を発砲――観測用ドローンを破壊した。


 陸上艦〈アゲハ〉の観測手が大声で報告した。


「観測用ドローンが破壊されました! 赤外線誘導できません!」


 赤外線誘導によるミサイル攻撃は不可能となった。


 しかし艦長は動揺しない。今やれる最善策を理詰めで導き出していく。


「副砲のみで砲撃を続けてくれ。敵の動きを妨害するだけでも味方DS部隊の助けになる」


 艦長が新しい命令を出したところで、さきほど撃ったプラズマ粒子の大玉が増援部隊の足元に次々と着弾――まるで火山が緑色の溶岩で噴火したように爆発。緑に染まった土砂が舞い上がった。


 だが観測用ドローンに気づいていた増援部隊は早々に散開していたため、戦闘不能レベルの大破は発生しなかった。唯一の戦果は彼らの装備を運んでいた自走台車が使用不能になったことだ。予備の兵装と弾薬が消えただけでも【ギャンブリングアサルト】が有利になった。


 しかし別の角度を警戒する観測手が悪いニュースを報告した。


「十二時の方向。【マイマイ社】の本社より強烈な砲撃を確認。着弾まで10秒」


 強烈な発火炎のおかげで、強烈な砲撃の正体が判明した。


【マイマイ社】の敷地にバカみたいに巨大な大砲が設置されていた。観測データからして80センチ砲だった。センチである。ミリではない。太古の昔に作られたナチスの欠陥兵器に80センチ列車砲というものがあった。あれを二十二世紀の技術で火力アップして、しかも安定運用できるように改造してあるらしい。


 艦長は敵の正体を確信した。


「【GRT社】が【マイマイ社】を支援しているわけか。あんな変態兵器を実戦でテストしたがるのは、あそこしかない…………反重力エンジンのリソースをホバーから電磁バリアへまわせ。本艦は歩く」


 反重力エンジンのリソース配分が防御重視となり、電磁バリアが分厚くなった。その代わりホバーモードが解除された。〈アゲハ〉はイモムシ級本来の用途である無数の節足で地上を歩くことになった。全長150メートルの巨体が歩くと、まるで地震が発生したかのように地面が揺れた。


 そんなイモムシの怪獣が行進するような状況下で、例の80センチ砲弾が空気を切り裂いて到来――〈アゲハ〉の電磁バリアに接触。ヤスリで鉄を削ったときみたいな異音が鳴り響くと砲弾は消滅した。激突ではなく消滅だ。


 電磁バリアは触れたものを分子分解するためである。


 なお80センチ砲の砲撃音は、着弾から数秒遅れて〈アゲハ〉に伝わった。音の速さより砲弾のほうが圧倒的に早いとこんな現象が起こる。


 ●      ●      ●


 80センチ砲を担当していた砲手001は、望遠スコープで着弾を確認すると、沿岸に待機する【GRT社】の潜水艦へ報告した。


『こちら砲手001。80センチ砲が通用しなかった。繰り返す、敵艦には必殺の80センチ砲が通用しなかった。あの強力な電磁バリアをどうにかする必要があるな』


 砲手001のコールサインを使っているのは若い女性だった。伊達眼鏡と黒髪の似合う中華系であり、ほとんど化粧をしていない。職業は【GRT社】の軍事研究所に所属する数学者だ。だから弾道計算機を使わないで暗算で弾道を計算していた。戦場の変数を肉眼で読み取って脳内の公式へぶちこむ幸福は、象牙の塔では味わえないだろう。


『ブルーシックス了解。アンチ電磁バリアミサイルを用意する。ただし直撃させるには赤外線誘導が必須だ。【マイマイ社】のDS部隊と連携してくれ』


 ブルーシックスは潜水艦のコールサインであった。


『あんな錬度の低い部隊と連携なんて無理だ。やつらを囮にして、うちの精鋭に赤外線誘導装置を持たせたほうがいい』


 砲手001は伊達眼鏡をクロスで磨いた。なんでわざわざ伊達眼鏡なんてつけているかといえば、数学者っぽいからだ。こうやって専業の軍人ではないことをアピールしておかないと、本業が忙しいときも出撃しなければならなくなる。それはごめんだった。


『名案だな。あと四川が新型DSの慣らし運転をやりたいそうだ。例のテロリストが奪った機体の二号機を相手にして』


 ブルーシックスが、やれやれとため息をついた。


『いいだろう。こちらは弱装弾の実験もやりたいからな。ひたすら支援射撃を行う』


 砲手001は四川のワガママを受け入れた。彼は可愛い男の子だからである。

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