11.ゲツヨウビの決意

 彼が自分のピアノの腕を卑下し始めたのは何が切っ掛けだっただろうか。

 わたしが言うと怒る。

 怒るけど、知っていてほしい。

 他の誰が何を言おうと、わたし一人だけだろうと、あなたのピアノが大好きだ。

は、あなたの弾くピアノ、素敵だと思います」

 一音ずつ『わたし』を強調してそう言った。

 真剣に、彼の方を見つめながら。

 彼は、ピアノの蓋をバァン! と音を立てて乱暴に閉め、立ち上がった。

 そんなことするような人ではないのに。ピアノを大切にしていたのに。

 わたしはずっと彼を見つめ続ける。

 彼は音楽室の扉まで歩を進めると、こちらを少し見て、

「……お前になにが分かるんだ」

 と言って扉も乱暴に開閉して行ってしまった。

 わたしが真剣に見つめていた彼の最後の表情は、怒っているというよりも、苦しそうだった。

 ……きっと、彼はもうここには来ないだろう。

 それでも、わたしは言わなきゃいけなかった。

 言うと彼が怒るのは目に見えてたけど、どうしても言いたかった。

 今は負担になる言葉だったとしても。

 今は信用できない言葉だったとしても。

 ……彼のピアノを素敵だと思ってる人間が確かにいるということを、忘れないでほしかった。

 足がすくんでいる気がする。

 怖かった気がする。

 でも、言いたかったんだ。

 言わなきゃいけないって、思ったんだ。

 思っていたよりもはるかに重い喪失感に、わたしはぎゅっと目を閉じて耐える。

 それがだいぶ落ち着いたころに、アスカと村瀬くんが音楽室の扉を開けた。

 わたしは二人に、今日のことは何も言わなかった。



 それから彼はやっぱり全然来てくれなくなった。

 卒業式の日に、集会とかだといつもこうな通り、私は後ろの壁際の椅子で見ていたのだけれど。

 一人ずつ証書を受け取っていく人々や、入退場していく人々、注視してみたけど、そういった卒業生の中に、彼がいる様子はなかった。

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