(15)終わりの始まり

「あまり広くない屋敷で、助かりましたね」

 極力足音を立てないように進みながら、その場の指揮を執る事になったユージンが囁くと、同様に油断無く進むアトラスが、面白く無さそうに応じる。


「全くだな。貴族の三男坊を、一人で住まわせるには妥当な広さだ。平民にしてみれば、無駄以外の何物でも無いが」

「確かに無駄なスペースは多いですし、他の家族や複数の使用人の目もありませんから、ろくでもない事を見咎められる可能性は低いですね」

「そういう事だな…………。アルティナ」

「はい」

 一つの扉に張り付き、僅かに隙間を開けて室内を覗き込んだアトラスは、アルティナを手招きした。それに応じて近付いて慎重に隙間から覗き込むと、複数の男達の背中を認めた直後に、リディアの声が聞こえてくる。


「図々しいわね。どこまで自分達に都合の良い筋書きを書いているの?」

「それが“真実”だからな」

「“真実にしたい”だけでしょう?」

「お嬢さんがどれだけ不本意でも、結果には変わりがないからな」

 どうにも相当拙い状況なのを見て取ったアルティナは、ユージンに場所を譲ってからアトラスに頷いてみせた。するとアトラスが、解説を加えてくる。


「こちらに背を向けている中央の男は、あの背格好と声ならブレダ画廊主催者のトーマスで間違いないな」

「早速、口封じに来たわけですね?」

 忌々しげにユージンが呟くと、アトラスが皮肉っぽく笑う。


「こちらにしてみれば一度に確保できて、好都合でしか無いがな」

「よし、多少怪我をさせても構わないが、全員生きたまま捕らえるぞ」

 その指示に、付き従って来た騎士達が、即座に小声で応じる。


「はい」

「了解しました」

「それでは行くぞ!」

 その号令と共にドアを勢い良く押し上げたユージンは、外で待機している部下達にも聞こえるように大声で叫んだ。


「お前達! 抵抗を止めておとなしくしろ! 殺人未遂、及び、違法薬物密売の罪で、近衛騎士団執務棟に連行の上、取り調べる!」

 その宣言にトーマス達は仰天して振り返ったが、リディアも完全に驚愕して声を裏返らせた。


「なっ!? どうして近衛騎士団が、こんなに早く!」

「アルティナ!?」

 そんな友人に、ユージンに続いて室内に押し入ったアルティナは、素早く剣を鞘から抜き去りながら叫ぶ。


「リディア! 分かっているでしょうけど、団長と隊長からの叱責と、始末書は確実よ! せめてこいつらの捕縛と護送を、手伝って頂戴!」

「勿論やるわ! むしろやらせて!」

 嬉々として剣を構え直したリディアだったが、ここで狼狽しながら周囲を見回していたトーマスが、引き連れてきた男達に向かって、破れかぶれとしか言いようの無い命令を下した。


「ふざけるな! お前達! 女や年寄りを除けば、大した人数じゃない! 全員さっさと殺して逃げるぞ!」

「おう!」

「さっさと殺してずらかろうぜ!」

 ここで捕まったら一巻の終わりだと分かっていた彼らは、早速アルティナやアトラス、リディアに率先して襲いかかったが、彼らの思惑通りそう簡単には突破できなかった。


「それはどうかな?」

「ぐあぁっ!」

「こっ、このジジイ!」

 いまだ剣を抜いていないアトラスだったが、どこに隠し持っていつ取り出したのか分からない速さで、投げナイフを至近距離から放ち、それを顔や首にまともに受けた男達が、動きを止めてうずくまる。そこをアルティナが、容赦なく蹴り飛ばした。


「女と年寄りも、ちゃんと数に入れるべきね! 今後の教訓にしなさい!」

「げはっ!」

 そして転がった男達を、すかさず他の騎士達が武器を取り上げて縛り上げる。そこで切りかかってきた男の剣を自分の剣で受けながら、リディアが叫んだ。

「アルティナ! こいつらに、今後なんてあるわけ!?」

 そう吐き捨てた彼女が勢い良く相手の臑を蹴りつけた為、その男がとっさに後ずさりしながら悪態を吐く。


「ぐあっ! この女ぁぁっ!」

「それもそうね!」

「ぎええっ!」

 すかさず背後から距離を詰めたアルティナが、その男の後頭部を渾身の力を込めて剣の柄で殴った為、彼は呻き声を上げて膝を折って倒れ臥した。

 トーマス自身はさっさと男達を見捨てて、窓から外に出て逃走を図ったが、待ちかまえていたユージンの部下達に真っ先に捕らえられる羽目になり、騒ぎが静まってからユージンが周囲を見回した。


「さて、これで片付いたか?」

 目の前に引きずられて来たトーマスを見下ろしながら呟いていると、部下達が次々に報告してくる。

「小隊長! この屋敷から逃げ出した者は、全員捕らえました!」

「例の馬車を使って、このまま騎士団執務棟に護送してよろしいでしょうか?」

「そうしてくれ」

 そして意識が無い者から順に運び出されていくのを見送りながら、ユージンは冷え切った目をトーマスに向けた。


「残念だったな。この前は下っ端を切り捨てただけで済んだが、今回お前達がダリッシュとこの近衛騎士を、保身の為に殺害しようとした事は明白だ。今頃は貴様の画廊と屋敷にも、改めて騎士団が踏み込んでいる。今更、言い逃れできるとは思うなよ?」

「くそっ……」

 縛り上げられたトーマスは心底忌々しそうに歯軋りしたが、アルティナは完全に彼らを無視して、リディアに駆け寄った。


「リディア、怪我はない? 大丈夫?」

「平気よ。それよりも、迷惑をかけてごめんなさい」

 神妙に頭を下げてきた彼女を見て、アルティナは何とも言えない表情になりながら首を振る。


「私は良いのよ。取り敢えずこれから王宮に戻って、団長と隊長に頭を下げるわよ? 確かにダリッシュに騎士団の動きを伝えて自首を促した気持ちは分かるけど、それで今までの調査が無駄になる可能性があったわけだから、責任は取らないとね」

「……うん、分かっているわ」

 ここで気落ちしているリディアがさすがに気の毒になったアルティナは、慰めの言葉を口にした。


「だけど、ダリッシュがその提案に頷かなかった事まで、あなたが気に病む事は無いわよ。完全にそいつの責任だから」

「それも分かっているわ。あの男、提案に頷かないどころか、私を殺して国外に逃げるつもりだったし」

 リディアがそう正直に述べた途端、アルティナが怒りの表情で、つい先程マークスが運び出されたドアを睨み付けながら悪態を吐いた。


「はぁ!? あいつ、どこまで性根が腐ってたの!? 運び出される前に、一発殴っておくべきだったわ!」

「アルティナ。ダリッシュは既に殴られて、昏倒していたんだから」

 意識の無い相手を本気で殴りかねないアルティナの剣幕に、リディアはつい笑いを誘われながら宥めた。するとここで、屋敷内を探索していた顔見知りの騎士から声がかかる。


「アルティナ、リディア! ジャービスの乾燥葉が、大量に見つかったぞ! 地下室から運び出すのを手伝ってくれ!」

「はい!」

「分かりました!」

 そこで二人は即座に真顔になり、顔を見合わせて頷いてから、地下室へと駆け足で向かった。そのダリッシュ邸で少々の小競り合いの後、マークスとトーマスを捕らえた上、ジャービスを発見したとの報は、王都内の各所に届けられた。


「シャトナー副隊長、報告します! ダリッシュ邸に踏み込んだ隊が、大量のジャービスの乾燥葉を発見、回収に取りかかっております。それに先立ち、マークス・ダリッシュ及び、トーマス・ブレダ両名を、殺人未遂の容疑で捕縛済みです」

 それを聞いたケインは、すぐ近くに見えるペーリエ侯爵邸の門を凝視しながら、満足そうに笑った。


「それは効率が良かったな。ブレダ画廊に向かった隊にも、同様の知らせは伝えてあるな?」

「勿論です」

「ご苦労」

 短く伝令を労ったケインは、すぐさま背後に待機させていた部下達を振り返り、指示を出した。


「皆、今聞いた通りだ。ぐずぐずしていると、証拠隠滅の恐れがある。これからペーリエ侯爵邸に踏み込むぞ! 門扉の錠を、ただちに叩き壊せ! 玄関も然りだ! 全責任は俺が取るから、思う存分派手にやれ!」

「了解しました!」

「行くぞ、ぐずぐずするな!」

「こっちに戦斧をよこせ!」

 責任者たるケインから許しが出た部下達は、嬉々として門扉を壊しにかかった。その騒音と喧騒を聞き流しながら、ケインは目の前の屋敷に潜り込ませている、面々の事を思い浮かべる。


(この騒ぎで、奴らも俺達が動いた事にすぐ気が付くだろうし、色々上手くやってくれよ?)

 そのケインの予想通り、住み込みの使用人達が時ならぬ騒ぎに右往左往する中、いち早く異常に気が付いた彼らは事前の打ち合わせ通り、行動を開始した。

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