(5)内輪もめ

 パーティーが傍目には無事終了し、ペーリエ侯爵邸から殆どの招待客が帰って行った後も居残ったマークスは、同様に残ったブレダ画廊主催者のトーマスと共に通された応接室で、ジェイドに食ってかかっていた。


「ペーリエ侯爵! 今夜、私とユリエラ嬢の婚約を親族の皆様の前で発表して、爵位と領地を授かる布石にするというお話は、一体どうなったのですか!?」

 しかし彼に非難されたジェイドは、不愉快そうに言い返す。

「どうもこうも。こちらが知らないうちにグレイシアが養女を迎えてしまったのだから、どうしようもあるまい。ユリエラまで養女にする必要性が、完全に無くなってしまったからな」

 それにトーマスが、深く頷きながら続ける。


「そうですな。単に養女を迎えただけならともかく、あのユーリア嬢を養女にした件は、王太子殿下妃殿下お二方の後押しで、殿下の側近の方との結婚の為という、大義名分がありますし」

「これに異を唱えたりしたら、王太子殿下の不興を買う事は確実。そんな事ができるわけ無かろう。そんな事も分からんのか」

 侮蔑的な目を向けられながらも、マークスはなおも食い下がった。


「それでは、ダリッシュ伯爵家との約束はどうなるのです!? 父と兄が黙っていませんよ!」

 しかしその脅しめいた台詞にも、ジェイドは全く動揺しなかった。


「シャトナー伯爵家は今回の申し出を受けた見返りに、今後グレイシアの生活について保証するとまで公言したからな。ケライス侯爵家とも話がついているそうだし、それを反故にする筈も無いから、わざわざこちらが文句を付ける理由が無い」

「それともダリッシュ伯爵は、同様の保証をしてくださるのですかな? 聞くところによりますと、ユリエラ様とマークス様がご結婚された場合、生活費全般はペーリエ侯爵家持ちにするとの条件が出ていたと伺っておりますが?」

「王太子殿下とケライス侯爵家を敵に回してまで、貴公とユリエラとの縁談を進めろと主張するなら、当然ダリッシュ伯爵家が貴公とユリエラの生活費全般を負担した上で、何かあった場合のグレイシアの後見もしてくれるのですな?」

 皮肉っぽく二人から畳みかけられたマークスは、さすがにたじろいだ。


「いや、それは……。さすがに私の一存では、お約束いたしかねますので……」

「そうでしょうな。あなたは現時点では、父親と兄上のお情けで好きに絵を描き散らしているに過ぎない、単なる穀潰しに過ぎませんから」

 そんな事をトーマスが笑いながら口にした為、マークスは瞬時にいきり立った。


「何だと!? たかが画商のくせに無礼だぞ!」

「申し訳ありません。最近のダリッシュ様の絵には感銘を受けないもので、ついついぞんざいな物言いを」

「貴様!!」

 反射的に掴みかかったマークスだったが、それを舌打ちしたジェイドが引き剥がした。


「止めないか! とにかく、ユリエラと貴公を婚約させても、ユリエラまでグレイシアの養女にできないし、貴公に新たな収入源ができるわけでも無い。双方に益がないのに、この縁談を無理に進める意味が無かろう」

 淡々と言い聞かされたマークスは、歯ぎしりしてから呻くように言い出した。


「お前達……、誰のおかげで、ジャービスを手広く売れるようになったと思っている」

 そのぞんざいな物言いにジェイドは眉根を寄せただけだったが、トーマスははっきりと嘲笑しながら言い放った。


「それを言うなら、あなたは誰のおかげで、まともに絵が売れるようになったのでしょうな? 私が持ち込んだあれらの絵の評価が無ければ、あなたのような穀潰しの伯爵家の三男と侯爵家のご令嬢の縁談話など、持ち上がる事すらございますまい」

「……っ! 失礼する!」

 羞恥と屈辱のあまり顔を紅潮させたマークスは、捨て台詞を吐いて足音荒く応接室を出て行った。それを見送ってから、トーマスが忌々しげに呟く。


「やれやれ……。少々、面倒な事になりましたな」

「確かにジャービスの密輸や、密売方法を考えたのは奴だがな」

 ジェイドもうんざりした様子で応じると、トーマスが真顔で続ける。


「ですが、一応画商の端くれの私に言わせて貰えば、後ろ暗い事に進んで自分の絵を利用しようと考える時点で、画家として終わっていますよ」

「そもそも貴様が、鳴かず飛ばずのあの男の所に平民の絵を持ち込んだ時、嬉々として自分の物として発表した段階で駄目だろう」

「同感ですね。それで、これからどうなさるおつもりですか?」

 そうお伺いを立てたトーマスに、ジェイドは嫌らしく笑って応じた。


「幸いな事に今現在、在庫の殆どはあいつが保管している。その状態が公になれば首謀者はあいつで、お前はあいつと店員に、勝手に絵にジャービスを混入させられた被害者に過ぎない」

 それを聞いたトーマスは、懐疑的な表情になった。


「勿論、そうなれば宜しいのですが……。あの男が私どもとの関わりを、黙っている筈がありません」

「それはそうだろうな」

「それでは」

「だが、それは生きている間の事だ。死んでしまったら何も言えまい?」

 薄笑いで同意を求めたジェイドに、トーマスも不敵な笑みで応えた。


「……それもそうですな。それでは早急に、足が付かない連中を密かに手配しましょう」

「ああ、宜しく頼む」

「そうなると、捕らえてある額装師も、そろそろ用済みですかな?」

「そうだな。だが私が頼んだ額縁が完成したら、処分してくれ。ジャービスの密売方法に関しては、また他の手を考えよう。せっかく顧客も増えてきたところだしな」

 殺すのは、しっかり注文品を仕上げさせてからにしろと条件を付けたジェイドに、トーマスは半ば呆れながら頷いた。


「侯爵様はこだわりが強い上、抜け目がありませんな」

「お前程では無いぞ?」

 そして二人は凶悪な笑みを浮かべた顔を見合わせてから、ろくでもない計画を練り始めた。

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