(19)苦い思い

 夜になって、近衛騎士団管理棟の会議室では、王太子ジェラルドを迎えての緊急会議が開催されていたが、その室内は重い空気に満たされていた。


「……それで? 結局、どういう事だ?」

 あからさまに不機嫌な様子で、机を軽く指で叩きながら促したジェラルドに、殆どの参加者が恐縮して俯いたが、騎士団最高責任者であるバイゼルは、しっかり彼と視線を合わせながら落ち着き払って報告した。


「可能な限り急行してブレダ画廊に踏み込みましたが、はかばかしい成果は上げられませんでした」

「そんな事は、既に報告が上がっている! その詳細を尋ねているんだ!」

 怒声と共にジェラルドが拳で机を叩き、その怒りの程が知れたが、バイゼルの表情は変わらなかった。


「確かに絵と一緒にジャービスの乾燥葉を仕込んである、在庫の絵の箱を十二個押収しましたが、それだけです。店舗内の隅々まで捜索しましたが、他の在庫は発見できませんでした。勿論、画廊の主催者であるブレダ氏の住居も捜索しましたが同様です」

「処分されたか、どこかに素早く隠したか。または、元々それほど在庫が無かったのか……」

 小さく歯ぎしりしてから自問自答のように口にしたジェラルドを冷静に眺めながら、バイゼルが報告を続けた。


「それと、ブレダ画廊の店員が一人行方不明になっておりまして……。店主のブレダ氏は『私はジャービスなど、全く知らない。行方不明になった店員が、私達が知らない間に取り扱って、客に渡して利益を上げていただけだ。私達は被害者だ』と弁明しております」

「白々しい……」

 呻くようにジェラルドが悪態を吐き、その会議の参加者全員が同じ感想を抱いたが、無言を保った。


「ランディス殿下達が偶然入手したジャービスも、襲撃犯達が持ち去ってしまい、偶々居合わせた小隊の面々も捜索に同行させましたが、ブレダ画廊の店員、及び付近の住人に、該当する人物は見当たらなかったそうです」

「せっかくの機会だったものを……。せめてその賊を一人でも、こちらで生け捕りにできていれば……」

「殿下……」

 如何にも悔しげに語るジェラルドを、ナスリーンが控え目に声をかけて窘める。それに彼は、微苦笑で応じた。


「ナスリーン。襲撃場面に遭遇した騎士達が、迷わずランディスの手当てを最優先してくれたお陰で、弟が怪我をするだけで済んだ事は、十分理解している。その上での発言だから、少しだけ愚痴らせてくれ。父上や母上の前では、間違っても口にできないからな」

「……はい」

 そこで微妙になった空気を払拭するように、騎士団の人間では無いながらも、当然のように参加していたアトラスが、しみじみとした口調で言い出した。


「しかし、あのダリッシュの絵に、そんなからくりがあったとはな。あいつの所にかなりの量の顔料が届けられていた理由が、漸く分かったぞ」

「どういう意味ですか?」

 不思議そうにナスリーンが尋ねた為、彼は真顔で説明する。


「奴は最近、大して作品を発表していないだろう? それなのに奴の家の出入りを調べてみると、結構な量の絵を書く為の顔料が持ち込まれていてな。どれだけ無駄な絵を描いているのかと、呆れていた所だった」

 それにバイゼルが、口を挟んでくる。


「無駄に描いて悉く処分しているか、一人で悦に入っているだけかと思っていたわけか?」

「はい。本当に無駄な事をするものだと思っていたら、そういう小さな絵を沢山描いて、小銭を稼いでいたとは。訪れたブレダ画廊の者が、時々大きな箱を持ち帰っていましたが、あれに小さい物を大量に詰めていたのなら納得です」

「なるほどな」

「それで殿下。ブレダ画廊に関しては、どう処分をされるおつもりですか?」

 そこでナスリーンが話を戻した途端、室内に再び重い空気が充満し、ジェラルドが溜め息を吐いてから自分でも納得しかねる雰囲気で話し出した。


「残念だが、今回出て来た物と状況証拠だけでは、ブレダ画廊の積極的な関与は立証できない。偶々店員が自分の立場と取り扱っている商品を利用して、麻薬の売買をしていたというだけだ。しかも、当の本人は行方不明。店員の管理責任は問えるだろうが、それでもブレダ画廊に対しては、一ヶ月の営業停止命令を出すのが精々だ」

「そうでしょうな……」

「全く……、父上も母上も、ランディスには甘いから……」

 再びジェラルドが口にした愚痴を、その場にいた全員が聞かなかったふりをした。そこで会議が始まってから、今まで一度も口を開かなかったアルティナが、アルティンの口調で冷静に声をかける。


「殿下。済んだ事をどうこう言っても、仕方がありません。今後の方針を考えましょう」

「そうだな……。アルティン、何か策はあるか?」

 そこで室内全員の視線を集めたアルティナだったが、正直に軽く首を振った。


「申し訳ありませんが、目新しい策は……。取り敢えずペーリエ侯爵が、この件に何らかの形で関わっている可能性が濃厚なのは変わりませんから、近々直に屋敷に乗り込んで、調べてみる予定にはなっております」

 それを聞いたバイゼルが、思い出したように頷いた。


「ああ、ケライス前侯爵夫人に頼んでいた、あれの事か?」「ええ、緑騎士隊の潜入している者からも、報告が上がっているかと思いますが。それから、ブレダ画廊が営業停止になって、連中もかなり警戒して動きが鈍くなるとは思いますが、変わらず調査と監視を続行させて下さい。少なからず動揺していると思われますので、思わぬ所からボロを出さないとも限りません」

「そうだな。当面はその方向で、進めて行くしかあるまい。いまだに所在不明の、額装師の事もある。皆、注意して事に当たるように」

 バイゼルがそう話を纏め、全員が硬い表情で頷いてその日は解散となったが、早くも三日後に事態が急変した。


 ※※※


「……死体が出ただと?」

 団長室で事務処理をしていた所に、黒騎士隊隊長チャールズが駆け込んで告げた一報に、バイゼルは地を這うような声で恫喝した。しかし今更恐れ入るチャールズではなく、険しい表情のまま報告を続ける。


「はい、たった今、管理棟の隊員から連絡が。身元不明の死体を巡回中の隊員が今朝発見し、こちらに運んで帰還したのですが、逃亡したと見られているブレダ画廊の元店員の手配書の特徴と酷似していた為、ブレダ画廊の店員を呼んで顔を確認させたところ、間違いないとの事です」

 それを聞いたバイゼルは、盛大に舌打ちして悪態を吐いた。


「連中、尻尾を切り捨てやがったか……」

「もしくは罪をなすりつけたか、ですね」

 淡々と指摘したチャールズを、バイゼルが睨み付けながら厳命する。


「他の隊からの応援人数を、更に増員させる。王都内の治安を、これ以上悪化させるな。それからカーネルを呼べ」

「了解しました」

 そして一礼して団長室から出て行った直後、チャールズは室内で何かが激しく叩き付けられる音を耳にしたが、彼は上司の名誉を守る為、何も聞かなかった事にしてその場から離れて行った。

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