(7) 阿吽の呼吸

「実は先日伺った、姪ごさんにも関わる話です。来月頭に、彼女が十六歳になるのを祝うパーティーが催される筈ですが、それに招待されてはいませんか?」

 アルティナがそう話を切り出すと、グレイシアは何故それを知っているのかと軽く驚きながら、小さく頷いて説明した。



「招待状は来ています。他の甥や姪の誕生日パーティーにも顔を出していないので、今回も知らぬふりを決め込もうかと思いましたが、珍しく今回は、懇意にしている遠縁の方をお呼びするみたいで。『久し振りに顔を出して挨拶位はしろ』と言われて、顔を出すつもりではいました」

 それを聞いたアルティナは、真顔で頷いた。


「なるほど。グレイシア様が、懇意にしている方を引っ張り込みましたか。因みにどなたです?」

「亡き母の従姉に当たる、ラングレー公爵夫人ミゼリア様です」

「あぁ……、あの方ですか。納得です。確かにすっぽかししたら、後で五月蠅そうですね……」

 社交界のご意見番と言えば聞こえは良いが、権威主義で保守的な考えを振りかざす言動は、特に若手から煙たがられている人物であった。過去にアルティンとして接していた時も、対応に色々苦労した記憶があるだけに、敵に回したら面倒だなとうんざりしていると、グレイシアが苦笑しながら彼女を庇う。


「色々と口やかましい方ではありますが、悪い方ではありませんのよ? 父が私を売り払う算段を立てていた時、私に同情して下さって、少しでもまともな所に嫁げるように、奔走して下さいました。結婚後も何くれとなくお世話してくれて、社交界で後ろ盾になって頂きましたし、傍目にはどうあれ、穏やかな結婚生活を過ごす事ができましたから」

 穏やかな表情で語ったグレイシアを見て、アルティナは(意外にいいとこあるじゃない。ガミガミババァってだけじゃ無かったのね)と密かにラングレー公爵夫人の印象を訂正してから、真顔で確認を入れた。


「それでは尚更出席して、顔を見せなければなりませんね」

「はい。上級女官就任の折りには、手紙で簡潔に報告致しましたが、色々とご心配頂いたみたいですから。それで、そのパーティーで何か拙い事でもあるのですか?」

 そこでグレイシアが不思議そうに尋ねてきた為、アルティナは核心に触れた。


「デニスからの報告では、ぺーリエ侯爵夫妻は、その場であなたとユリエラ嬢の養子縁組みと、彼女と似非画家の婚約を同時に発表するつもりです」

 それを聞いた途端、グレイシアが渋面になった。


「……了承など、した覚えはありませんが?」

「先に噂を流して、事実を後追いさせるつもりかと。しかもラングレー公爵夫人がいらっしゃるなら、グレイシア様がその場で盛大に否定もできないと踏んでの事でしょうが」

「なるほど……、そういう事でしたか」

 冷静に指摘されたグレイシアは、舌打ちしそうな表情になる。そんな彼女に向かって、アルティナが話を持ちかけた。


「それで、グレイシア様にご相談があります。養子縁組み話を粉砕しつつ、ペーリエ侯爵邸内の調査に、協力して頂けませんか?」

「私からすれば、願ってもないお話ですが、どういう事でしょうか?」

 さすがに怪訝な顔になったグレイシアに、アルティナは頭の中で纏めていた作戦を一通り説明する。それを最後まで聞き終えたグレイシアは、笑いを堪えながら確認を入れた。


「要するに、先制攻撃という事ですのね? それにパーティーが催される日ならば、堂々と屋敷に出入りするチャンスだと」

「はい。特に娘の養子縁組みと婚約を発表する腹積もりならば、余計に親戚筋や主だった面々をお呼びしなければならない筈。招待客の人数もそれなりでしょう」

「知らない人間がうろうろしていても、見咎められる可能性は低いでしょうね。分かりました。全面的に協力しますわ。取り急ぎ、ドレスを仕立てないと。それから法務局と、どうせだなら王太子ご夫妻にもお願いして、お名前を貸して頂きましょう!」

「……凄く楽しそうですね、グレイシア様」

 何やら妙に浮き足立って、今にも部屋を飛び出して行きそうな気配を醸し出している彼女に、アルティナが若干引き気味に尋ねると、グレイシアは満面の笑みで言葉を返した。


「だって、出し抜くつもりが出し抜かれたと分かった時の、あの兄夫婦の顔を想像したら、笑いしか込み上げてきませんわ。ああ、楽しみ。急いで色々準備をしないと」

「それではユーリアの支度諸々は、全面的にグレイシア様にお任せして宜しいでしょうか?」

「任せて下さい。懇意にしている仕立て屋に大至急出向いて貰って、今日にでも採寸しますわ。アルティナ様はクリフ様の方を宜しくお願いします」

「了解しました。ついでにクリフ殿に、諸手続を滞りなく進めるようにお願いしておきます」

「そうですわね。それでは近衛騎士団では、既に屋敷の見取り図などはお持ちかと思いますが、できるだけ細かく内容をお知らせ致しますから」

「助かります。後程届けさせますので、敷地内の使用人棟や馬屋などの位置も書き込んで頂けますか?」

「分かりました」

 それからは女二人の間でとんとん拍子に話が進み、グレイシアは上機嫌で仕事に戻っていった。対するアルティナも本来の仕事場に戻り、その日に組んで仕事をする同僚に、抜けていた事を詫びてから、護衛任務を再開する。


(グレイシア様には、本当にまいったけど……。これで俄然、面白くなって来たわね)

 約一名、かなりの迷惑を被る事になる人物に心の中で詫びつつも、アルティナは何食わぬ顔で、これからの段取りを事細かく考え始めていた。

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