(11)盗作疑惑

「隊長、至急の呼び出しと言う事でしたが、一体何事ですか?」

「すみません、アルティナ。ちょっとそちらの椅子に座って貰えますか?」

「はい」

 後宮での警備中に呼び出しを受けたアルティナは、呼びに来た同僚と交代して白騎士隊隊長室に出向いたが、部屋に入るなり指示された内容に、思わず溜め息を吐きそうになった。


(このパターンって、やっぱりアルティンの呼び出しよね?)

 そう思いつつも素直に椅子に腰掛け、タイミングを図る。


「実は話と言うのは……」

「っ! きゃあぁぁっ!」

 ナスリーンがさり気なくガラス製の爪やすりを引き寄せ、それで耳障りな音を立てると同時に悲鳴を上げたアルティナは、見事に気を失った様子を装った。


「アルティナ、大丈夫ですか?」

「……ええ、ちゃんと入れ替わっています、ナスリーン隊長」

「それでは急いで、団長室に参りましょう。そちらで説明します」

「はい」

 何か話があるのかと思いきや、いきなり移動を促され、アルティナは(一体何事?)と怪訝に思いながらもナスリーンに付いて歩き出した。


「失礼します」

「ああ、入れ」

 隊長室に入ると、バイぜルの他にも長机を囲んでいる男達がおり、アルティナは密かに考え込んだ。


(団長が居るのは当然だとしても、アトラス隊長に王太子殿下に緑騎士隊のカーネルまで? どういう組み合わせかしら?)

 しかしその疑問を抱えながら椅子に座りかけたところで、アトラスが若干面白がる口調で声をかけてくる。


「やあ、アルティン。団長から話は聞いたが、久しぶりだな」

「ご無沙汰しております、アトラス殿」

(茶番だわ……。さっさと本題に入って欲しい)

 どう考えてもからかっているかつての師匠に、アルティナがうんざりしていると、バイぜルが顔付きを改めて話を切り出した。


「それではアルティン。本題に入るが、アトラス殿が持ち込んだ麻薬密輸疑惑だが、王都内で売買されている可能性が濃厚になった。それは知っているな?」

「はい、アルティナが聞きましたので、私も把握しております」

「その件に、ペーリエ侯爵とブレダ画廊が関わっているらしい」

「……是非、詳細をお伺いしたいのですが」

 唐突に出てきた名前に、アルティナが無意識に眉間にしわを寄せながら問い返すと、バイゼルが冷静に話を続けた。


「お前も知っている通り、ペーリエ侯爵はグレイシア殿の実兄だ。昨日の午後に訪問した画商のところで、先程の噂を耳にしたらしい。最近ペーリエ侯爵が、高級なキャステル製の額縁を作る額装師をお抱えにした、とな」

 その話に、アルティナは反射的に首を傾げた。


「額装師をお抱え、ですか?」

「ああ。その報告を昨日グレイシア殿から受けてすぐに、カーネルに該当する額装師の消息を確かめさせたら、ペーリエ侯爵からの仕事を受けたのは確かだが、そちらに出向く直前に行方不明になったと家族が訴えていたそうだ」

「穏やかではありませんね」

「しかもその額装師は、この前リディアが言っていた、義父が修行した工房の出身者だった事が判明しました」

 ここで自分の後任であるカーネルが険しい顔つきで報告してきた為、それを聞いた彼女の顔も、とある可能性を考えて厳しさを増した。


「……まさか監禁? 例の特殊な額縁を、極秘に作らせていると?」

「まだ確証は持てませんが、部下に探らせている最中です」

 そこで再びバイゼルが、説明を続けた。


「それから、例の密輸に使われた額縁。あの場合、輸入の名目になっていたのは絵だが、それの購入依頼先を辿っていくとブレダ画廊に繋がっているのが分かってな」

「分解して額縁を送って、麻薬を詰め込んで組み立てたそれに絵を入れて、美術品として回収していると? その黒幕が、ペーリエ侯爵とブレダ画廊と言うわけですか?」

「勿論、それだけで済む話では無いがな。麻薬を売りさばくには、それなりのネットワークが必要だ」

 そして難しい顔で二人が意見を交わしていると、王太子であるジェラルドが会話に加わる。


「しかしこの国に入り込むルートの一つが、そこである事は間違い無い。しかも緑騎士隊の調べでは、現時点でも複数人の額装師が消息不明になっている。アルティン、協力して欲しい」

「勿論です、殿下。できうる限り協力させて頂きます」

「それでは早速、今後の方針だが……。カーネル、説明してくれ」

「分かりました」

 バイゼルに促されてカーネルが調査方法や騎士の配置案などを説明したが、アルティナから見ても特に不備は見当たらず、特に指摘もせずに頷いた。


「ええ、それで宜しいかと。カーネルに探索の指示を任せておけば、間違いは無いでしょう。正直、どうしてわざわざ私が呼び出されたのか、理解に苦しみますが」

 しかしアルティナが困惑顔でお伺いを立てた途端、バイゼルが微妙に視線を逸らしながら口ごもった。


「ああ、うん……。お前の言う通りだが、ちょっと対応に困る事態が発生していてな……。寧ろそちらで、お前の知恵を借りたいと思ったんだ」

「どういう事ですか?」

 本気で首を傾げたアルティナだったが、ここで今まで黙っていたナスリーンが、説明を始めた。


「昨日の夕方から、リディアが体調不良で、部屋から出て来ないのをあなたも知っているでしょう?」

「はい、アルティナが心配していましたから。酷い病気では無いと良いのですが……」

「実はリディアは、昨日出向いたキーリング商会の画廊で、亡くなった義理の父親が、昔自分に描いてくれた絵に遭遇したのです」

 そんな予想外の話を聞かされたアルティナは、目を丸くして問い返した。


「はい? リディアの義理の父親は、額装師ではなかったのですか?」

「趣味で絵を描いていたそうです。若い頃、贔屓にしてくれた貴族が『この絵のイメージに合う額縁を作ってくれ』と良く屋敷内に招き入れて、絵を見せてくれたそうで。そしてリディアの義父が独学で絵を描き始めたと知ったら、その方は描く方もお好きだったらしく、色々教えて下さったらしいわ」

「そうでしたか……」

「だけど無名の庶民が描いて画商に持ち込んでも、まともに相手にしてくれる筈もないと、本当にささやかな楽しみとして描いていたそうね。だけどお義父様が亡くなった直後、借金のかたに描いていた絵を洗いざらい持って行かれたそうなの」

「どうして無名の人間が描いた絵を、持ち去るんですか!?」

 驚いて問い質したアルティナに、ナスリーンは渋面になりながら説明を続けた。


「リディアの話では、亡くなる二年程前から、お義父様に高価な絵の具や筆を融通して下さる方がいたらしいの。お義父様の話では『無名の庶民が描いた物にまともに値段は付けられないが、個人的には気に入ったので家に飾りたい』と言った方に、描いた絵を何枚か渡していたとか」

 それを聞いた途端、アルティナも盛大に顔を顰める。


「……なんですか。その胡散臭い話は?」

「リディアも今になってみるとおかしいと思っているみたいですが、当時は子供でしたし。そしてお義父様が急な病で亡くなった直後、『これまで渡した画材の代金が未払いだから、代わりにこの金にならん絵で我慢してやる。ありがたく思え』と言い放って、洗いざらい持ち去ったそうです」

 そこまで聞いて、アルティナは驚いた顔になって確認を入れた。


「まさかそれが、キーリング商会の画廊に飾られていたと?」

「マークス・ダリッシュ作でな」

「誰ですか?」

 バイゼルが口にした名前に聞き覚えが無かった為、アルティナは素で問い返したが、その反応に王太子以下、その場にいたほとんどが呆気に取られた表情になった。


「お前……、本当に美術関係には疎いらしいな。貴族社会ではそれなりに有名なのに……」

 アトラスが残念な物を見る目つきで感想を述べると、バイゼルが小さく咳払いしてから説明を続ける。


「マークス・ダリッシュはダリッシュ伯爵の三男で、職業画家として活動している。篤志芸術展に作品を出品して才能を認められて、当時は凄い話題になったな」

「活動し始めて二・三年目までは、なかなか良い作品を出していたのですが、最近はスランプと言うか作品が精細を欠いていて、美術愛好家の間では残念がられていますが」

 バイぜルの説明にナスリーンが付け加えると、ジェラルドも会話に加わる。


「しかもマークス・ダリッシュは、通常ブレダ画廊としか作品を取り引きしないので、余計に作品が出回らなくなっているらしい」

「因みにリディアの暮らしていた町に、ブレダ画廊の主催者の弟が、同様に画廊を構えているのが判明しています」

 カーネルが話を締めくくると、アルティナはその顔に怒りを露わにしながら、とある推論を述べた。


「それでは……。ブレダ画廊主催者の弟が、二束三文で良質の作品をリディアの義父に描かせ、亡くなった後は難癖をつけて全作品を巻き上げた上で、そのマークス・ダリッシュとやらに売りつけて、そいつはそれを自分の作品と偽って発表したと?」

「推測に過ぎないし、証拠も一切無いが、おそらくそういう事だろう」

 バイゼルが忌々しげに肯定した為、アルティナは小さく舌打ちした。そんな彼女の心情は十分理解しているナスリーンが、静かに話を続ける。


「リディアは失われたと思っていた亡父の絵に遭遇して驚いただけではなく、それがれっきとした画家の作品という事になっている事実にショックを受けて号泣して、グレイシア様に洗いざらい打ち明けたそうです。それで彼女がその場で店に引き返して、問題の絵を買い上げた上で、実家絡みの疑惑と共に、その話もこちらに伝えてきました」

「その絵がこれだ。そしてリディアの話では、彼女の義父は『画家でもないのに見えるところに堂々とサインを入れるのは恥ずかしい』と言って、キャンバスの裏に小さく名前を書き入れていたらしい」

「そういう事でしたか……」

 バイゼルが背後の机に置いてあった絵を取り上げ、アルティナの前に裏返して差し出すと、確かにそこに小さく「レイス」と書き込んであるのを見て、彼女は渋面になりながら頷いた。そこでバイゼルが、神妙な顔付きで彼女に懇願してくる。


「リディアに画廊巡りを頼んだ時点では、まさかこんな事が明らかになるとは予想だにしていなかったからな。しかしマークス・ダリッシュの作品が盗作だと明らかにもできんし、リディアに悪い事をしてしまって、寝覚めが悪い。何とかリディアに満足して貰えるように、策を講じてくれないだろうか?」

 それを聞いたアルティナは、笑い出したい気持ちを必死に押さえた。


(団長……。相変わらず、厳めしい顔付きの割りに面倒見が良いと言うか、神経が細かいと言うか……。でもそういう気遣いができるからこそ、部下から信頼されて尊敬されているのよね)

 心の中で改めて騎士団の頂点に立つ彼に対する忠誠を誓いながら、アルティナは徐に口を開いた。


「先程団長が仰った通り、盗作の事実を明らかにしても証拠がありませんし、サインに関しても後から書き込んだのだろうと一蹴されて、水掛け論にすらならないでしょう。ですがやりようによってはリディアを満足させ、かつマークス・ダリッシュとかいう痴れ者に、一矢報いる事はできると思います。この件に関しては、私に一任させて頂けませんか?」

 その皮肉っぽい笑みを浮かべながらの申し出に、バイゼルは即座に笑顔で頷く。


「任せた。お前の好きにしろ」

「ありがとうございます。つきましては王太子殿下にも、ご助力願いたく。殿下の執務室で、ランディス殿下と引き合わせて頂きたいのですが」

 その要請を聞いたジェラルドは、怪訝な顔で問い返した。


「それは構わないが……、ランディスと顔を合わせるのは“アルティン”と“アルティナ”のどちらかな?」

「そうですね……。やはり“アルティン”の方でしょうか?」

 それを耳にするなり、ジェラルドは時間を無駄にせずに立ち上がった。


「それではこれからランディスに使いを出して、私の執務室で紹介しよう。バイゼル、もう粗方話は済んだし、アルティンを連れて行って構わないな?」

「はい、構いません。……それではアルティン。宜しく頼む」

「お任せ下さい」

 同様に立ち上がったアルティナも騎士団の面々に一礼してから、ジェラルドの後に付いて部屋を出た。そして無言で廊下を歩き出しながら、素早くこれからの算段を立て始めた。

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