第9話「デート④」

「お姉ちゃん。これ、何?」


 エリシアの問いかけにサラは思案する。

 エリシアの指差す地面……正確には地面に埋もれていた扉らしきもの。

 昼食を食べ終えた二人は食後の運動も兼ねていちゃいちゃと公園を散歩する事にしたのだが、その時にある石像の前を偶然通りかかった。

 公園の外れにあるよくわからないポーズをしている石像。その裏の雑草が生い茂ていた場所からキラリの何か光るモノが見えたとエリシアは言った。

 エリシアが言った馬車を適当に掘り返すと、錆びついたこの扉が現れたのだ。


「……扉じゃない?」

「そのくらい私でもわかってるよー。……ねえ、開けていい?」


 興味津々にエリシアは扉を注視する。


「流石に勝手に開けるのはダメじゃないかしら。それにほら」


 サラは扉の中頃を指差す。

 ぽっかりと空いた小さな穴。


「……鍵穴があるね。お姉ちゃん鍵持ってる?」

「持ってるわけないでしょ」

「そっかー」


 エリシアは扉に手をかけ引っ張る。

 ギシギシと錆ついた扉が嫌な音を鳴らす。


「これもしかしたら開けれるかも」

「えっ、どうやって? というか出来たとしても開けちゃ――」

「――こうやって」


 エリシアが魔法を詠唱する。

 生活魔法『念動』。

 重たいものや数の多い物を運ぶ時に使う魔法。手に触れる事なく大きな力で物を浮かすことが出来るなど、その汎用性は数ある生活魔法でも指折りである。


「〝物理の理よ 万物を動かす力となれ 生活魔法『念動』〟」


 鈍い音と共に扉が弾け空高く吹き飛んだ。

 くるくると空で回転しそのままカランカランと閑散した公園に音を響かせ遥か後方へ落下した。


「…………」

「…………壊れちゃった」


 テヘッ! とエリシアは笑みをこぼす。

 とりあえずサラはエリシアの頭を小突き


「やりすぎ」


 とため息を漏らした。



   ■■■



 扉の中は階段があり、そこを降りると真っ暗な道が続いていた。

 壁一面はレンガで作られている。

 しかし灯りらしきものはない。


「地下通路でしょうか」

「探検、たーんけーん!」

「ちょっとエリシア。無闇に進まないで」


 まるで怖いもの知らずのようにズカズカとエリシアは突き進んでいく。

 扉からの日が届かない所まで進むと3寸先すら見えない本物の暗闇が広がっている。


「灯りもないし引き返しましょう」


 サラのその誘いにエリシアは「大丈夫」と答えて


「〝紅蓮の烏 真理なる綻びとなりて 微かなる火種から 燃え上がれ 攻撃魔法『炎弾』〟」


 『炎弾』を発射せず手のひらで維持する。

 炎の灯りに照らされて地下通路が暖かな光に包まれる。


「行こ、お姉ちゃん」

「本当に魔法って便利ね」


  灯りを照らしているエリシアを先頭に地下通路を進んでいく。通路は一人が進むのがやっとの大きさで並んで進むことはできない。

 炎によりチラチラと灯りがちらつき影を揺らす。

 コツコツと二人分の靴音が通路内で反響し、奇妙な雰囲気を作り出している。


「なんか埃っぽいね。それに……ヒンヤリする」

「長らく使われてないみたいですし埃が溜まっているのでしょう。それと外界から遮断された地下空間ですから寒気を感じるのも自然なことですよ」

「……なんかヒンヤリするね」

「…………ああ」


 繰り返し言われてサラは察する。

 これはあれだ。

 いつもの手を繋いでアピール。

 ついさっき膝枕からキスまでしてきたのに、手を繋ぐ事は遠回しに言ってくるのは何故かしら。

 前を歩くエリシアの手をサラは握る。

 エリシアは振り返りはしなかったが、その顔に笑みをこぼすのが見えた。

 正解だったみたいだ。エリシアは基本的には思ったことをしっかり口にするけど、たまにこんな風に直接口にせず遠回しに要求してくる。最近はすぐ察することが出来るようになったけど、昔はエリシアの期待通りに出来ずスネられることがよくあった。

 ……しかしそう考えるとこの子、ちょっとめんどくさいわね。


 まあ、そこが可愛くあるけど。


「エリシアの手、あったかいね」

「そおー? 普通だと思うけどー」


 エリシアの手はぬくぬくだ。

 子供だからなのかエリシアだからなのかわからないけど、自分よりずっと暖かいとサラは感じた。

 それにみずみずしくぷにぷにしている。お餅みたい。いつも手を繋いでいるから知ってたけど改めて実感した。


「お姉ちゃんなんか触り方がねちっこい」

「あっ、ごめん」

「……別にお姉ちゃんならいいけどね」


 エリシアはジトッとサラを見てすぐ前へ向き直す。

 うぅ、失敗失敗。確かに今のは気持ち悪かったかもしれない。思いっきりぷにぷにしましたし。

 んー、しかし思ったよりこの地下通路長い。ずっと同じようなレンガ造りの通路を歩いているだけなので本当に前に進んでいるのか疑問になってくる。

 あまり長くなるとエリシアもスタミナ切れで魔法が途切れ灯りが消えてしまう。流石に真っ暗な中こんな通路は歩きたくない。


「エリシア、大丈夫? 魔法を使いすぎて疲れてない?」

「んー、まだ行けるー」

「帰りの分もありますから疲れたら早めに言ってね」

「分かってるー」


 軽快そうな足取りは疲れを感じさせない。

 そうとは言ってもエリシアの場合エネルギーがゼロになるまで元気一杯飛び跳ね、エネルギーがゼロになった瞬間電池が切れたおもちゃのように動かなくなるステレオタイプな子供だ。

 疲れを自覚しないから、私がしっかり気づいてあげないと。


 三十分程そのまま歩く。

 変わらない通路の景色にサラは不安を覚え始めていた。そして感覚的には2キロほど歩いたところで


「お姉ちゃん、何か聞こえる」


 エリシアの呟きに、サラは耳を澄ませるが特に変わった音は聞こえない。

 しかしもう少し奥まで進むと


「ほら、階段!」


 エリシアが指差す先、通路の行き止まりに階段があった。ここまで近づくとサラにも風の音が聞こえてきた。

 階段の上にはこの地下通路の入り口にあったのと同じように扉がある。少し押してみるがビクともしない。


「…………エリシア」

「何、お姉ちゃん」

「今度はゆーっくりと優しく開けてね」

「頑張る!」


 狭い通路で先ほどのように扉を吹き飛ばせば、こちら側にまで被害が出る可能性がある。

 姉の要求通り今度は少しずつ力をかけるイメージで魔法を使う。


「〝物理の理よ 万物を動かす力となれ 生活魔法『念動』〟」


 ピシッ。

 隙間からサビがポロポロと落ちてくる。入り口の扉と同じでこちらも長らく放置されていたのだろう。

 やがて、少し大きな音を立てて扉が外れ、強い日差しが差し込んだ。


「うぅ、眩しい」

「エリシアはここにいて。私が先に行くから」


 危険はないと思うが一応サラが先に外に出る。階段を登り顔を外に出すと


「……これ……は……⁉︎」


 広がっていたのは一面の花景色。

 真っ白な花弁を持つこの国の固有種『シャルディアフィオーレ」が咲き乱れていた。

 サラに続いて階段を登ってきたエリシアも、幻想的な花景色を見て、目を大きく開けて驚いていた。


「なにこれー、すっごく綺麗」


 エリシアの呟きにサラは無言で頷く。

 確かに綺麗だが……ここは何処でしょうか?

 そんな疑問を持ったサラはふと、振り返る。

 花景色の奥にそれはそびえ立っていた。


「『シャルディア壁』……しかもこれは……」


 貴族街と平民街を分け隔てる『シャルディアの壁』。リーリエ邸に居てもその高い壁を覗き見ることは出来る。しかし、今サラの眼に映るそれはいつもの『シャルディアの壁』ではなかった。


「ここ……外側⁉︎」


 いつもは自分を囲むようにそびえている『シャルディアの壁』。しかし今見えるそれは、サラ達をまるで寄せ付けないように立ち塞がっていた。

 つまりここは貴族街ではなく平民街。

 今通ってきた通路は貴族街と平民街を繋ぐ隠し通路だったのだ。

 今自分がいる場所が平民街だと気付いたサラはとある方向に目を向ける。

 8年前、自分が住んでいた街のある方角。

 自分の故郷。自分の両親が住んでいる、その方角を。


「…………」


 会いたい。

 会える。

 8年ぶりに両親と会うことが出来るチャンスが意図せずに生まれた。

 今なら何にも邪魔されずに父親に、母親に、親友に会いに行ける。

 誘われるようにサラは足を一歩踏み――――


「お姉ちゃん、見て見てー」


 エリシアの声でサラの足は止まった。

 振り返ると、エリシアは花を髪飾りのように頭につけてサラに微笑みかけている。

 

 ――私は何をしているのだろうか。


 エリシアより故郷を優先しようとしてしまった。

 少しでも誘惑に負けてしまった自分を責める。


 ――ごめんね。


 心の中で謝罪し、エリシアを引き寄せ抱きしめる。

 エリシアの小さな頭がサラの胸に強く押し当てられる。


「? どうしたの、お姉ちゃん?」

「……んん。なんでもない。花飾り、似合ってるよ」

「えへへ〜」


 あと二年。

 姉として、従者としてエリシアのそばにいることが出来る。それまではエリシアより優先することなんてない。改めてサラはそう心に誓う。


「エリシア、ここ何処か分かる?」

「んー、壁の外……だよね」

「そう。今日ここに来たこと、そしてその地下通路のことは私たちだけの秘密」

「パパやママにも?」

「ご主人様には私から伝えておきます。とりあえずエリシアは誰にも喋ってはダメ」

「わかったー」


 この地下通路の存在は放置できるものではない。

 貴族街と平民街を繋ぐ通行門しか行き来する手段がないシャルディアの壁。もしこの地下通路の存在が露見すれば違法に壁の内側に侵入も、そしてその逆もできる。……と言っても壁の内側から外側に出ることは通行門でもそんなに難しいことではないため、危惧すべきは前者だ。

 サラではこの地下通路をどう扱うか判断できないのでエリシアの父親に報告はすべきだろうと判断した。


「ギャアアア、お姉ちゃん虫! 虫がいるよ。バッタ!」


 すぐ近くで貴族のお嬢様とは思えない叫び声を漏らすエリシアをサラは本物の姉のような笑顔で見守る。


「いや、お姉ちゃん! 温かい目で見守るんじゃなくて助けてよー‼︎」



   ■■■



 二人は元来た地下通路を戻り、公園にたどり着く頃には、日は傾きオレンジ色の夕日が辺りを染め始めていた。


「お姉ちゃんとのデートも終わりかぁ」


 寂しそうにエリシアは左手を夕日にかざして眩しそうにそう零す。その左手には今日買ったばかりのお揃いの指輪がはめられていた。

 それにつられてサラも自分を指にはめられた指輪を見る。赤い宝石が夕日に照らされ、キラキラと輝いている。


「お姉ちゃん……また一緒にデートしよ! 今度は絶対にお姉ちゃんに嫌な思いさせないから」


 嫌な思い。商業通りの件を指してることは明らかだ。確かにアレはサラに身体的にも精神的にも危険な目にあった。だが……


「ふふ、私は……貴方が、エリシアが一緒なら何処にでもついて行くし、いくらでもデートしたいですよ」


 今回の件でサラは理解した。

 これまでサラは自分が青髪白色人ブルディアンであるからと外に出ることを遠ざけて来た。

 でも遠ざけて、逃げてばかりでは何も変わらない。

 今日のように髪を隠し、肌を隠していては何も変わらない。


「また、一緒にデートしましょうね」

「‼︎ うん!」


 金髪褐色人ゴルディアンによる差別はそう簡単に無くなることはない。

 でも私が行動することで何か変わることがあるかもしれない。

 少し前向きに努力をしていこうと思う。


 エリシアとデートを気軽にできるようになる、そんな日を目指して。

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