第7話「デート②」

7話「デート②」


 クロディウス・ハルデンベルグ。

 サラはその名前に聞き覚えがあった。

 三大公爵家の一角『ハルデンベルグ家』の代表であるマルクス・ハルデンベルグの長男。次期当主と呼び声高い貴族の名前だ。


 犯人の男はその名前の示す意味が理解できたのか口を開けて震えている。この国で三大公爵家に口答えすることがどういうことか理解できてないわけではなかった。

 衛兵達が遅れてやってきて男を捕まえた。そのまま連れて行かれる男を尻目にしてクロディウスは地面に伏せていたサラの方へ近づいてきた。


「勇敢なお嬢さん大丈夫かな」


 そう言ってサラへ褐色の手を差し伸ばした。

 盗賊の男に向けていた冷たい目ではなく、紳士的な優しい目。異性ならば見つめられただけで惚れてしまいそうになってしまう。エリシアといい、三大公爵家は揃いも揃って美男美女ですか、とサラは心の中でボヤく。

 サラはクロディウスの手を取ろうと手を伸ばす。


 油断していたわけではない。

 クロディウスの端整な顔に呆けていたわけでもない。

 ただ、反射的にサラは左手を差し伸ばしてしまった。


 指輪をするためにグローブを外し、真っ白な肌が露出している左手を。


「――――」


 しまったと思った時には既に遅かった。クロディウスのスカイブルーの眼はしっかりとサラの陽に当てられて真っ白に輝く左手を見つめていた。

 その視線はゆっくりと上がりサラの顔――正確にはフードに移った。


「そのフード、取ってもらおうか」


 苦虫を潰したようにサラは顔を歪める。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 サラの脳内に警報が鳴り響く。逃げ出す? いや無理だ。魔法が使えないサラが魔法のスペシャリストの三大公爵家相手に逃げ出せるわけがない。

 ならば――。


「断らせていただきます。私の顔は衆人に見せれるものでは」


 こんな応えで目の前の男が見逃すわけがない。サラの目的は時間を稼ぐこと。執事のクリストフはサンドイッチを買いに行ったエリシアの方を監視している。エリシアが帰って来るまで時間さえ稼げれば……。

 しかしサラの思惑通りにはならなかった。


 サラの視界が歪んだ。


 破裂音がしたと感じた瞬間サラの体が仰け反る。痛みはない。ただ衝撃が走った。

 反射的に閉じてしまった目を開けると――


「やはり青猿か。何故ここにいるかは聞く必要もない。貴族街に侵入した時点で青猿は死刑と決まっている」


 ――サラの顔を隠していたフードはポンチョごとクロディウスの魔法によって散り散りにされていた。

 サラの青髪白色人ブルディアン特有の容姿が天の下に晒された。

 ザワザワとこちらの様子を見ていた衆人がサラの正体に気づき口々に声をだす。


 ――何故青髪白色人ブルディアンが貴族街に?

 ――青猿ではないですか。気持ち悪い青髪ですこと。

 ――うわっ、私青髪白色人ブルディアン見たの初めてですわ。


 その言葉のどれを取っても好意的な言葉はない。まるで珍獣を見るかのような視線。汚物を見たように視線をそらすもの。

 貴族街で、生まれた者の中には生涯一度も青髪白色人ブルディアン見ずに育ってきた人もいる。ただ親から、周囲から、先生から下等種として青髪白色人ブルディアンという存在を教えられる。

 好奇な視線。

 悪意の視線。

 侮蔑の視線。

 様々な害ある視線がサラ一人に集まる。

 嘔吐感がサラを襲う。身体が震えて呼吸すら乱れ始める。

 これが現実。『リーリエ家』という揺り籠から一歩でも外に出れば青髪白色人ブルディアンであるサラは、この貴族街では殺されても文句すら言えない存在なのだ。


「すまないな、青猿のお嬢さん。これはルールなんだ。苦しまないよう一瞬で殺してやる」


 攻撃魔法を詠唱し、冷めた目で震えている自分を見る褐色の青年がいた。

 想像するにこの青年は本来はとても優しいのかもしれない。周りがぶつけて来る悪意ある視線とは違う。この青年からは少し悲しさを含む視線をサラは感じた。

 しかし同時にこの青年は正義感がとても強く規則やルールに厳しいのだろう。盗みを犯した金髪褐色人ゴルディアンであろうと、目の前の青髪白色人ブルディアンだろうとそれは変わることはない。

 

「〝紅蓮の烏 真理なる綻びとなりて……」


 攻撃魔法『炎弾』。

 盗賊の男に向けて放った魔法と同じ魔法だが、サラは青髪白色人ブルディアンであるため魔法障壁など貼れない。直撃すれば即死だ。


(……エリシア)


 赤い炎の死の恐怖の前でサラの脳裏に思い浮かぶのは愛しい妹。

 無邪気な笑顔。

 恥ずかしげに頬を赤らめる顔。

 サラに駄々をこねる子供っぽい顔。

 サラに主人風に命令する背伸びした顔。


 姉を失って泣きじゃくる顔


 最後に思い浮かんだものは妄想。だがこのままでは起こりうる未来。妹を悲しませたくない。違う。妹と離れたくない。私は死にたくない。

 サラは震える身体に鞭を打ち、しっかりと眼を開ける。

 まだ諦めない。考えろ。どうすればいい。

 サラは必死に思考を加速させる。今の自分にできることを……


「……微かなる火種から 燃え上がれ 攻撃魔法『炎弾』〟」


 クロディウスは魔法を詠唱し終え、その手から魔法を放つ――――


「…………」


 しかし魔法はその手から放たれることはなく、炎の弾丸は未だ手のひらの前で赤く渦巻いていた。

 クロディウスの視線の先、サラの手に握り構えられるもの。

 漆黒の金属によって作られたそれは……


(なんだ……アレは)


 クロディウスは知らなかった。未知の魔道具らしきその道具の名前を。

 クロディウスは本能的にソレが危険なものだと感じた。そしてその未知という脅威がクロディウスの魔法を止めた。


 サラの手に握られたもの。

 それはエリシアの父から預かった『銃』だった。

 指はしっかりと引き金に添えられている。


(止まった……)


 サラにこの引き金を引く勇気はない。

 もし引き金を引き目の前の青年を害してしまえばリーリエ家でもサラを守ることはできなくなる。サラが出来るのはただの威嚇。

 青年が『銃』を知っているならば――その威力を知っているならば、十分威嚇になる。もし、知らなくても警戒してその手を止めるかもしれない。

 正直賭けだった。だが魔法は止まった。


 時間にして数秒。

 クロディウスは逡巡する。

 ――が、その道具に脅威は無いと判断する。あったとしてもそんな小さなものが自身の魔法障壁を貫くほどの道具とは到底思えなかった。


 クロディウスは魔法を解き放つ。

 轟音と共に放たれた炎弾はサラの全てを焼き尽くそうと襲い掛かった。

 結局サラの銃が作り出した時間は数秒に過ぎなかった。




「――ちゃん!」




 しかしその数秒はサラを救うことになる。




「〝天よりの風 敵害より この身を守れ 防衛魔法『防壁』」


 サラの目の前に魔力の壁ができる。

 防衛魔法『防壁』。自身の前に円形状の魔力の壁を作り出して、物理及び魔法攻撃を阻む基本的な防衛魔法の一つだ。

 サラを侵そうとした炎弾はその魔力の壁に阻まれ弾け散らばる。

 サラは……そしてクロディウスは目の前で起きた現象に驚嘆する。

 クロディウスは邪魔されるはずのない自身の魔法が阻まれ粉砕されたことに。

 サラは望み望んだ救世主の登場に。


「大丈夫⁉︎ お姉ちゃん!」


 救世主は――エリシアはサラとクロディウスの間に立ち、その低い身長には似合わない大きな声でサラに呼びかけた。心配そうな顔でサラの顔を覗き見る。

 全力で走ってきたのだろう。呼吸は荒く、頬を赤く染めている。

 姉に目立った怪我がないことを確かめたエリシアは肩より下まで伸ばした金髪を翻し、クロディウスへ向きなおる。


「お姉ちゃんに、手を出さないで!」


 クロディウスにそう叫び放つエリシアの小さな背を見るサラの目からは一筋の涙が流れだした。

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