第3話「朝食とお風呂と約束と」

 サラとエリシアが食堂に着くと既に席にはエリシアの母と兄が座っていた。

 サラは一瞥すると、エリシアを席に座らせ自分はその後ろに侍る。

 エリシアがまた不服そうな眼でサラを見る。実は先日まではエリシアと同じ食卓でサラは食事をしていた。一介のメイドでも貴族と同じ席に座るなんてまずできない。ましてや青髪白色人ブルディアン。貴族でない普通の金髪褐色人ゴルディアンの家庭でも無理だろう。

 リーリエ家の特別性に甘え、今まではエリシア一緒に食事をしていたサラも流石にエリシアが十歳となったことで身を引くことにしたのだ。


「サラさん、昨日も行ったけど食事くらい一緒にとってくれてもいいのよ」


 エリシア母のその言葉にエリシアは目を輝かせてサラの方を振り向く。頼むから決意が鈍る発言はしないでほしいとサラは思う。


「いえ、昨日も申した通り姫様としっかり主従関係を作りたいと思っているので遠慮させていただきます」

「そお? 残念ね。じゃあロイ、挨拶お願いできるかしら。パパは昨日から泊まり込みで会議なの」


 その後エリシアの兄の挨拶で朝食が始まった。エリシア母が積極的に話題を振るので静かな食事になることはないのはいつも通りだ。

 主従関係に徹してだんまりしようと思ったサラだが、ちょくちょくサラにもエリシア母は話題を振ってくるので結局サラがおしゃべりに参加することになる。


「サラさん、エリシアとベッドでは仲良く姉妹でいるんでしょー。だったら食事も一緒に取ろうよー」

「いえ、姉に戻るのは夜のあの時間だけと決めているので」

「そんなの窮屈でしょー。エリシアもそう思うよね?」

「思う!」


 エリシア母の緩さにサラは頭を痛める。

 エリシア兄は我関せず黙々と朝食を食べている。しかしこの兄が実はシスコンなことをサラは知っていた。エリシアの頼みをまず断れないこの兄はエリシアの意見には必ず同調する。

 エリシアの父親のいないこの状況ではサラは四面楚歌だった。いや、エリシアの父親も娘とサラに甘いので関係なかった。




   ■■■




 サラは朝食が済むと、メイドとしての仕事に取り掛かる。基本的にはエリシアお付きのメイドなのだが、エリシアが勉強したりしている時間はこの屋敷の掃除や洗濯などをする。

 サラの今日の仕事はお風呂掃除。

 この屋敷には従者用の風呂と貴族用の風呂がある。 今日サラが掃除するのは貴族用の方だ。


「ふぅ……。なんとか終わりました」


 何度掃除してもこのお風呂の広さは慣れない。でも先輩メイドにも手伝ってもらって、軽い談笑しながらの掃除なのでキツくはない。

 掃除が終わるとお風呂にお湯を張り始める。熱いお湯が勢いよく飛び出た。

 掃除の後片付けが終わる頃にはお風呂場は湯気に包まれて、ジメッとした暑さになる。

 サラは時間を確認すると、お昼までまだ少し時間があるようだった。想定より早く仕事が終わったようだ。

 とりあえずお風呂場から出て、先輩の指示を仰ごうと思っていると。


「サラ、お風呂入ろー」


 服を泥まみれにしたエリシアが入ってきた。

 一目見て高級だとわかる真っ白な服は、泥がそこら中に付着している。こんな姿をメイド長が見ると真っ青になって即倒しそうだ。


「ど、どうしたのですか姫様」

「勉強嫌になって逃げ出したら庭で転んじゃって……」


 エリシアの勉強嫌いはいつものことだ。

 頭は良く、すぐになんでもこなせるようになるのだが飽き性なのですぐに勉強を辞めたがる。毎日とは言わないが、三日に一度くらいは勉強部屋から逃げ出してアン先生との鬼ごっこが始まるのだ。


「サラ、とりあえずこの子をお風呂に入れてください。昼食もあるのでお昼までには上がらせてください」

「あっ、承知しましたアン先生」


 エリシアの後ろになメガネをかけた女性がいた。エリシア専属の家庭教師であるアン先生だ。

 サラも小さい頃はアン先生の授業を受けていた。その時の怖いイメージがまだ強く残っていて、アン先生と話すときは緊張してしまう。


「エリシア、今日の分は明日キッチリやりますから覚悟してくださいね」

「は〜い」


 アン先生はそれだけ言い残すとそそくさとお風呂場から立ち去っていった。

 相変わらず厳しい人だった。しかしそんなアン先生に「は〜い」という適当返事ができるエリシアも大物だなぁとサラは思った。


「サラ、早くー」

「今行きますよ」


 貴族であるエリシアは自分で衣服を脱ぐことはない。すべて従者に任せるのだ。

 ちょっと前まではお姉ちゃんであったサラが。そして今はメイドであるサラがエリシアの着替えを手伝っている。

 泥だらけになったエリシアの服を脱がす。

 泥は服の中まで入ってきてるようで、エリシアの褐色の肌も泥で所々汚れていた。

 スカート、下着と脱がして行き全裸になったエリシアは風呂場へ駆け出して行った。


「先に身体洗いますから浴槽には入らないでください」

「わかってるー」


 サラはそう忠告してから、次に自分の衣服を脱ぎ始めた。メイド服を脱ぐとサラの真っ白で透き通る肌が露わになる。ファイア・ウォールの中では見る機会がほとんどないであろう白色の肌。自分とエリシアの人種の違いを痛感させられる。

 濃い青髪の頭に乗せたヘッドドレスを取り、服とまとめてカゴに入れる。簡素な上下の下着も取り払うと、先に入ったエリシアを追いかけて風呂場に入る。


「お姉ちゃん早くぅ」

「姫様。サラとお呼びください。ここは寝室ではありませんよ」

「でも他の人いないし、二人きりだよ。……お願〜い」


 エリシアは首を軽く傾げてそうお願いした。

 その頼み方は卑怯だ。

 サラだって我慢して従者としての自分を演じているのに、そんな可愛くお願いされたら我慢できなくなってしまう。

 サラの心の中の自分が悶え苦しんで転がり回る。


「…………今日だけですよ、エリシア」

「やったー!」


 結局「今日だけ」という言い訳を使い、姉妹関係に戻ることにしたサラであった。

 エリシアはウキウキとした表情でサラに背を向ける。サラは手桶でお湯を掬い、エリシアの髪についた泥を洗い流す。

 ある程度泥を落とすと手櫛でエリシアの金髪を整える。それから整髪料でエリシアの髪を洗っていく。

 根元までマッサージして洗い終わると、お湯で泡を落とす。何度かお湯をかけて綺麗に落とし終えた後は専用の油を使い髪にツヤを出す。これを終える頃にはエリシアの金髪は、キラキラとしたとても美しいものになっていた。先ほどまでの泥が付いてた頃とは大違いだ。


「はい、髪洗い終わりましたよ。次は身体洗いますね」

「えへへ、お姉ちゃ〜ん」

「ん、髪に違和感ありましたか?」

「ううん、呼んだだけえー」

 

 サラの方に顔だけ振り向いてにぱっと笑うエリシアをサラはコツっと軽く頭を小突く。


「はいかわいい、かわいい」

「にゃははっ、あははっ」


 サラはエリシアの褐色の肌を石鹸で洗う。脇腹を指でそっと撫でると、くすぐったいのかエリシアが声を漏らした。


「おね、お姉ちゃぁん。やめ、やめてっ……!」

「エリシア、ここが気持ちいの? それともここかなあ」


 サラは自然と昔のお姉ちゃんとしてと口調に戻る。

 エリシアはサラの手から逃れようとするが、力任せにぐっと引き寄せて離さない。

 本気で嫌なら振りほどくことなど容易なはずだが、エリシアはそうすることはない。姉とのじゃれつきを楽しんでいた。

 エリシアの濡れた褐色の肌をサラの真っ白な手で隅々まで洗う。しなやかな四肢、細い指先、薄く膨らんだ胸、小さな背中……。

 まだまだ小さな身体だが、赤ん坊の頃からエリシアの世話をしてきたサラにとっては成長を十分に感じれるものだ。

 サラが言葉を漏らす。


「大きくなりましたね」

「お姉ちゃんの方がまだずっと高いよ〜」


 高い、とは身長のことだろう。

 サラとエリシアではまだ頭一つ分サラの方が背は高い。


「――ひゃっ⁉︎」


 うっかりとサラの手がエリシアの大事な部分に触れた。

 先ほどまでとは違う反応にサラの悪戯心が刺激される。

 サラはにんまりと笑った。


「えへへ、どーしたのかなぁエリシア。ここ弱いのかなぁ?」

「そ、そこはダ、メぇ……」

「ダメぇじゃわからないなぁ。ここは汚れやすいからちゃーんと洗わないとね」


 石鹸で泡だてたもので傷つけないように優しく指の腹を使って洗う。

 指を動かすたびに、エリシアの身体はピクピクと震えて反応する。

 サラは自分の手によってエリシアが敏感に反応するのが面白くて、楽しくて、自重という名の理性が瓦解しそうになる。

 お姉ちゃん……、と頬を真っ赤にしたエリシアが振り向きサラを見つめる。

 キラキラと濡れたスカイブルーの瞳の中に見える情欲の熱を見て、サラの体温はさらに上がる。

 エリシアに触れる指に力を込める。


「やっ……ら、んんっ……」

「エリシアが悪いのですよ。そんな眼で見つめられるとイジメたくなってしまうじゃないですか」

「お、お姉ちゃん……もう、だめっ! ああぁぁぁぁっ――――――――‼︎」


 強い刺激に耐えられなくなったエリシアは、ひときわ大きく身体を震わせビクッとはねる。

 エリシアは息絶え絶えとなり、頬を紅潮させ汗をその肌に滲ませている。


「……お姉ちゃんのバカァ」

「ごめんね、エリシアが可愛くてついやっちゃった」


 エリシアの肌についている泡をお湯で流し落とす。白い泡がエリシアの肌を伝い流し落とされ浴場の床に広がる。

 流し終えるとエリシアは急に立ち上がった。


「次はお姉ちゃんの番だからね! 私が洗ってあげる!」


 イジメられてばかりでは気に食わないと、エリシアは攻守交代を申し出た。




   ■■■




 サラとエリシアはとても広い浴槽の端で二人隣にならんで湯に浸かる。

 エリシアは少し長めの金髪をタオルでまとめて湯に浸らないようにしている。


「……」

「……」


 二人とも先ほどまでのいちゃいちゃで体力を使い果たしたのかグッタリしており一言も喋れてない。

 それでも肌を寄せ合い、肌が触れるたびに顔を見あって微笑み合う。

 ふと、サラはあることを思い出したのかエリシアにこう告げた。


「エリシア、アン先生の授業はしっかり受けてくださいね。勉強が全てとは言いませんが、勉強をすることで身につく考える力はきっと貴方のためになります」

「えぇー。めんどくさい」


 午前中からお風呂に入る原因となったのはエリシアがアン先生の授業を抜け出して庭を駆け回った事だ。

 このサボリ癖はエリシアの将来のためにも治して欲しかった。

 しかしエリシアはこう見えて頑固であり姉が説教しても言う事を聞くことはないだろう。

 だかサラはエリシアの事はよく知っていた。確かにエリシアは頑固で自分のやりたい事を貫く。しかし――


「そうですね。ならエリシアがアン先生の授業を一月の間一度も休まなければご褒美としてお姉ちゃんが何でも言う事聞いてあげます」

「……何でも?」

「はい。何でもです」


 ――報酬やご褒美があるなら別だ。

 サラの予想通りエリシアは顔をニヤつかせて、ご褒美を何にしようか思案し始めた。


「まぁ何でもとは言っても私にできることだ――――」

「デート‼︎」

「――――はい?」


 サラの声を遮りエリシアが叫んだ。

 予想外の答えに聞き間違えたのかとサラは思ったのだが。


「お姉ちゃんとデートしたい。一緒に買い物とかしたい」


 聞き間違いではなかった。

 しかしデートか、とサラは困った顔をした。

 別にエリシアとデートする事が嫌なわけではない。むしろ踊り回りたいくらい嬉しいのだが。


「エリシアは私が外出しない理由が分かりますか?」

「――ぶるでぃあん? だから?」

「そうです。主人さまも奥様方もそしてこの家の同僚たちも私には普通に接してくれてます。しかし家の外は違います。私たちが住んでいるここは金髪褐色人ゴルディアンの貴族たち……青髪白色人ブルディアンを虐げることを当たり前と思っている方たちが住んでいるこの国の中枢なのですよ。私はこの家から一歩出るだけで後ろ指を指され、石を投げられても何も不思議ではないのです」


 この屋敷にやってきてからサラが外出した事など片手で数えられるくらいだ。その時でさえ馬車の奥で人目に触れないようにジッと固まっていたのだ。

 エリシアと楽しくデートなどできるはずがなかった。


「お姉ちゃんは……怖いの?」

「……そう……ですね。怖いですよ。ファイアウォールの外の平民街にいる金髪褐色人ゴルディアンですら平気で青髪白色人ブルディアンに対して暴力を振るうのですよ。ここではどうなるかわかったものでは……」


 サラがうつむきそう答えた。

 金髪褐色人ゴルディアン優遇の法律の一つにこんなものがある。

 金髪褐色人ゴルディアン青髪白色人ブルディアンに対する犯罪の罪は同人種間のものより軽減される。またその逆においては加重されるものとする。

 軽減と書いてはいるが暴力程度では無罪、殺人でもかなり軽い刑となる事がほとんどである。

 平民街では青髪白色人ブルディアンに横暴を働く金髪褐色人ゴルディアンなど日常の見慣れた光景の一つなのだ。そのためほとんどの青髪白色人ブルディアン金髪褐色人ゴルディアンに対して忌避感と恐怖を抱いている。七歳近くまで平民街で暮らしていたサラの心にも恐怖心はしっかり根付いている。

 ポタッと髪から水滴が水面に落ちる音だけが浴場に響く。

 エリシアはサラの腕を取り身を寄せ、上目遣いで告げる。


「お姉ちゃんは私が守る。私が誰にもお姉ちゃんに危害を加えさせないから……だから行こうよ!」


 その言葉に、サラは息を呑む。

 妹に守ると言われる姉。情けないとは思わなくもないが、エリシアにはそれを言えるだけの根拠があった。


「私が魔法でお姉ちゃんを守るから……だから……お願い」


 魔力因子。

 金髪褐色人ゴルディアンが持っていて青髪白色人ブルディアンが持っていないもの。

 魔力因子を持っていれば先天的に魔法を使う事ができる。そしてこれは金髪褐色人ゴルディアンの選民思想を強くしてる要因でもあるのだ。魔法を使えない青髪褐色人ブルディアンを見下し、魔法という兵器で支配する。この国の差別を生み出している原因の一つだ。

 そして魔力因子の多さは魔法の素質に影響し金髪褐色人ゴルディアンの中でも差はある。それは血筋に影響され、特に魔力因子が多い血筋こそ、エリシアに流れるリーリエの血筋、いわゆる三代公爵家なのだ。


「でもあなた、この前魔法を習い始めたばかりじゃない」

「大丈夫、私は天才だから! 一月ひとつきできっとお姉ちゃんを守れるほど強くなって見せるよ」


 ニカっと笑ってエリシアは答える。

 そんな妹の笑顔を見て、サラは決意を決めた。姉のために――自分のためにここまで言ってくれる妹の頼みをサラは断れるわけなかった。


「分かりました。ですが条件は追加ですよ。一月の間アン先生の授業を休まない事。そして……私を守れるほどの魔法身に付ける事。それができたら……デートしましょうか」

「うん‼︎」


 小指を絡め約束の契りを交わす。

 何度か腕を上下させるとエリシアの小さい褐色の指が、サラの細く白い指から名残惜しそうに離れる。

 その光景を眺めていたサラの瞳にエリシアのピンク色の薄い唇が映る。無意識にサラはキスをしようと唇を近づける。そしてエリシアもそれに気づき眼を閉じる。


「エリシア様、サラさんいつまで入ってるの〜。もうお昼よ」


 二人はビクッと体を震わせる。

 あまりに長く入浴している二人を見かねて、サラのメイド仲間が呼びに来たようだ。

 ドア越しなので今のシーンは見られてない事は二人にとって幸いであった。

 さすがの二人も他人にイチャイチャしている姿を見られるのは恥ずかしい。


「上がろっか」


 サラはエリシアにそう言って、静かな水音を鳴らしてゆっくり立ち上がった。

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