第28話 お仕事日誌・白組1

 次は白組。白組というのは建築班というだけあって都市区画の建設が主な仕事なのだが、その仕事内容も当然、僕らの世界の工事現場とはまるで違う使い魔運搬方式だ。絵描きとして建物にも詳しかったフーフーからしてみれば興味の尽きない分野であるらしい。

 開けた土地を前に、やぐらのように3mほどの高さに組み上げられた指示用の舞台の上で仕事を見学する。現場全体には、デカダンス組の面々以外にも優に100人近くの人間がいるだろうか。



~模型師チビニャン「壱」~

使い魔「猫科の数式ダンディライオン

 ……頭部が素数ダイヤルの花弁となったタキシードの獣人


「どうせアーティストんにゃったら美少女アイドルに変わるんだ、猫耳の似合う喋り方にして損はにゃいと思ったんだが……まあ、まだ諦みゃせんわ」

 チビニャンは右手でエルヴィスのようなリーゼントをプレスリーのようにかしながら、使い魔に繋げられたモニターを左手で操作する。

「俺は元は数学屋でにゃ、ゲームやらに使うデジタル模型の職人だったんだが、監督に引き抜かれて今じゃ実地建設の手順構築をしとる……んじゃ行くぞ。チームA、使い魔召喚!」



~A班長ダムダム「弐」~

使い魔「気まぐれ玉座カプセル・チャンプ

 ……王冠を被った駄菓子のカプセルガチャ


「召喚!」

 スイカ体型の男ダムダムの復唱がチビニャンのトランシーバー越しに響く。少し離れたところの足場の上にいる彼らのグループが一斉に使い魔を召喚したのが見えた。

「とにもかくにも建築に必要なのは使い魔の容量なのさ」ダムダムが多分フーフーに説明する。「だから日雇いの人らを大量に使って使い魔を借りる。んで、それぞれの班長が一括で資材を順序通り組み上げるんだ。チームAの担当は“枠”だ。行くぞー」

 ドンッと地が震える音。波紋のように独特のエフェクトと共に召喚された電信柱のような鉄骨の群れが、幾つも地面に突き刺さった。



~B班長パプリコーン「参」~

使い魔「寒い蜥蜴ブリザード

 ……薄笑いの青白いトカゲゾンビ


 まるでマッチ棒で作る工作のようだった。

 地面に突き立てられた鉄骨の森に次々と梁が架けられていくのを見つめながら、チビニャンがまた叫ぶ。

「チームB!」

「了解! ”面”班起動!」

 僕らの眼下にいる大きな帽子をかぶった青年とそのグループの使い魔が一斉に腕を差し出した。

 鉄骨の間にパラパラと雪のようなちらつき。しばらくして、それがレゴブロックのようなある種の石材であると気がつく。どれも九龍風味に澱んだ調子ではあるものの、ブロックの一つ一つが微妙に色分けされているようだ。

「A、B、B、A、B、A、B、B、A、B!」

 チビニャンの号令に合わせて、鉄筋とレゴブロックが滑らかに重なり合う。際立っていたのは、その静かさだろう。初動の地面に突き刺さった一群以降、まるでSFのヴァーチャルリアリティのような呆気のなさと壮大さで、街が形成されていく……。

「B、B、A……C!」



~C班長チャップス「肆」~

使い魔「イワオ」

 ……ヒゲの塊のようなドワーフ


「いよいよだぁ!」訛りのある声を上げて、僕らの後ろにいたグループのリーダー、色黒で人の良さそうなおじさんが使い魔を出した。

 瞬間、カラフルな瓦斯の霧が街に向かって吹き付けられた。

 しばし、何も見えなくなる。

 最初に見えたのは、赤いネオンで描かれた「春中心センター(僕の字だ)」の巨大な文字。

 割れた窓、汚い標識、淀んだ色のひさし、意味のわからない狸の置物……。

 ものの一分もしないうちに、フーフーが描いた九龍城塞という街の景観が楽園に再現されていた。



~看板職人ピ「即」~

使い魔「眼ぷくバルーンアイズ

 ……目玉を風船にして浮かべられる紫の縞猫


「すげーでしょ」白組の一員であり合宿場の同居人の一人ピが、感動する僕らの隣にすっと並んだ。「フー・フーもここまで大規模なのは初めてちゃう?」

「こりゃすごい……」フーフーは僕の顔を見上げ、呆れてるようにも見える表情で笑ってみせた。「一週間で都市一つ作れちゃうわけだね」

 色んな感情の映った瞳に、しばらく見惚れる。この景色は元は彼女が描いた作品だ。それがこんなふうに完璧な形になっているんだから、きっと感動もひとしおだろう。僕なんて自分の書いた書体が看板に書かれてるだけで嬉しいのに。

「あれが、ピの看板?」視線を回したフーフーが指差したのは、通りの真ん中の大きな春中心のネオンサイン。その”看板”に枠はなく、安っぽい春色に彩られた文字の光線が、映画のロゴマークのように不自然かつ幻想的に宙に浮かんでいるだけである。

「取りあえずは仮だね。まだまだ納得いってないから色々工夫を……って、そんなこと言ってられないんだった。班長!」

 彼女は大声で叫びながら、僕らの頭上遥か高くに手を振った。



~班長ベータ「零」~

使い魔「間抜けアルファ・ガンマ

 ……単眼単角・双頭な山羊人間の縦に割られた黒鉄製骨格


 モゴモゴと頭上から声が聞こえた。上にいるのは猿のお面を被った上半身裸の男ベータ。左右に分かたれた人骨という物騒なデザインの使い魔を縦に並べ、さらにその上で肩車されているという常軌を逸した姿勢で白組の現場を眺めている。

「今、なんて言ったんです?」フーフーが苦い顔をしているチビニャンに聞いた。

「……やり直しだとよ」

「え?」

 パリンッと、氷が割れるような音。

 突然街が崩れ始めた。

 ピの看板が、染みのついた壁が、鉄骨が、街路の狸が、生まれた順序とは無関係な無茶苦茶さで虚空へと吸い込まれていく……まさしく、虚構VR世界の崩壊のように。

 魔法の世界では、こんな衝撃的な光景が当たり前のように繰り広げられる。

「……はいストッーーープ!」

 ノイズがかった低い声がベータの拡声器メガホンから響く。

 号令とともに街の崩壊がピタリと止まり、テクスチャの貼り忘れみたいに中途半端な空白だらけの、実に具合悪い景色が残された。

「さぁて皆の衆」また、ベータの声。「それでは、シャッフルだ」



~模型師チビニャン「一」~

使い魔「猫科の数式ダンディライオン

 ……頭部が素数ダイヤルの花弁となった獣人


「C、B、B、B……A、A、C、B、A……」

 ブツブツと机に両手をついたチビニャンが呟くのに合わせて、彼の使い魔であるライオン男のたてがみがクルクルと回る。

「すげえしょチビニャン」ピがニヤっと歯を光らせる。「頭ん中で立体模型組めるんだよ? やばくない?」

「暗算は才能じゃねえ、根性だ」バチンと手を叩いて、拡声器のマイクを手に取る。「OK、始めるぞ。はいB、C、A、A、B!」

 幽霊ビルのように穴まみれの景観の隙間にまた次々と建材が配列されていく。先程まで目抜き通りだった街路に幾つも橋が渡され、階段が走り、看板の上に更に新しい看板が貼り付けられる。寺院の前にショーケースが並び、そこから物干し竿が伸び……。

「ストーーップ!!」ベータがまた叫ぶ。「まだまだまだぁ!! スポット・ゼータ、エータ、カッパ、オーは保持! 他はBoooooomb!!」




「結局、芸術に手間が減るってことはにゃいってこった」

 ベータの使い魔が投げた謎の爆弾が緑の煙とともに赤いビルをパラパラと崩していくのを眺めながら、チビニャンが呟く。

「とかく、カオスに。それが監督の唯一の指示だが、”最適のランダム”ほど掴みどころのにゃいものもにゃい。手法が洗練されるほど手にゃおしにかけ得る時間が増えて、その分だけ無用な選択肢も増えちまう。にゃかにゃか効率良くはいかにゃんだにゃ、これが」

「そういうものですよね、やっぱり」フーフーが頷く。

 ギロっと、チビニャンの目が光った。「……ふざけんじゃねえよ」

「にゃ、なんですか……」

「お前も騙されんにゃよ」チビニャンは振り返り、僕に向けてウィンクする。「このフー・フーこそは、楽園史上最も効率よく点数を稼いだアーティストにゃんだらかにゃ」

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