13回目:田那珂凡蔵<燃える筋肉>

「……ぉぉおおおおお!!みなぎる筋肉!ほとばしる汗!!たぎる情熱!!!」


 見慣れぬ風景と見慣れぬ自身の肉体を前に、田那珂たなか凡蔵はんぞうはダブルバイセップスやサイドチェストといったポージングを決めながら雄叫おたけびを上げた。


「っ……ここは!異世界だぁぁぁ!!!」


 凡蔵はんぞうは異世界転生者だ。私は彼を転生させる際、以前にアカデミー時代の同期である女神が言っていた、やっぱり力を上げて物理で殴るのが一番だよ~、という言葉を思い出して、実際にそれを試してみることにしたのだ。


「おっと、いつまでもこうしているわけにはいかないな。まずは冒険者ギルドに行かなくては。今の俺は無一文だからな。依頼をこなして生活費を稼がないと、あっという間にゲームオーバーだ」


 異世界転生のセオリー通りに冒険者ギルドへ向かった凡蔵はんぞうは、無事に冒険者登録を完了した。そして早速、魔物退治の依頼を引き受ける。


「ハイオーク・グラディアートルの討伐、報酬はエクトニー金貨15枚か。ふむ、価値はわからないが、とりあえずこれでいいか」


 凡蔵はんぞうが狙いをつけた魔物は、数多くの冒険者をほふってきた強敵だ。だが、彼の筋肉があれば負けることはないと私は信じている。彼の筋肉は無敵なのだから。


 ハイオーク・グラディアートルの目撃情報がある荒野へ向かった凡蔵はんぞうは、すぐに目的の魔物を発見した。豚のような顔を持つ魔物は、凡蔵はんぞうの倍以上もある巨体で、その手には巨大な剣をたずさえていた。街から歩いて三時間ほど、周りには何もないような場所で魔物が何をしていたのかは不明だが、そんなことは意に介さずに凡蔵はんぞうは魔物へと近付いていく。


「さあ、鮮烈な異世界デビューを決めさせてもらうぜ」


 気合いを入れ、全力で駆け出した凡蔵はんぞうは右ストレートによる先制攻撃を仕掛けた。


「っ!?」


 くうを切る右腕。宙を舞う豚。

 凡蔵はんぞうの頭上を飛び越えて背後に回り込んだ魔物は、手に持った巨大な剣を凡蔵はんぞうに向けて振り下ろした。鋭い音とともに何かが砕け散る音が荒野に響き渡る。

 凡蔵はんぞうの肉体には傷ひとつ付いていない。そう、砕け散ったのは、ハイオーク・グラディアートルの武器だった。


「……ははっ、まったく痛くもかゆくもねぇ!」


 凡蔵はんぞうは無敵だ。彼の筋肉を破壊できる存在など、この世界にあるだろうか。


「うおおおおぉぉ!!」


 凡蔵はんぞうは左右交互に次々とこぶしを突き出す。風がうなる。彼のこぶしが魔物の体に当たるたびに軽い破裂音が鳴り響く。相対する魔物も負けじとこぶしを繰り出すが、岩をも砕くその力は、凡蔵はんぞうには全く通じなかった。


「これで、とどめだぁぁぁ!!!」


 動きの鈍ったハイオーク・グラディアートルを見て勝利を確認した凡蔵はんぞうは、彼が繰り出せるであろう全力の一撃を見舞った。その一撃から生じた衝撃波は魔物の体を粉々に吹き飛ばすだけでなく、その背後にあった大きな岩をも砕いたのである。


 力を上げて物理で殴る。なんと素晴らしいことだろうか。私の同期よ、ありがとう。今度彼女に会った時は、思いっきり抱き締めてキスの嵐をお見舞いしてやろう。

 この調子であれば、凡蔵はんぞうが世界を救済する日は遠くないだろう。彼には力があり、そして、世界を救う意思もありそうだ。


「……う、……?」


 突如、地面に倒れこむ凡蔵はんぞう


「……う、……ごけ、な……い……」


 彼に身に何が起こったのか。私は凡蔵はんぞうの状態を調べる。そして、原因が判明した。彼はハンガーノックにおちいっていた。激しい戦闘により肉体がエネルギーを失ったため、動けなくなってしまったのだ。


 なるほど、無敵の肉体にも弱点があったというわけだ。つまり、燃費が悪すぎるのだ。

 力を上げて物理で殴る。これは駄目だな。私は同期に騙されたような気分になり、今度彼女に会った時は、彼女の弱点である、くすぐり攻撃でもお見舞いしてやろうと思った。


「……あ…………あ……」


 こうして凡蔵はんぞうは、再び永遠の眠りへといざなわれるのであった。


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