3回目:王玖武人<王の進撃>

 間違いは誰にだってある。

 そう。女神にだって間違いのひとつやふたつあるはずだ。

 だから今回のちょっとした失敗も仕方のないことだろう。


「うあああああ!!なんだこれ!なんだこれええええ!!?」


 彼の名前は王玖おうく武人たけひと

 会社勤めに疲れ果て、自らの命を絶った29歳の男だ。

 私はそんな彼を異世界転生させたわけなのだが。


「このやたら怖い豚面ブタヅラ!太い手足に突き出たおなか!!俺はどうなってしまったんだ!?」


 水瓶に映る自身の姿を見て叫び声をあげる武人に気が付いたのだろう。ドタバタと数人の足音が近付いてくる。そして姿を現したのは、武人と同様に豚面ブタヅラで腹の突き出た異形の者たち……オークと呼ばれる魔物だった。だが、その体のサイズは武人よりもひとまわりもふたまわりも小さい。


「どうしました、ロード!」


 オークは武人に向かってロードと呼んだ。

 そうなのだ。私は武人をオーク・ロードとして転生させてしまったのだ。

 だけど言い訳をさせてほしい。

 今の彼の姿は、だいたい転生前と同じだ。だから、このちょっとした間違いは不可抗力といってもいいだろう。


「あああああ!!ばけものおおおお!!!」


 突然現れたオークたちに向かって武人が暴言を吐く。

 キミも同じ化け物だよ!


「ロード!お気を確かに!目覚めたばかりで混乱されているのかもしれませんが、あなたはインデンシュベル地方のオークたちを支配する我々の王なのですよ!」


 この世界のオークは、生まれながらにしてオーク・ロードだったり、オークの上位種であるハイ・オークだったりすることはない。全員が等しく、ただのオークとして生を受ける。

 そして、その中から稀に姿形を変異させて別個体として生まれ変わる者がいるが、その際に、生まれ変わる前の記憶は引き継がれない。

 武人の精神は、生まれ変わったオーク・ロードという器に入り込んでしまったのだ。


「……俺が、オーク・ロード。オークの……王」


 しばらくしてようやく武人は事態を飲み込めてきたようだ。


「ロードよ。立ち上がるのです。今こそヒューマンどもを駆逐する絶好の機会!」


「ふ、ふふ……。……そうだな。俺が、この力で、暴虐の限りを尽くしてくれようか」


 なんかやる気になった。いや、自暴自棄になってるのだろうか。

 できれば世界を救済してほしいのだけれども。

 そして、その時だった。


「ヒューマンどもが攻めてきたぞおお!!」


 警告の声が洞窟内に反響する。


「なんだと!……ロード、敵が攻めてきました!我々も応戦します!」


「……ああ、俺も行こう」


 武人は近くにあった巨大な戦棍メイスを軽々と持ち上げると侵入者のもとへと向かった。


 そこで武人が見た景色は戦場だった。

 侵入者の集団がオークたちを次々とほふっていく。オークたちの断末魔の叫び声が響き渡る。

 武人は侵入者の先頭に立つ金髪碧眼の女騎士を睨みつけた。


「ははは!まるで、してくれと言わんばかりの風貌だな!」


 とても愉快そうに大声で笑いながら、武人は手に持った武器を握りなおす。

 彼は強い。オーク・ロードの身体能力の前では人間など無力だ。その上、私の女神ブーストによって、より強大な力が武人には備わっている。

 この人間たちは為す術もなく倒されるだろう。

 武人は舌なめずりしながら女騎士に向かって戦棍メイスを振り下ろす。

 女騎士の体がただの肉塊にくかいに姿を変える。……はずだった。


 鋭い金属音が鳴り響く。


「っ!?」


 武人が驚きの表情を浮かべる。

 信じられないことに女騎士は武人の攻撃を正面から受け止めていた。

 その細腕で、オーク・ロードの一撃をいなすわけでもなく、そして、その手に持つ細身の剣にも傷ひとつ付いていない。


「はあああああっ!!」


 女騎士が裂帛れっぱくの気合いとともに細身の剣を振り抜き、戦棍メイスを弾き飛ばす。

 えええええ、ちょっと待って!何それおかしいよね!?

 私は慌てふためいてしまうが、すぐにあることに気が付いた。

 もしかして、この女騎士って……。


「人々の安寧あんねいを脅かすオークどもめ!我が女神フラウヒュムネの名のもとに、貴様を断罪する!!」


「うおおおお!!ふざけるなああ!!女騎士は女騎士らしくオークに屈服しろおお!!!」


 武人は戦棍メイスを拾い上げると女騎士に再度挑みかかる。

 武人と女騎士の力がぶつかり合う。

 この女騎士は、私の同業者による異世界転生者だ。女神の加護を受けて、また、強力な武器まで与えられている。

 武人は全力で女騎士に立ち向かったが、相手が悪い。

 女騎士は先程、フラウヒュムネの名を口にしていたが、女神フラウヒュムネは私の大先輩だ。それも女神界屈指の超エリート。武人は負けるだろう。

 そしてその予言は実現する。


「ぐあああ……!!」


 断末魔の声をあげて倒れこむ武人。

 キミはがんばったよ、武人。今回は仕方ない。

 だから、今は安らかに眠りなさい。


 私は女神らしく、彼の健闘を称えて微笑んだのであった。


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