これからどうしよう?



 城の外から聞こえてきた若い男の声に、思わず互いの顔を見合わせる俺とミレーニアさん。

「今の声って……」

「ビアンテ……? あの声は我が王国のてんしゅう騎士団に属するビアンテ・レパードの声です」

 どうやら声の内容から判断するに、ミレーニアさんの父親である国王様が娘を取り返すために派遣した者のようだ。それに天鷲騎士団所属なんていう格好いい肩書きからして、きっとすごいエリートなんだろうな。

「知り合いですか?」

「はい……お城で何度か顔を合わせ、挨拶程度には声を交わしたこともあります」

 そういうミレーニアさんの顔は、さっきまでの笑顔が嘘のように翳りを見せている。うーん、どうやらそのビアンテって奴のこと、あまり好きじゃないみたいだな。

 だけど、こうしてドラゴンの根城に派遣されるぐらいだから、それ相応に強いんだろう。先程聞こえた声も低くてよく通る声だったし、なんとなく長身でイケメンな騎士が俺の脳裏には描き出されている。

 聞けば、そのビアンテって騎士はミレーニアさんの国、アルファロ王国で一番の剣士と謳われる剛の者だとか。

 涼しげに整った顔立ちに、しっかりと鍛え込まれた身体。だけど決して筋肉むきむきなゴリマッチョではなく、すらりとした細マッチョ。

 王国軍の花形部署である天鷲騎士団に所属し、将来はその団長になるだろうとも噂されている、将来性ばっちりの青年。

 更には侯爵家の嫡男でもあり、アルファロ王国に住む若い女性の間では、貴族平民問わずとても人気があるらしい。

 だけど、ミレーニアさんはそのビアンテって奴を快く思っていないみたい。

「確かに文武に優れた人物ではあり、剣の腕は我が国でも一番なのですが……そのことを自慢しすぎるきらいがあり……もちろん、自分に自信を持つことは悪いことではないでしょう。ですが、ビアンテの場合はそれが行き過ぎているようで……」

 憂いを帯びた表情で、ミレーニアさんはそんなことを言う。しかも、そのビアンテって奴が彼女を見る視線が、どうしても不快でしかないのだそうだ。

 なんて俺とミレーニアさんが話している間も、外からはビアンテって騎士の声は続いていた。

「どうした、邪竜王! 天鷲騎士であるこの私に恐れをなしたか!」

「今すぐミレーニア姫を解放し、どこへなりとも去るがいい! そうすれば、命だけは助けてやろう!」

「我がレパード家に代々伝わる宝剣『ナマクラン』の前には、貴様の鱗など布きれと同じと知れ!」

しんじゅん『ガラクター』さえあれば、貴様の吐き出す火炎など蝋燭の炎も同然!」

「アルファロ王国最強の騎士、このビアンテ・レパードと尋常に勝負しろ! まあ、無理に戦えとは言わないがな!」

「ははは、逃げ出すならば今の内だぞ!」

「さあ、早く逃げ出すがいい!」

「ミレーニア姫を解放し、とっととここから去れ!」

「立ち去る方向で検討してもらえると、こちらとしてはとてもありがたい!」

 ……なんか、どんどんドラゴンと戦うつもりがなくなってないか? まあ、ドラゴンと戦うのって恐いからな。戦いたくない気持ちは分からなくもない。

 俺の場合は、突然目の前にドラゴンがいたわけだし。ドラゴンも俺を見てすぐ襲ってきたし、恐怖を感じている暇さえなかったけど。

 確かに無理にドラゴンと戦わなくても、ミレーニアさんさえ救い出せれば任務的には成功なんだし、ビアンテって騎士も最初からそのつもりなのかもしれない。

 でも。

「外でぐだぐだ言っていないで、さっさと入ってくればいいのに」

 王女様のミレーニアさんだって、ここに入って来たんだぞ? そう考えると、いつまでも外で喚いているだけのビアンテって奴、本当に王国一番の剣士なのか?

 今も外で喚き続けているビアンテって騎士が、俺にもかなり怪しく思えてきた。



「どうします、あれ?」

「放っておきましょう。どうやら、直接ここに入ってくるつもりはなさそうですし」

 俺の質問に、ミレーニアさんは呆れたように肩を落としながら答えた。うん、俺もそれに異論はない。

 それより、これからどうしようか。

 突然、異世界らしき場所に迷い込んだみたいだけど、元の世界に帰る方法なんて当然ながら心当たりはない。

 ドラゴンの財宝があるのでこの世界で暮すことはできるだろうが、俺としてはやっぱり帰りたい。あっちの世界には家族や友人がいるし、大学やバイトだってあるんだ。

 それに、ミレーニアさんのこともある。できるならば彼女をアルファロ王国の王都とやらまで送り届けたいが、ここからその王都までどれだけの距離があるのだろうか。

 ミレーニアさんがここへ来た時は、あのドラゴンに攫われて空を飛んできたからそれほど時間はかからなかったそうだけど、徒歩だと果たして何日かかるやら。

 土地勘なんてまるでない場所を、当てもなく彷徨い歩くのはさすがにごめんこうむる。

 あれ、じゃあ、外で今も騒いでいるビアンテって騎士、どうやってここまで来たんだ? もしかして、何らかの飛行手段があるのか? 天鷲騎士団っていうぐらいだから、ひょっとするとグリフォンとかヒポグリフとか使役しているのかも。

 ドラゴンがいたんだから、グリフォンやヒポグリフだっていても不思議じゃないよな。

 なあ、おまえはどう思う? との意思を込めて、俺は腰にぶら下げている聖剣を見た。

 俺をこの世界に連れて来たのって、間違いなくおまえなんだろ? だったら、帰る手段もあるんじゃないか?

 ミレーニアさんの手前、口に出して問うことはできなかったので、心の中で聖剣に尋ねてみた。だが、聖剣は何も答えず──当たり前といえば当たり前だが──ただ静かに俺の腰にぶら下がったままだった。



 とにかく、俺のことよりまずはミレーニアさんのことを考えよう。元の世界への帰り方なんて考えたからって答えが得られるものじゃないけど、ミレーニアさんの方は彼女と二人で考えれば何かいい方法が思いつくかもしれないしな。

「ミレーニアさんは、これからどうしますか?」

「そうですね……できれば家族の元へ……王都へ帰りたいです。何とかこの山を降りて、そして裾野に広がる『灰銀の森』を抜け……そして、抜けた先でもっとも近い土地を治める領主の元まで辿り着くことができれば、そこから王都へと連絡をすることも可能だと思います」

 うーん、考えるだけで難しそうだ。山を降りて森を抜けるだけでも、相当ハードルは高いよな。それに、あのドラゴンほどじゃないにしても、山や森の中には危険な生き物だっているだろうし。

 二人して床に座り込み、俺は腕組みしながら考える。要は王様と連絡が取れればいいんだよな? でも、その方法がないわけだ。

 ここが日本であれば、携帯電話などですぐに連絡がつくのに……そういや俺のスマホ、部屋のテーブルの上に置いたままだっけ。まあ、ここにスマホがあったって、役には立たないけど。

 連絡、連絡……と、ぶつぶつと呟きながら考え込む俺。そんな俺を静かに、それでいてどこか楽しそうに見つめるミレーニアさん。

 うーん、どうしたものかなぁ? 誰か王様のところに連絡してくれないだろうか。

「あ!」

「ああ!」

 俺とミレーニアさんは、同時に声を出した。きっと、俺と同じことを彼女も思い至ったのだろう。

「外で喚いている、ビアンテって騎士に伝言を頼めばいいんじゃね?」

「ビアンテにお父様に知らせてもらいましょう!」

 やっぱり、ミレーニアさんも同じことを考えたようだ。いや、最初っからそうしろよ、って話だけどさ。

「ええい、いい加減に返事をしたらどうだ、邪竜王っ!! いい加減に返事をしないと、こちらから乗り込むぞっ!!」

 今もまだ、外でそんなことを言っているビアンテ。

 いや、さっさと乗り込んで来いよ、王国最強の騎士なら。



 とにかく、ビアンテって騎士と話をしてみよう。

 突然俺が出ていっても、きっとビアンテって人も警戒するだけだろう。なので、ここはミレーニアさんにお願いすることにした。言ってみれば、ビアンテって人はミレーニアさんの部下のようなものだし、彼女の言うことなら信じてくれるだろう。

 俺はミレーニアさんの後に続く形で、再び邪竜王の居城の外へと出る。

 外へと出ると、出入り口から少し離れた所に一人の青年がいた。

 見た目は……多分、二十歳ちょっと上というところか。ミレーニアさんと同じ白人系の青年で、ミレーニアさんよりも白に近い金髪で目の色は蒼かった。

 背は俺よりも高そうだ。距離があるので具体的なことは分からないが、おそらく頭半分ぐらいは高いだろうか。間違いなく一八〇センチは超えているだろう。

 そして、その外見はミレーニアさんが言っていた通り、かなりのイケメンだった。確かにこれなら王国の若い女の子がきゃーきゃー言うのも理解できる。羨ましい。

 煌びやかな銀色の鎧を纏い、右手には剣を、左手には楯を持っている。その背後には、上半身が鷲で下半身が獅子、そして翼を持つ生物がいた。おお、やっぱりいたんだ、グリフォン。ドラゴンも格好いいけど、グリフォンも負けず劣らず格好いいな。

「み、ミレーニア姫!」

 俺たちの……正確にはミレーニアさんの姿を見たその青年は、剣を腰の鞘に収めると慌てて駆け寄ってきた。

「ご無事でしたか、ミレーニア姫」

 ミレーニアさんの前まで来た青年──ビアンテは、その場で跪くと深々と頭を下げた。

「頭を上げなさい、王国騎士ビアンテ」

 今までのどこか気さくな雰囲気から、王女という支配者の雰囲気へと変化したミレーニアさん。こうして見ると、やっぱりミレーニアさんは王女様なんだな。風格というか迫力というか、いわゆるオーラが違うことが俺にもよく分かる。

「わたくしを救うため、王都よりここまで来てくれたこと、礼をいいます」

「は、勿体なきお言葉! して、件の邪竜王はどこに? 今すぐ、このビアンテが討伐いたして見せましょう!……と言いたいところですが、ここはまず御身の安全が第一。邪竜王めが気づく前に、ここから逃げるが得策かと愚考いたします」

 だったら、城の外で騒ぐなよ。あれだけ騒いだら、逃げることもできなくなるんじゃね?

 思わず口から飛び出しそうになったその言葉を、俺は意思の力を総動員させて飲み込みつつ、ミレーニアさんの後ろで控え続ける。

「その必要はありません。既に邪竜王は討たれました。こちらの……異国の剣士、ミズノシゲキ様の手によって」

「……………………………………は?」

 それまでミレーニアさんしか見ていなかったビアンテの目が、初めて俺へと向けられた。

 その目に宿っている光は、間違いなく疑惑。そりゃそうだ。俺みたいな人間が、あんな恐ろしい怪物を倒したと言われたって、はいそうですかと信じられるわけがないよな。ってか、俺だっていまだに信じられないぐらいだし。

「……こ、この者が……異国の者らしきこの男が、邪竜王を討伐した……と? ん? 異国の者……?」

「その通りです。わたくしの言葉を疑うのであれば、邪竜王の居城の中を覗いてみなさい。そこに邪竜王の亡骸があります。その亡骸こそ、ミズノシゲキ様が邪竜王を討った何よりの証拠」

 ミレーニアさんは、その白くて細い指で邪竜王の居城を指し示す。より正確に言えば、彼女が指し示したのは城の出入り口だ。

 ビアンテもまた、何やら思いついたような様子で「失礼します」と一言言い置くと、立ち上がって城の方へと駆けていった。そして、おっかなびっくりといった様子で、城の出入り口から中を覗き込む。

 この期に及んでも、まだ中に入ろうとはしないのか、ビアンテ。

「おおおおおおおおおおっ!? こ、これは……っ!?」

 中を覗いたビアンテが声を上げた。そして、ばたばたとようやく城の中へと駆け込んでいく。

 俺とミレーニアさんも、奴に遅れて再び城へと足を踏み入れる。そして、俺たちは見たんだ。

 斬り落とされたドラゴンの頭部に、腰から引き抜いた剣を力一杯突き刺すビアンテの姿を。

 実際にはドラゴンの頭の方が硬くて、ビアンテの剣は刺さらなかったけど。

 そして、ビアンテは剣をドラゴンの頭に突き立てたまま、信じられないことを高らかに宣言した。

「アルファロ王国騎士ビアンテ・レパード、ここに見事邪竜王ヒュンダルルムを討ち果たしたり!」

 は?

 え?

 どうしてそうなるの?


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