「わかったわかった。流石にからかい過ぎた。お詫びに焼肉の後にスイーツ食べ放題も付けてやるから、許してくれ」

「むぐぐ……仕方ないですね。許してあげましょう。それにしても、白ウサギの登場キャラクターにはそれぞれの役割があると聞いていましたが、自分達の役割って何ですかね?」

「さて、何だろうな。ナギに与えられた役はチェシャ猫で、俺は帽子屋。元となった不思議の国のアリスから考えれば、どちらもアリスを翻弄する役割を持つが。羽藤真衣子にハッキングされた状態では、見た目が変わっただけで大した役割はないのかもしれないな。残念だ、終わらない永遠の茶会を楽しめると思ったのに」

「……先生だったら本当に延々お茶会をしてそうです。でも、それならかぐやさんは」


 緋月と凪が、かぐやを見る。そういえば二人の騒がしさに呆けてしまい、まだ座り込んだままだった。


「ふむ。どうやら、かぐやだけは違うようだ」

「え……兄さん、それはどういうことですか?」

「気が付いていなかったのか? お前も、自分の服をよく見てみると良い」


 緋月に言われるがまま、立ち上がってスカートの裾を軽く払いながら自分の服を見下ろす。思わず、呼吸さえ忘れてしまった。

 確か今日は、紺色のスカートに白いブラウスを着ていた筈。それなのに今、自分が身につけているのは薄い水色のエプロンドレスだ。靴も、普通のスニーカーを履いていた筈なのに、華奢なデザインのストラップパンプスに変わっている。


「あ、あの……私の格好は、一体?」

「ふむ。我が妹ながら、可愛いが過ぎるな。スクショしたい」

「はい、それには同感です。スクショしたいですね」

「兄さん! 凪さんまで……いえ、それよりこの服はまさか」

「ああ。本来は患者が与えられる役の筈だが、今回はお前に割り振られたようだぞ。かぐや……いや、アリスと呼んだ方が良いか?」


 意地悪く口角をつり上げる緋月に思わずたじろぐ。改めて言われるまでもない。

 かぐやに与えられたのは、物語の主人公であるアリスの役だった。ふと頭を触ってみれば、大きなリボンまで付いてしまっている。


「こうなると、かぐやの責任は重大だぞ。アリスは主役であると同時に挑戦者でもある」

「私が挑戦者、ですか?」

「そう。不思議の国のアリスの物語は、アリスが白いウサギを追いかけて不思議の国に迷い込み、様々なキャラクターと出会い冒険する、というものだ。つまり、アリスは物語を進める為にあらゆることに挑戦しなければならない。多くの物語の主人公は得てしてそういう役割を担うが、シンデレラや白雪姫に比べてアリスは事更にその傾向が強い。それに」


 緋月が杖を地面に軽くついて、続ける。


「かぐやがアリスになった以上、羽藤真衣子は一体何の役になったのか。これで確定したな。そして、アリスは彼女を倒さなければならない」

「彼女を倒さなければならない……あの、兄さん。それって、もしかして」


 答え合わせをするまでもなかった。何故なら、それらは自らこちらへ向かって来たのだから。


「な、なんでしょう? 何かが、こちらに向かってきているようです」


 草を踏みにじり、段々とこちらへ近付いてくる足音。それも一人だけのものではない。複数人の足音が、一糸乱れず重なりながら徐々に大きくなる。

 洗練されながらも、狂気的。凪が毛を逆立てる猫のように――もっとも、今の彼女はチェシャ猫なのだが――警戒する。


 次の瞬間、それらは現れた。


「アリスだ! アリスが居たぞ!」

「逃がすな、アリスを捕まえろ!!」


 森の中から飛び出してきた、四人の大人。全員の顔に見覚えがある。白ウサギで意識不明になった看護師達だ。かぐやはともかく、緋月達とは同じ職場で働く顔なじみの筈だが。彼等の表情にあるのは再会の喜びではなかった。

 更に気になるのは、四人の服装だ。かぐや達と同じように、やはり彼等の装いも変わってしまっている。

 兵隊。それも、それぞれの鎧の胸元に大きなトランプのマークが貼り付けられている。スペードとクラブ、ダイヤの兵隊がかぐや達三人に槍を突き付ける。

 そして、ハートの兵隊がかぐやの正面に立って、高らかに言った。


「アリス、そして不思議の国に立て付く蛮族の二人。女王陛下がお呼びだ、今すぐ陛下の御前に出頭しろ。そこで、裁判を受けて罪を償って貰う」

 

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