帝国の進撃

芥流水

開戦編

第1話 真珠湾攻撃

 昭和一六年一二月八日未明。空母『赤城』艦上では「第一波攻撃隊発艦セヨ」と命令が下され、艦上機が今まさに飛ばんとしていた。いや、『赤城』だけでは無く、その場にいる他の五隻の大型空母-『加賀』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』-からも艦載機が発艦しようとしていた。

 その様子を眼下に収めながら、空母機動部隊司令長官 南雲忠一中将は現在自分の置かれている状況に内心酷く驚いていた。

 彼は自身が決して航空畑に明るく無いことを知っている。であるからこそ、彼も勉強をしているのだが、彼の部下である航空参謀 源田実中佐、飛行隊長 淵田美津雄中佐や参謀長 草鹿龍之介少将、或いは連合艦隊より派遣された航空参謀 樋端久里雄少佐には及ばない。

 その為編成や出撃時刻は彼らに任せていたが、彼は周囲の人間を冷静に評価できる人物であった。


 同日、戦艦『扶桑』艦上。

「『トラ・トラ・トラ。我奇襲に成功セリ』です!」

 上気した顔の連合艦隊先任参謀、黒島亀人大佐が連合艦隊の司令長官や参謀達-機動部隊に派遣されている樋端少佐を除く全員-が勢揃いしてある艦橋に飛び込んでくるなりそう叫んだ。

 艦橋内は喜びの声が多数上がったが、連合艦隊司令長官山本五十六大将だけが険しい顔をしていた。いや、山本大将と同じ顔をしている人物がもう一人いた。作戦参謀神重徳中佐である。

 二人は顔を見合わせると、何方からということもなく、薄く笑いあった。お互いが悩み共有している事に気付いたからである。この『ハワイ攻略作戦』そして、今後の合衆国を始めとした連合国との戦争の困難さを。


 日本と連合国の確執が一体何時から起こっていたのか、それを確信をもって断言出来る人間はいない。それは様々な要因に根を張っているからである。白人共は最初から人種差別の観点から日本人を見下していた。しかし、彼らは日清日露と二つの戦争に勝利し、欧州大戦においても戦勝国に名を連ねた日本を次第に認め始めた。だが、急成長を遂げる日本に危機感や妬みを持つ者がいる事も確かな事であった。対する日本もそれを敏感に感じ取っていた。

 それが遂に表面化したのが満州事変であり、それに伴う日本の連合国離脱である。これによって白面の国と日本との対立が決定的になった。そこにトドメの一撃とばかりに支那事変や日独伊三国同盟が起こり、日本と連合国の衝突は既に秒読みとなっていた。


 そのような状況下において大日本帝国海軍は一つに纏まりきれないでいた。戦略の問題である。連合艦隊を中心とした、「やるのならハワイを叩き、合衆国と早期講和をするべきだ」という案と、軍令部を中心とした「豪州の北東にある島々を占領し、豪州への兵力供給を遮断した上で先ず連合国から脱落させ、その後独逸の攻撃と呼応し、英米両国と講和を果たすべきだ」という二つの意見に大別できた。


 昭和一六年一月、そのような中で山本大将は大西瀧治郎少将に相談を持ちかけていた。それは日米の開戦と同時に真珠湾攻撃を仕掛けるというものであった。大西少将は源田実中佐と膝を突き合わせて議論し、接近さえ出来れば可能である、との結論に達した。

 二人の結論の詳しい内容は以下の通りである。

「攻撃には第一及び第二航空戦隊を使い、雷撃が可能な場合には艦攻に魚雷を装備し、爆雷同時攻撃を敵艦隊に仕掛る。水深が浅く雷撃が行えない場合には、艦攻にも爆弾を装備させ、攻撃を仕掛ける。仮にこの場合であっても充分な損害を敵艦隊に与えうる」


 この計画は一種秘密裏に進んでいたが、どうしても作戦の内容が伝家の宝刀とも言うべき空母を大量に使うものであったことから、軍令部にも知らせざるをえなかった。これが同年四月のことである。

 当然のことながら軍令部は猛反対をした。それは、自分達の進める米豪分断作戦とは真逆の作戦だから、というより空母をそのような投機的な作戦に使用できない、ということが理由であった。

 しかし、その中に一人真珠湾攻撃に理解を抱く者がいた。軍令部第一課首席参謀 神中佐である。

 いや、神中佐も実の所この作戦に不満を抱いてはいたのだが、それは他の人間とは違うところにあった。

 ー奇襲を行うというのは大賛成ではあるが、それが伝家の宝刀こうくうぼかんを使う以上一過性の艦隊撃破に終わっては勿体無い。せめてハワイ占領までは行きたいものだが。

 神中佐は連合艦隊司令部いや、軍令部の司令部をも交えこの作戦についての意見交換を行う必要性を感じていた。

 ーハワイ占領さえ出来れば、米本土爆撃も不可能ではなく、確実に独逸を太平洋戦線から支援できる。

 神中佐は軍令部第一課課長 富岡定俊大佐に一度ハワイ占領について検討することを進言した。


「神、以前にもしハワイを占領するなら開戦の約一年後が良いと言っていなかったか?」

 富岡大佐は真っ先にそれを言った。この二人は以前に対米戦の議論を尽くした時にそう合意していた。

 そもそも富岡大佐はハワイ占領に良い顔を見せない人物である。その理由は仮に占領に成功したとして、その後の維持の困難さにあった。ハワイは日本本土からの距離は三○○かいりと離れており、尚且つ合衆国が反抗に転じた時、真っ先に全勢力を持って攻撃される。仮に、と言ったが富岡大佐もハワイが占領出来ることは疑っていない。寧ろその先を想像して反対していたのだ。

 しかし神中佐も富岡大佐との合意を反故にしてまで開幕のハワイ攻略を推すのには理由があった。富岡大佐もそれは重々知っているので、神中佐に続きを言わせた。

 神中佐もあっさりと自分の考えを暴露した。彼も富岡大佐を説得して味方につけた方が何かと特であると考えていた。


「先ず、ハワイ攻略の目的について…というより攻略時期を開戦早々にする理由なのですが……」

 神中佐は滔々とその理由とやらを話し始めた。最初は懐疑的に聞いていた富岡大佐は話しが進むにつれ、次第に帽子を脱ぎ、神中佐の案に賛成を示したのであった。

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