第16話 オススメの良いお店

 開口一番出てきた言葉はなんとか飲み込んだ。


「どうしてお前が」


 驚きようからするに別にこいつも俺がここにいることを知って来たわけではないらしい。

 だからその言葉は押しとどめて、後ろから近づいて来た「別の客」に通路を空ける。


 沈黙と、重苦しい空気。


 何か言わなければいけないような気もするが、何かを言わなくてはいけないのかと自問する。

 そもそもこいつとの関係は特になんてことはなく、別れを切り出された時点でお役御免なのだ。もう必要ないと言われて、待ってくれと追いすがる方がおかしい。


「……奇遇だな」


 だから取り敢えず口に出た言葉はそんな当たり障りのない挨拶だった。


「お前もアレか。買いに来たのか」


 視線で店内をさし、柚乃は頷く。

 しかしその表情は固かった。


「お兄さんが同人趣味に目覚めてるとは思いませんでした……」

「いや、それは違うけどな」


 超能力はどうした。


 呆れていると後ろから声をかけられた。


「先輩?」


 藍沢だった。


「…………」


 正直めんどくさいと思った。この状況も、説明すること自体も。そして、こいつらが互いに何をどう憶測を巡らすのかということも含め。

 全てが「なんでこのタイミングなんだ」だ。


「こいつは藍沢ひとえ、俺の後輩でこっちは篠崎柚乃。電車で困ってるところを助けた縁」


 なので先手を打っておく。柚乃はとにかく藍沢は邪推しそうで面倒だし。


「なるほどっ」


 怪訝そうな表情は一転して笑顔へと変わる。

 何をどう解釈したのか途轍もなく不安ではあるが両手を叩いて頷くと藍沢は柚乃へと近づき、手を出し出した。


「初めましてっ、藍沢ひとえです?」


 流石の余裕だった。


「篠崎……柚乃です……」


 戸惑いながらもそれに応じる柚乃。

 ちらちらとこちらに視線を向けてくるのは助けを求めているのかそれとも頭の中を読もうとしているのかーー。


 ……どちらにせよ、あまり長居するつもりはない。


「そういうことでじゃあまたな」


 さっさと柚乃を置いて店を出る。何が「そういうこと」なのかは分からないがこいつが「読んでいる」なら俺がそのつもりだということはわかっているだろう。

 超能力まかせなのは悪いとは思うがこいつと藍沢と一緒にしておきたくはなかった。それは俺自身がどうのってこともあるが、恐らく相沢は気づくと思ったからだ。

 柚乃が、そば粉うどんだということに。


「(気にしてくれてるんだ?)」


 突然飛ばされて来たテレパシーに表情がひきつり掛けるがなんでもない風を装い、日差しに目を細めた。


「(一応な、お前は気づいてるかも知んねーけどそこにいんのが爆裂堕天使サンd)」

「堕天使さん!!?」

「ぶっ」


 思わず吹き出してしまった。

 振り返った先に藍沢の手を握りしめる柚乃がいる。


「へっ、へっ、えッ……?」


 突然自分の秘密ごとを口に出され慌てる藍沢。

 涙目になりながらも柚乃よろしくお前まで俺に助けを求めてくる。


「嘘っ!? ほんとですかっ!!? こんなに綺麗なひとだったなんてーーー!!! まじかよ!!」


 なんだかその場で盛大に足踏みして全身で喜びを表現するのだが、バカなのか、こいつ。


「おィ」

「うぐっ……?!」


 思わず首根っこを掴んで引きはがした。


「なんだそれ」

「うじゅっ……ついよだれが……」

「いやいやいや」


 キャラ変わりすぎだろお前。

 若干ドン引きしつつも藍沢の様子を伺うと困惑しながらも微笑んでいる。


「もしかして先輩バラしました?」


 否、悪魔のような天使の笑みだった。


「…………」


 さーっと全身から血の気が引いていくのがわかる。


 いや、だってまさかこいつがこんな風にハイテンションになるとは思わなかったし、そもそもそば粉うどんは俺じゃなくてこいつだから実際こいつがお前の正体知ることは問題ないっていうかアレ……? 問題あるんだっけか……?


 最初の約束はどっちだったか既に忘れつつある。

 つか俺が言わなくても柚乃に超能力がある時点でいつかはバレるだろうし、既にバレていた可能性だってーー。


「……わりぃ」


 そんなこと説明したところで火に油をそそぐようなもんなので取り敢えずは素直に謝っていた。

 それほど気にしてない(と思いたい)し、藍沢もそこまで大人気なくはないだろう(と推測)。

 実際に頬を膨らませつつも何処かもう許してくれたようで首を傾げていた。


「立ち話もなんだし、何処か入ろっか? お話ししましょ?」

「へ……?」


 和やかに告げられ、言葉を失ったのは柚乃だけではない。俺もその提案の意図がわからず唖然と店に向かう藍沢の背中を見送る。


「良いお店知ってるから、こっちッスよー?」


 そして歩き出す。観光ツアーのバスガイドに従うようにして。

 二人肩を並べながら柚乃と目配せし合うと思考を読むまでもなく、互いに考えていることは手に取るようにわかった。


「(何考えてんだ、こいつ)」


 得体の知れない笑顔ほど、不気味なものはないと感じた。



「「萌え萌えズッキュン♡」」

「…………」


 ノリノリでメイド服姿の女の子と一緒にハートマークを作ってオムライスにお約束な、もうなんかアレだ。

 ドン引きだった。

 良いお店ってベクトル間違ってるだろう……これ。


 雑居ビルの二階を飲食店として使っているらしく、ピンクを基調にしたパステルカラーの店内はそこそこ混み合っていた。

 とは言ってもフリルのスカートを配慮してか席と席は余裕を持って配置されており、あまり息苦しさはない。

 日本人よりも海外の観光客の方が目立つようなメイド喫茶(もといコスプレ飲食店)に俺たち3人は向かい合って座っていた。


「丸テーブルって珍しいですね。円卓会議って感じがしますっ……!」


 若干気圧されながらも実際に入るのは初めてなのか柚乃のテンションが微妙に高い。

 俺たちを連れて来た藍沢は入店直後会員証を提示していたので余程の常連なのだろう。

 メイドたちと親しげに(明らかに業務外の内容で)話をしている。


「(昔ここで働いてたってマジですか!!! ちょっと見たいんですけど!!)」

「(それは俺も初耳だ。マジかよ)」


 いや、似合うだろうけど。メイド服。

 控えめなツインテール娘とコソコソ話している姿にメイド服が重なった。

 ……うん、悪くない。


「(お仕置きしてくださいっ、ご主人様……って感じですか?!)」

「(やめろ!!)」


 危なく想像させられるところだった。

 無言でわちゃわちゃしている俺たちを藍沢は不思議そうに見つめる。


「柚乃ちゃんも似合いそうだよね、メイド服」

「ぇっ、いえいえ〜っ、私なんてそんなそんな……」


 顔を真っ赤にさせてまんざらでもないらしい。

 なんだ、そういう趣味もあるのか。


「いぎッ……?!」

「っ……?」


 物理的に足を踏まれた。


 ーーなんなんだよッ……マジでっ……!


 超能力が聞いて呆れる。実力行使じゃねーかっ!


「(お前なッ……)」


 涙目になりながらも抗議するが聞いちゃいねぇ、憧れの(?)爆裂堕天使にメロメロだ。


「高校生? だよね? いいなぁ、毎日がコスプレじゃん」

「それは、はいっ。3年限りのブランドですので」

「いうねぇ?」


 藍沢も藍沢で意気投合しているというか、まぁ、こいつの打ち解けっぷりは誰に対しても発揮されるっていうか、仲良くなれなかった相手の方が少ないだのだろう。

 そんな二人を眺めつつ、ハートマークを描かれたオムライスを口に運ぶ。


「……うメェ……」


 無駄にクオリティが高かった。

 包んでいる卵のふわふわ感はもちろんのこと、上にかけてあるケチャップはどうやらそこらへんのスーパーで売っているような安物ではないらしく濃厚かつ舌触りがいい。そして皿の周りにはクリームソースが広がっていて、


「……なんなんだよ、これ……」


 ひとり絶望する。


 完全に趣旨を見失ってないか……?


 メイドさん本気を出しすぎでスキル限界値まで引き上げられている。アホか。

 呆れながらもスプーンを口に運ぶ。

 そりゃぁ、外国人も「アメイジン!」とか叫ぶよ。うん。きっと厨房には「Yes!! Ma’am!!」ばりの中年メイドが腕によりをかけて食材を、「(おにーさーん、ちょっとおにーさーん)」


「ん……」


 あまりにも上等な料理に惚れ惚れしすぎて意識が向こう側へ飛んでいた。

 気がつけば二人がこちらを見ている。


「なんだ、話は終わったのか」


 はっきり言って俺は部外者だ。

 本来の爆裂堕天使とそば粉うどん、仲良くやってくれればいいのだ。

 しかしながら二人はニマニマとこちらを見つめてどちらが先に口に開くかを譲り合っている節がある。


「なんだよ……」


 正直気味が悪い。あと、居心地も悪い。

 女と一緒に飯が食えて幸せだろうっていう奴は今すぐここに座って見て欲しい。マジで帰りたくなるから。


「女子高生陵辱モノと後輩純愛物だったらどっちが好みなんスか?」


 結局嬉しそうに聞いて来たのは藍沢の方だ。


「……ァ?」


 一瞬なにかの聞き間違えかと思って聞きかえす。


「いや、良いや。聞き返さなくていい。聞こえてたから」


 が、自分で制した。……なに? 女子高生が、ぁ……?


 なんとなくこの二人が揃ったらめんどくさいことになりそうな予感はしていたが、想像とは別方向というか、アホみたいな角度で突き進んでくれたらしい。

 それはそれで構わないのだが俺を巻き込むな。


「なんでそんな話になったのかは聞かないけどな、場所をわきまえろ。仮にも外だぞ」


 隣は金髪白人のニューヨーカーだし、向かい側にはカップルだって座ってる。

 ンなところで話すような話題でもないだろう。


「いえいえいえっ、ここアキバですよ? ここで話さなきゃ何処で話すっていうんですか!」


 テンションたけェなぁおまえも……。


 そのアキバだからというのがそうさせてるんだろうが、いつも以上に柚乃がウザったい。少しでもこいつに慌てふためいてた自分が情けねーよ、とあの日野朝の光景が脳裏に浮かんで、「なななッ!!!」柚乃が顔を真っ赤に染めた。


「(蹴るなよ!!?)」

「(お兄さんが悪いんです!!!)」


 結局蹴り飛ばされた。


 盛大に、思いっきり。


 そんな様子を藍沢がクスクス笑う。


「なぁ……俺はいいからお前らで楽しんでこいよ……。オタク趣味は俺には合わないんだって……」


 このげっそり具合には身に覚えがある。

 あの部室で味わったそれに限りなく近い。

 口を閉ざすようにオムライスを口に運び、完食。

 結局、料理は真剣に美味かったのでその点においては藍沢に感謝する他ない。

 居心地は最悪だが。


「ねぇ、先輩? 興味ないのは知ってますからとりあえず落ち着いてくださいよ?」

「誰が慌ててんだよ」


 皿を下げてもらうついでに珈琲を注文し、溜め息を付く。逃げも隠れもしないのは最初から同じだ。


「そもそも今日の目的すら聞いてねーぞ、俺は」

「それこそ、いまここで言っちゃっていい話題なんですかね?」

「しらねぇから聞いてんだよ」

「あああああのっ! えっと、あの……?!」


 険悪なムードに柚乃が慌てるがなんつーか、こいつもほんとバカだよなぁ。


「(人の頭ん中読めんなら本気でイラだってねーことぐらい分かるだろ)」

「(でもですね?! ええっと!!)」


 バタバタと慌てながら苦し紛れか携帯を取り出すとそれを藍沢に突きつけた。

 俺の方からは画面はよく見えないが恐らくツイッターか何かの画面のようでーー、


「……ぁー、」


 察しがつく。


 混乱した挙げ句、墓穴に飛び込むパターンだったらしい。


「なるほどっ」


 それに対し藍沢は笑顔で諾き、自分もスマフォを取り出すと柚乃に突きつける。

 なんだこれは。水戸黄門インスパイアかお前ら。

 目の前で交わされる画面の突き付け合いに本格的に帰りたくなってくるがいいタイミングで珈琲が運ばれて来た。

 メイドも苦笑いだ。


「改めまして爆裂堕天使ッス」

「ど、どうもっ……そば粉うどんです……!」

「予想通り可愛い女の子でホッとしたわ?」

「な……内密でお願いします」

「うんっ?」


 なんかもう色々と、……グダグダだ。


「ーーあちっ、」


 淹れたての珈琲で危うく火傷する所だった。

 面倒なことにならなきゃいいけどなぁ……?

 恐らくは意気投合しかけているであろう二人の様子を眺めながらそんな事を思う。


「ねっ? 先輩っ?」

「……おう」


 正直、俺はここにいなくていいんじゃないだろうか。


 ……切実に。

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