第9話 爆裂堕天使の降臨

「来季はズバリ魔導少女ニャンコロリがオススメですねェ、敏腕ワークス初のオリジナル作品。見逃せません!」

「そういえば先週の機動要塞バベルの塔見ました? 遂に全面戦争に発達してとんでもないスケールになってきましたんですよー」


「…………」


 正直、こういう飲み会は好きじゃない。


「そば粉うどんさんはどうです?」

「ぁー……どうでしょう?」

「最近はリバクロのイラストあげてますけど、夏はやっぱミロちゃんですか」

「あはは……まだ決めてないですかねぇ……」

「まぁ、原稿は締め切りが見えてきてから描くものですからなっ」

「違いなぃ!」


 むははーっと良く分からないテンションで盛り上がる男3人の飲み会は全くもって息苦しい。


 夕方、駅前で集合すると焼き鳥の安酒屋へと入り、小一時間このペースで会話が続けられている。交わされる話題の殆どが理解不能だとなれば居心地が悪いのは必然だ。


「(木枯らしさんに境界線城のアリアのテレーゼちゃんのイラスト可愛かったですって伝えてください!)」

「(境界線城の……なんだって……?)」

「(テレーゼちゃんです!! アリアの幼馴染で修道院に身を寄せてる!)」

「(ぁー……?)」


 一方、あのバカは遠隔操作よろしく遠視でこちらの様子を伺いながら駅前のスタバでフラペチーノらしい。飛んでくる司令も全くもって意味不明で何を言わされているのかも良くわかってない。


「ぁーっ、確かにあのテレーゼたんは良かったですなぁ……。地下牢に繋がれ、まさに飼われているって感じがたまりませんでした!」

「いえいえそれはそれはどうも」


 一体どんな絵を褒めさせられたんだ、俺は。

 なんとも背筋が寒くなるが後で確認しようとも思えなかった。妙に毒されそうで怖い。


「かくいうそば粉さんもアリアのイラスト可愛いじゃないですか。刺激が強すぎて思わず一度閉じてしまいましたが」

「あははは……」

「(どーもどーもっ)」


 マジでどんな絵を描いてんだお前はッ……。


 脳内で響いた嬉しそうな声にプルプルと怒りでビールジョッキを持つ手が震えた。表情に出さないようにするだけでせいいっぱいだ。


「それにしてもとてもこちら側の人間とは思えませんなぁー。いかもリア充って感じがしますぞ?」

「いえいえ……職場と家を往復するだけの生活ですよ……」


 初対面にも関わらず気さくに話しかけてくれる。恐らく俺とそう年も変わらないのだろうテンションの高い方が肉丸屋で、いかにも理系ですって感じの方が木枯らし鉄平だと説明を受けた。


 普通に話しているぶんには問題ないが、アニメや漫画の話題を嬉々として取り出してくるあたり、俺とは縁のない人種だ。


「(お前が俺を選んだのってこれが理由か……)」

「(気付きましたか。木枯らしさんが29歳、肉丸屋さんは25歳だそうです)」


 つまるところ、このオフ会に備えて替え玉を用意したかったということらしい。


 即売会ではどうしていたのかと聞いたら、

「私に関わった人の記憶は改竄しておきました」

 だそうだ。


 そこそこ人気サークルのそば粉うどん先生の本を手に取ると、そこのサークル主がどんな人物だったかを思い出せなくなるらしい。

 いやいや、何かの呪いかよって思わず突っ込んだがもうご都合主義すぎる超能力にはお手上げだ。時間を巻き戻せると言われても今更驚きはしない。


「(そこまでは出来ませんけどね)」

「(つか、あと一人来るんじゃなかったのか。メッセージには4人って書いてあっただろ)」

「(爆裂堕天使さんは所用で遅れて来るって連絡きてました。おふたりも知っているはずですよ?)」


 俺は知らされてねーよ……。完全に蚊帳の外だ。


「おっ、着いたそうですよ?」


 そういったのは肉丸屋だ。

 その名の通り丸々と太った指でスマフォを弄るとメッセージを打ち込み店の場所を伝え始めた。そうなると自然に木枯らしなんとかと一対一だ。


「正直驚きました。オフでは滅多に姿を現さないって聞いていたので」


 落ち着いた口調で微笑みながらメガネはいう。

 普通に会話するぶんには全く問題はない。


「ぁー……そうでしょうねぇ……基本人前には出たくないので……」

「恥ずかしがり屋なんですね。わかります」

「わかりますか」

「わかります」


 勝手に親近感を持たれてしまった。


「(つかマジでなんてオフ会なんて参加しようと思ったんだよ。無理だってわかってんだろ)」

「(だって爆裂堕天使さん来るっていうし、一目見てみたかったんですもーっん! できれば私だってその場に行きたいのに我慢してるんですよ!? いいじゃないですかっ)」


 何がだ、何が。


 串に刺さった鶏肉をもぐつきながら向かい側に座る細メガネと肉団子を眺める。

 悪い奴らには見えないが、この場にあいつがやってきたら目の色変わりそうだよなぁ……。


「(そんな人たちじゃありませんよ! ひどいです!)」

「(あー、はいはい)」


 事前に二人の同人誌を見せてもらったが残念ながら子供に見せられるような本じゃなかった。

 それを未成年の女子高生が所有している件については甚だ納得しかねるのだが。


「もうすぐそこまで来ているそうです」

「実は爆裂堕天使さんもお会いするのは今回が初めてでして、そば粉さんが来るならって行ってくださったんですよ」

「へぇ……」


 つまり互いをダシにされたわけか。


「(えーっ!! どうしようどうしよう!?)」

「(ウルセェ)」


 どんだけなんだよ爆裂堕天使。


 目の前で「彼の絵は素晴らしいですからねぇっ」とテンションを上げ始める肉丸屋と隠し切れ無い期待を滲ませる木枯らしを冷めた目で眺めていた。


 ここにもう一人来るってことはますます蚊帳の外じゃねーか……。


 代理とはいえ居場所がないのはそこそこ辛い。


 なんとか理由つけて切り上げるかな……、そう思った矢先、


「お待たせしましたーっ」


 軽快な、その場の空気を一瞬停止させるような場違いな明るい声が響き、


「お疲れ様ですっ、爆裂堕天使でッス」


 スーツ姿の爆裂堕天使が立ち尽くしていた。


 呆然と見上げる肉丸屋。

 パクパクと金魚のように口が痙攣している木枯らし鉄平。

 そんな中、唯一俺だけは全く違う意味合いで言葉を失っていた。


藍沢あいざわ……藍沢ひとえか……? 野崎高の……」

「へっ……? ぁっ……なっ……七瀬先輩っ……?!」


 そう、そこに立っていたのは高校時代、文学部の後輩で、


「わーっ!! お久しぶりですー!!」


 俺の元カノだった。

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