第15話「走る者たち」

 ツルギモリタワーを目指して走るデフレ、アイ、アケミの三人は、道中迫りくるセパレーターたちを蹴散らしながら進んでいた。多くのセパレーターを倒した。デフレやアイにとっては、顔見知りもいた。それでも倒さねばならぬと――二人は決意を胸にそれらを倒した。アケミもまた、その二人のことを不憫に思いながらも――それを表には出さぬよう注意し、そして前に進んだ。

「デフレ、左です!」

「承知した……!」

 かつては共に戦っていたこともあって、デフレとアイは息の合ったコンビネーションを発揮していた。二人が先陣を切り、アケミが必殺の一撃を叩き込む――それが現時点での戦術だった。そしてこの戦術によって、連携がとれていない――つまり付け焼刃ともいえるセパレーターたちを倒し続けることができていた。


 ――だがこの時、デフレは恐ろしい気配を感じ取った。

「――バカな? よもや、まだ生きていたというのか……!?」

 その気配は、デフレたちが走っているすぐ隣のマンションから放たれていた。

 デフレは視線のみをマンションに移した。

「――――――!」

 デフレは、目を大きく見開いた。

「サリア――そうか、ヤツ自体がすでに機械化状態にあったのか……!」

 機械とはいうものの、実際はオートマタとは違い、限りなく人間に近い素材を用いて機械化していたため、デフレと言えども気が付かなかったのだ。――本人はただの人間で、オートマタを操る存在であると。

「どうしたんです、デフレ」

 デフレの異変に気付いたアイが問うた。

「あのマンションを見ろ、二人とも」

「え?」「ん?」

 二人はマンションを見上げる――そこには、おぞましい光景があった。


 マンションのベランダというベランダから、かつて人だったと思しき巨大な生体オートマタが――複数の目をぎょろぎょろとさせながらこちらを見下ろしていたのだ。

「な――何よ、アレ」

「まさか……これ全部、ここの住人だったのですか?」

 アケミとアイは、それぞれ吐き気をこらえながら言った。

「ああ。各階の住人が、それぞれなんらかの方法で接続され、あのような姿をしている――ということなのだろう。……そして、アレはオレが仕留めそこなったセパレーターだ」

 オーダーに従わざるを得なくなったセパレーターたちは、その時点で自我を失い――そしてイビル・オリジンの完全なる手駒となる。……だが、あまりにもずば抜けた精神力を持つ者ならば、自我を保ったままイビル・オリジンの配下になることができる。その一人が――サリア・マゼリマであった。

 最早巨大なオートマタも同義となったそのマンション〈マゼリマ〉。……そう、そのマンションはこの宇宙につい最近まで存在していたサリア・マゼリマが管理していたマンションだったのだ。インフレ社とも関係があったサリアは、このマンションにインフレ社の社員を何人も住まわせていた。――そして、その社員たちもまた、セパレーターのサリアによって殺害され、この巨大オートマタの一部となった。

「あら、あなたはたしか――デフレだったわね。……どう? これが私の芸術よ」

 マンションから、サリアの声が響いた。サリアもまた、このマンションの一部となっているのだ。

「フン、これが芸術だと? オレにはわからないな。それでオレを始末するつもりか?」

「わからないなら別にいいわ。ま、とにかく。イビル・オリジンの配下にならなかった以上、あなたはここで死んでもらいます、邪魔ですからね」

 そう告げた直後、マンション〈マゼリマ〉からいくつもの刃が伸びてきた。……中には追加パーツによってリーチを伸ばされたものも多くあった。

「ハ、嫌なものだな。だがそれが失策だったぞサリア・マゼリマ。――人型であった時の方が、オレにとってはやりにくかった」

 そう言ってデフレは銃を構え――そして特殊能力を起動させた。

「コード起動――〈デストロイ〉」

〈承認、コードデストロイ、起動〉

 電子音が鳴り響き、デフレの銃から一発の弾丸が射出された。それは〈マゼリマ〉に到達する前に刃によって切り裂かれた。

「え、ちょっとデフレ! なんか必殺技っぽかったけどいいのコレ!?」

 アケミが唖然としながらもなんとかデフレに言った。だがデフレは特に気にするでもなく口角をつり上げていた。

「え、ちょっとアイ? これ大丈夫なのよね? 大丈夫なんだよね?」

「ええ、大丈夫ですよアケミ。……あのサリアという方は、あの弾丸を破壊してはいけなかった。もっと間近で見ていたら気付けたかも知れないのに」

 アイはすまし顔でそう言った。

「そうなんだ……でもアイ、アレってどういう弾丸だったの? 破壊しちゃいけないって、どういうブツなのよ?」

 聞いたついでに、アケミはアイに聞いた。破壊してはいけない――という部分が気になったのだ。

「えっとですね、アレは普通に食らえばただの弾丸。しかし……破壊してしまうとその時点で破壊者の体内に侵入し――凄まじい『破壊』が起こるのです」

「簡単に言えば、爆弾ウイルスだな。……弾丸を破壊できるようなバケモノに対しての武器なので、一般人には影響はないよ。……もっとも、ただの弾丸としての威力はあるがね」

 言いながらデフレは、その間にも数発の〈コードデストロイ〉を撃ち込んでいた。サリアはその全てを破壊した――そして、マンション〈マゼリマ〉は崩壊した。

 凄まじい爆発が、〈マゼリマ〉内部から何発も発生した。それらは誘爆をも引き起こし、そして巨大オートマタは崩壊した。

「全く、あの中に一体何人のインフレ社の社員がいたのだ」

 妙にインフレ社を気に掛ける発現をデフレはした。アケミはまたもや気になり始めた。

「何? デフレってインフレ社に肩入れでもしているの?」

「ああ、そんなところさ」

 単なる好奇心でアケミは言った。デフレも軽く返した。

「………………」

 アイだけが、険しい表情をしていたがアケミには見せないように彼女は努めた。

「とにかく行くぞ。ああいう手合いもまだ残っている、これ以上増える可能性もあるからな、さっさとゲートを破壊するとしよう」

 そう言ってデフレは走り始めた。アイとアケミも頷き、後を追った。町で騒ぎが大きくなっていたため、誰もが自分のことでいっぱいいっぱいだった。そんな中で、目的を見出し、走る者たちがいた。それがこの三人であり、今も各エリアで戦いを続ける異能持ちであり、今まさにイビル・オリジンと対面しているゲンスケたちでもあった。


 今まさに、イビル・オリジン事件は終局を迎えようとしていた。


 この出来事がどう終幕するのか、まだ誰も予想は出来なかった。




「ウォォ――ッ!」

 病院全体に侵入したセパレーターたちの位置をゼロ・ウェイブの音波によって感知し、ドルディオはセパレーター一人一人に波長を合わせて音波を病院全体に放った。

 ――これにより、病院内部に存在した敵性セパレーターは内側から音波攻撃を受けて爆散した。病院にいる人々がショックを受けないよう、爆散が体内のみで起こるようにかなり精密な調整をして攻撃を行った。……それでも気休めにしかならないと思ってはいても、ドルディオは出来るだけの調整は施したのだ。

「頼みますよ……」

 誰がイビル・オリジンと戦っているのかは分からなかったものの、ドルディオはその人物たちの勝利を祈った。




「うわ、まだ来やがる。病院内部はなんとかなってるっぽいが、コレはカッコつけすぎたかな俺」

 さらに迫りくるセパレーターたちを眺めながら、桐谷エイリは『もううんざり』と言った風の表情を浮かべていた。

「カッコつけて外は任せろとは言ったものの、どこかのゲートから溢れ出てきているのかコレ? つーかゲートって何?」

 時折残っている『そういった記憶』を手繰り寄せながら、エイリは戦い続けていた。現状使える能力は〈あらゆる攻撃の反射〉のみ。それだけでも十分と言えば十分ではあるが、基本的に受動的な攻撃――というより迎撃だけの戦闘スタイルとなってしまうため、エイリは実際戦いにくかった。

「つーかさ、まさかとは思うけど反射しかできなかったからボコられたんじゃねーの俺」

 そうではないと信じたいと思いながら、エイリは反射を続けていた。正直なところマンネリ感すら抱き始めたエイリだったが、それでも反射を続けた。

「マンネリ攻撃大いに結構! 俺はいくらでもやるぜ、この反射攻撃をよ!」

 この際能動的な攻撃は諦めることにして、エイリはセパレーターへの反射攻撃を続けるのであった。


「……にしても」

 そんな中、エイリは呟く。

「あのビル、なんか妙に引っかかんだよなぁ……」

 どうしてかエイリは、ツルギモリタワーを眺めながらそう続けた。

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