第13話「アメイジング・フォックス」

「俺はハルカさんを守る。だから、ここに残ります」

 ドルディオもまた、葛藤の末に答えを出した。それもまた逃げではない。守ることもまた、戦いなのだから。

 そんなドルディオの決意を聞いていたエイリは、「そうか」とひとこと呟き、そのまま床に胡坐をかきはじめた。

「ま、俺も特にやることねーし。ここにいるよ」

「助けてくれるということですか?」

「ま、そーいうことだな」

「ありがとうございます」

「気にすんな。他にやることないだけさ」

 病院の近くにも、セパレーターたちが迫ってきている。二人は窓から外を見下ろしながら戦闘態勢に入った。

「本来なら、仲間にいるオルガという男がこういう時に来てくれたりするんですが。今は療養中なので」

「この病院じゃねーのか」

「ええ。少々特殊な体質なので、自宅療養中です」

「ほーん」

 簡単な世間話をして過度の緊張を緩和させるドルディオ。エイリは別段精神的な変化はなかった。こういう場に慣れているのかもしれない。

「エイリさんは」

「あん?」

「エイリさんは……記憶がないということですが、何か思う所とかはあるのですか?」

 つい、ドルディオはそんなことを聞いてしまった。緊張を紛らわそうとした結果である。

「思う所? うーん、どうだろーなー」

「すみません、急にこんなことを聞いてしまって……」

 思わずドルディオは頭を下げた。

「ん? いや別にいいけど。……そーさな。ま、記憶が一部ないってワケだから、まあそのへんはしゃーねーよなーって割り切るしかないよな。その上で、今俺に何ができるのか。……そこを考える方がいいんじゃねーかなって――あんま答えになってねーけど、思う所とその上でどうするかってのは、こんな感じかな」

 エイリの言葉に、ドルディオは「おぉ」と感嘆の声を漏らした。

「……お前さん、その『おぉ』は何なんだ」

「いえその、すごくしっかりとした信念があるんだなって」

「え、何? 俺ってもしかして、かなりちゃらんぽらんに見えてちゃってる?」

 若干小声でエイリは言った。

「ええまあ、正直なところ。でもそれでいてしっかりと芯のある方だと分かったので、俺はすごくいいと思います、エイリさんのこと」

「うへぇショックだ。ショックだからちょっと自暴自棄になる。でも褒められもしたっぽいのでやる気もアップ――っつーわけでちょっくら病院前に群がるセパレーターとやらをボッコボコにしてくるわ」

 と言って即刻立ち上がる桐谷エイリ20代中盤。

「え、待ってくださいエイリさん。それはその、いくらエイリさんでも危ないんじゃないですか!?」

 ドルディオはとっさにエイリの肩をつかんだ。引き留めたかったからだ。

「んなこと言ったってどうせセパレーターは侵入してくるんじゃねーの?」

「それはそうかもしれませんけど!」

「そうなったら、この病院にいるやつらはどうなる」

 エイリの言葉に、ドルディオは言葉を詰まらせた。

「そ、それは……」

「俺がドンパチやれば多少はマシになるだろ。それにな」

 エイリは一度言葉を区切った。

 そして一呼吸置いてからこう言った。

「イビル・オリジンはともかく、今暴れまわってる有象無象なんぞよりよっぽどヤベえモンと――どうやら俺は戦ったことがあるっぽいんでな」

 だから何とかなるだろう、と。エイリはそう告げて病室を出た。


「………………」

 病室に残ったドルディオは、未だ眠り続けるハルカの側にある椅子に座り、しばらく彼女を見つめていた。

「……ハルカさん。俺はきっと未熟なんでしょう。けれど、けれど今だけは――貴女を守るために未熟な自分を乗り越えてみせます」

 ゼロ・ウェイブの力。その真価をドルディオはまだ出し切れていなかった。音波による内側への攻撃だけがゼロ・ウェイブの能力ではない。だがドルディオはそれを恐れていた。その能力は複雑かつ残酷であり――ドルディオが自発的に封じていたのだ。

 それでもドルディオはやらねばならないと――今度こそ完全に覚悟を決めた。

「来るなら来い、セパレーター……!」

 病室で、ドルディオは決意を乗せて吼えた。




 ゲンスケとソウエイさんが新生ユカリングのアジト、その最奥エリアに辿り着いた時、既にイビル・オリジンは降臨していた。おぞましいほどの黒き極光を纏い、イビル・オリジンは姿を現していたのだ。

「顕現しちまったか……それに、その宿主は――」

 険しい顔つきでゲンスケは言った。ソウエイさんが傍で倒れているタケルとカヨに駆け寄った。幸い二人とも意識はあった。

「何が起きたんです? それに、彼が宿主だとは……」

 ソウエイさんの言葉に対して、タケルもカヨも分からないと答えた。

「それよりソウエイさん。アンタは確か、見えないものが視える目を持っているはずだ。それでどうして見えなかったんですか」

 ユカリングの先代リーダーへの敬意と苛立ちめいた感情がない交ぜになりながら、タケルが逆に聞いた。

「ああ。確かにあいつがセパレーターとの融合者であることはわかっていた。けれど、実際分からなかったんだ――今わかったが、正確にはあいつが複数持っているソリッドエゴによってカモフラージュさせられていたんだ……イビル・オリジンを、ただの〈憎悪〉のエゴであるとね」

 融合者ではないソウエイさんは、実際にイビル・オリジンを見たことがなかったために〈憎悪〉のエゴであると誤認していたのだ。それは無理もない話である。他のエゴによって、一つ一つのエゴを精密に確認できなかったことも理由の一つである。

 いずれにせよ、ソウエイさんは、今こうしてイビル・オリジンを初めてイビル・オリジンとして認識――そして観測したのだ。

「ソウエイさん、アンタはできるか?」

 ゲンスケがソウエイさんに問う。

「できる? 何をです?」

「決まってんだろ、ダチをボコれるか――っつー話だ」

 眼前に顕現するイビル・オリジン。その宿主――その名は神崎カイ。〈前の宇宙〉にて神崎家に誕生するはずだった第一子。それが母親ごとイビル・オリジンに取り込まれ、セパレーターとしてこの宇宙の神崎カイに融合した姿、それが今の神崎カイであり、イビル・オリジンであった。故にカイは物心ついた時既に融合者であった。そして、その事実を察した父親のツヨシが自身の能力を用いてカイの奥深くに封印、さらに複数のエゴを具現化できるように精神を分離させ、それを表層に出すことで強固なロックを作り出していたのだ。

 このような事情は、神崎家と進堂家しか知らないことである。故にここまでのことは、この場にいる全員が分からないでいた。だがそれでも、やるべきことはわかっていた。

「ゲンスケさん。私だってやらねばならない時はやりますよ。――何せ私は、初代ユカリングのリーダーですから」

 眼帯を外し、ソウエイさんは戦闘モードに移行した。

「とはいえ私の眼に出来ることは対象を縛り付けること。直接的な対応はお任せしますよ!」

 この瞬間、〈不可視崩しの魔眼〉の真の能力を知るゲンスケはタケルとカヨに呼び掛けた。

「いいか二人とも! 今は絶対そこから前に出るなよ! ソウエイさんの視界に入るんじゃねえぞ!」

 ゲンスケが呼び掛けているその間に、既にソウエイさんは――未だ咆哮を続けるイビル・オリジンを丸ごと視界に収めた。そして、その視界にある者全ての動きを停止させた。

 正確には、先ほどソウエイさん自身が言っていたように『縛り上げた』と言った方が正しい。〈不可視崩しの魔眼〉、その能力は『見えないものを視る』というものだが、その真価はさらに先にあった。見えないものを視る――つまり、視た対象が何であるか完全に理解するということだ。それが超常の存在であろうとも問答無用で正体を見破る、神秘という概念そのものを視ている間破り続ける凄まじき魔眼なのだ。その恐ろしき能力、人に見に余る能力故に、ソウエイさんは普段、左目に眼帯をすることで大幅に弱体化させている。隠している左目にのみその能力があるからなのだが、余りに強力ゆえに、眼帯で封じていても右目に能力が流れてくるのだ。それゆえに、名目上は弱体化となっている。

 そして、正体を完全に理解した先にあるものが――視ている間、その存在という概念を視界に封じるというものであった。それはつまり、ソウエイさんがイビル・オリジンを視ている間、イビル・オリジンはソウエイさんの視界から出ることができないのだ。結果として、イビル・オリジンは動きを封じられた。

 とはいえ、人の身に余る異能故に、ソウエイさんが魔眼のリミッターを外していられる時間にも限界がある。そのため、短期決戦に持ち込む必要はあった。

「ソウエイさん! とりあえずもう前に出てもいいかな!?」

「先ほど視界に収めるというトリガー的行為はしたので、今は撮影した写真の中にヤツを封じ込めたような段階です。ですからゲンスケさんは撮影されずに済んだので――大丈夫ですよ……!」

「オーケー、んならこっちも始めさせてもらいますか……!」

 そう言ってゲンスケは両手を組んで目を見開く。

「どうも俺は、〈前の宇宙〉でも色々混ざっていたらしい……だからこれは、最早ソリッドエゴですらねえ――これは、〈カオスハート〉だ」

 直後、ゲンスケの体に人型のオーラが纏い始めた。それは狐を思わせるシルエットとカラーだった。

「さて、始めるぜ――〈アメイジング・フォックス〉!」

 このタイミングで、イビル・オリジンに対抗し得る力がゆかり町に現れたのだ。

 それは幸運によるものか――はたまた、ゲンスケが持っていた萃理に寄るものなのか。今となっては分からない。だが、それでも、今必要な力であることだけは確かだったのだ。〈前の宇宙〉にて、何らかの事象によって混ざり続けていたゲンスケと、〈今の宇宙〉にて、情報を萃めるカリスマを持っていたゲンスケ。その二人のゲンスケが融合したことが、今、イビル・オリジンを打倒し得る切り札となっていた。

 どす黒き絶望が形を成したかのようなイビル・オリジン。降臨しただけでゆかり町を戦場へ変えたイビル・オリジン。神崎カイを倒さねばならない存在へと変えたイビル・オリジン。ゲンスケはそれを許せなかった。故に、今できる全てのことを行い――イビル・オリジンだけを滅ぼすべく疾駆した。アメイジング・フォックスを纏ったことにより、その身体能力にはブーストがかかっている。動けずとも咆哮を続けるイビル・オリジンを一刻も早く対処すべく、ゲンスケはイビル・オリジンへ接近する。

「気を付けて! そいつは、イビル・オリジンは触れただけでこちらを取り込んでしまう! ほんの少しでも悪と言える行動を起こしたことのある知性体では、そいつに触れられない!」

 〈前の宇宙〉で宿主となっていたカヨが叫ぶ。当然そのことをゲンスケは知っているので、敢えて言っていなかったのだが、そのはずのゲンスケが特に気にすることもなく突撃したために、念のため確認したかったのだ。

「ああ解ってるぜ。解ってるんだ、んなことはな!」

 そう言ってゲンスケはアメイジング・フォックスの能力を起動した。その瞬間。イビル・オリジンの体の一部がうねり始めた。

「そぉら、受け取れ……!」

 そしてゲンスケは、イビル・オリジンに鉄拳を叩き込んだ。

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