第13話「プロローグ」




   ◆




 ――腹部にぽっかりと空いた穴。それを直視するまでもなく、ゲンスケの意識は薄れていき……同時に、ゲンスケは己の『死』を――〈萃理〉を用いずとも理解していた。……いや、まさに実感していた――と言うべきだろうか。


 ――俺は、死ぬのか。


 ゲンスケは、そんな独白をした。最早どうにもならないと、そう考えつつあった。

 ……そう。最早、選択肢はなかったのだ。――既存の選択肢に限った話、であるが。

 

 この状況になった今、たとえどんなに危険を伴う事であったとしても、〈セパレーター〉以外にゲンスケを救える要素はなかったのだ。

 故にゲンスケは求めた。もう一人の自分自身を――。


 かくして彼は、ゲートから飛来した。

 ゲンスケが生存する、現状考えられるただ一つの方法――自分同士の融合を果たすために。


「というワケで、どうするよ俺? 生きるオア死ぬ?」

 薄れゆく意識の中、ゲンスケはどうにか目の前に立つ〈もう一人のゲンスケ〉へと手を伸ばした。

 それをもう一人のゲンスケは「生きたい」というメッセージであると受け取った。

「オーケー、でも一つ聞かねーといけないことがあった。最早迷ってられないのが実際のところだ。……だが一応聞くぜ…………〈セパレーター〉との融合――それは……」

「それまでの自我を手放すことに等しい――ということだ」

 ツヨシが口を挿んだ。

「先に言うなよツヨシ」

 気安く、もう一人のゲンスケは言った。

「言っている場合じゃない。……だが、二つの自我が融合するのだ。それだけは覚悟してもらわねば――ということだ」


 ――そう。〈セパレーター〉との融合は、二つの精神と二つの記憶……場合によっては二つの能力の融合でもある。故に、それまでの自分ではなくなる――つまり、ある意味では死とも言えるということなのだ。

「だが、融合した時点でお前の傷は癒える。俺の方の身体情報で補えるからだ。それは事実だ」

 もう一人のゲンスケはそう付け加えた。

 無論、そんなことはゲンスケの元へ既に萃まっていた。


 故に、ゲンスケは――しゃがみ込んできたもう一人の自分、その腕を強引に手繰り寄せた。

「おっと――もう覚悟は決まってたのかい?」

 それを、ゲンスケは力強く見据えた。

「当然だ……よこせ、お前の……力、を……!」

 そしてもう一人のゲンスケはニヤリと笑った――気に入った、ということだ。

「よし――くれてやる。だからお前も俺によこせ、その力を!」

 瞬間、二人を閃光が包み込む。

 死の間際にあったゲンスケは今、融合を果たし復活した。

 その目は、ある種の達観めいた雰囲気を纏っていた。


「……ゲンスケ。俺がわかるか?」

 ツヨシが歩み寄る。ゲンスケはそれを見て、ただ一言発した。


「アンタ何歳なの」


「は……? なんだってそのようなことを――あ」

 ツヨシは理解した。ゲンスケの言っていることの意味を。

「確かに、ここでのアンタは俺より年上だろうが……でも同時に、以前なら年下でもある。つまりどういうことなんだ?」

「いや――そういうのは〈萃理〉してみればどうだろうか」

 ツヨシはゲンスケに〈萃理〉を促した。……だが、ゲンスケは首を横に振った。


「それはもうできねえ。……混ざってから、俺の在り方は変わっちまったのさ」

 その言葉に、ツヨシは納得した。

「それもそうだった。ゲンスケは〈萃理〉能力を持っていたが……は、そもそも混ざっていたんだったな」

「そういうことだ。元々〈萃理〉能力を失っていた〈俺〉の情報をふんだんに使ってこの体を治癒させた――その結果として、〈俺〉の能力傾向が若干優位になったってワケだ。……ま、それ以前に、俺/〈俺〉の〈萃理〉はとんでもなく純粋な――いわば純血の能力だからな……混ざった時点で影響を大きく受けちまう脆い能力でもあったってワケだなこれが」

 やれやれ、と。ジェスチャー混じりでゲンスケは答えた。

「……ともかく、これでアンタも融合したわけだ。それでその――呼び方なんだが」

 ツヨシは複雑な心境のまま言った。……世界の状況やことわりによっては、同じ人物でも生まれるタイミングにズレが生じる場合がある。それはこの二人も例外ではなく、神崎ツヨシと山下ゲンスケの年齢――その年上年下の関係は逆だったのだ。

 そのためツヨシは、かつては自分の先輩であったゲンスケをどう呼べばいいのか困っていたのだ。

「あん? 別にゲンスケでいいよ。混ざったとはいえ、この世界での関係で合わせることに抵抗はないぜ?」

「む、そうか。それなら……そうさせてもらおう」

 どこかぎこちないツヨシだった。

「ま、とにもかくにも……こうなったからには探し出すしかねえな――〈イビル・オリジン〉を」

「ああ。……まあ、恐らくヤツもまた誰かの能力としてこの世界に現れているのだろう。……まずは、それを探さなくては」

 そう。とある理由から、〈セパレーター〉たちは〈イビル・オリジン〉を追っている。それは当然、融合した同一存在にも引き継がれている。

「そして――〈イビル・オリジン〉はこの町に現れる……そういうことで合ってるはずだよな、ツヨシさんよ」

「ああ。この町はそういう所だからな」

「よし。そうと決まればまずは仲間集めだ。……今度こそ、ミスらねえように、な」


 ゲンスケの双眸が光る。そこには、決意の思いが込められていた。


「つまり――〈ユカリング〉にも目を通すという事か?」

「ま、そうなるな。――あの髪色、新生ユカリングの幹部クラスが染めていたやつだろうからな」

「そちらは専門外だったが……なるほど、どこでも考えることは同じと言う事か」

「いや……むしろありゃあ、〈セパレーター〉と融合した奴らだらけなんだと思うぜ」

「……なるほど、それは確かに戦力になるだろうな」


 訳知り顔な、二人の会話は続く。

 かくして、真の意味で物語は幕が開けた。

 因果の集まる町、〈ゆかり町〉はこうして、とある一大決戦の舞台となったのだ。


序章、了。第1章に続く。

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