第11話「境界と来訪者」

 ――瓦礫は落下した。落下はしたが、二人とも無傷だった。

 ゲツリの重力操作を応用し、落下する瓦礫にかかる重力を減衰させたのだ。結果として、戦闘を行っていた二人は回避に成功し――無事だったのだ。

「いやはや、助かったよゲツリさんとやら」

「不本意だね、実に……」

 実に悔しそうな表情でゲツリは言った。


「探偵。事態は一刻を争う。分かるな?」

 バルバは再びゲンスケに告げた。

「ったく、わかった。やるだけやってやる……!」

とにもかくにも、ゲンスケは能力を行使した。対象は魔弾の襲撃者。ゲンスケは対象を観測し――その男が辿った記録を萃めた。

しかし――

「……ウソだろオイ」

「どうした探偵。何か分かったのか?」

 バルバの声に、ゲンスケはかろうじて反応できた。それほどの驚愕だった。

「ああわかったぜ……コイツには5……っつー、とんでもねえ事実がな」

 ゲンスケは、未だに信じられないという面持ちだ。

「馬鹿な。そんなことが有り得るのか?」

「俺だって初めて視たさ、こんな事例。……だが、嘘偽りなく事実だ。そんでもって、そこから今に至るまでの空白部分、これが20年分。さらに付け加えれば、コイツ――現在進行形で今の記録が発生し始めている……!」

「何だと? 分かるように言え」

「俺だってわかんねえよ! けどな、コイツの記録は、数分前の時点から発生し始めたんだよ。ほんの、つい数分前の、このビル内部からな……」

「馬鹿な……」

「だがそれが起きてんだよ、あのピチピチ野郎にはな……」

 言いつつ、ゲンスケはふと瓦礫に目をやった。

 この時ゲンスケは、ビル二階から落下してきた物体、その中にあった仕切り板セパレーターが目に入った。

「セパレーター……? なんだってこのタイミングで――」

 ゲンスケは疑問に感じた。……だが、これもまた萃理によって運び込まれた情報であるとゲンスケは実感した。

 ――故に、ゲンスケは賭けに出ることにした。


「オイ、ピチピチ野郎――いや、名前はデフレっつーのか」

 先ほどの情報から名前が分かったので、ゲンスケはその名――デフレと言う名で呼んだ。

「……フン、それがなんだ」

 ゲツリと一定の距離を取ったまま、デフレは答えた。

「単刀直入に聞くがよ――デフレおめー、〈セパレーター〉って知ってるか」

「セパレーター……仕切り板のことか?」

 ふざけた様子もなくデフレは言った。

「まーそうなるわな。だがそうじゃねえ、そうじゃねえんだよ。……聞き方を変えるぜデフレ――お前さん、この町で、人を能力者に変えるヤツ……そいつについて知っているな?」

 ゲンスケは、概要という面からからセパレーターについての質問をした。

「――――」

 デフレは、驚愕によってか沈黙した。若干だが、目を見開いた様に見える。

「……そいつかどうかは分からない。だがオレは――そういう存在を否が応にも知っているッ!」

「ほほう、お手柄だねゲンスケ君。……そしてデフレ君、だったか。キミは、そいつに関係があるということなのかね?」

 追い打ちをかけるように、ゲツリが付け加えた。

「……チッ、それ以上は言えんな。こちらにも黙秘権がある」

 デフレは、ゲツリたちを睨みながら言った。

 ――だが、デフレの記録が見えたゲンスケは、ある一つの仮定が浮かんだ。

「……ていうか、分からねーんじゃねーの? デフレさんよ」

「――――!」

 そう。この地球上に記録がほとんど存在しないデフレには、そもそもセパレーターについての知識がないのではないか――と、ゲンスケは考えたのだ。

 しかし――

「――ク」

「……なんだよ。何がおかしいんだ」

 嗤っていた。

「……おい」

――デフレは、嗤っていた。

「――ク、ククク、ハァーッハハハハハハ! そうじゃない、そうじゃないんだよ探偵! 逆なんだよ――オレにはその逆しかないんだよ……!」

 そして――デフレは泣いていた。訳も分からず、涙が流れていたのだ。

「オイ! それってつまりおめー――」

 ゲンスケが言い切るより速く、デフレを黒い影が包んだ。デフレが纏っていたマントは、影だったのだ。

 そしてその時、ゲンスケは『それ』を目撃した。

「逃がさん――」

 ゲツリは言いながら〈ムーンサルト〉を突進させた。両腕には再び重力操作エネルギーが漏れ出ている。

「いいや、今日はここまでだ。精々探索を続けるがいい。何が待っているか――その保証は出来んがな」

 重力操作すら、その影は跳ねのけた。

「遮断したのか……?」

 ゲツリは、そう呟いた。


「社長、ご無事ですか!?」

 バルバがゲツリに駆け寄った。その顔には汗がにじんでいる。

「ああ、私は大丈夫だ。ゲンスケ君、傷はないかね」

「大丈夫っすよ俺は――ただ、アイツ、なんでアレで平気なんだ」

 ゲンスケは、鳥肌を立てながら続けた。

「アイツ――デフレは、胸にぽかんと穴が空いていた。どうなってやがんだありゃあ……」

 そしてゲンスケは、何故かデフレの髪色についても気になり始めていた。デフレの髪色は白、或いは銀といった風だった。

「そちらも気になるが――ゲンスケ君、まずはビル内部を探索しよう。彼――デフレがここにいた理由も気になるのでな」


   ◆


 その頃、神崎ツヨシの携帯電話から着信音が鳴り響いた。

「む。ソウエイからか――もしもし、どうした」

 その間わずか5秒。要件自体は、非常に簡潔な内容だったようだ。

 ――だが、その深刻さは単純なものではなかった。

「――わかった。すぐ行く」

 通話を終えると、ツヨシはすぐに準備に取り掛かった。

「どうしたんです、父さん」

「店番は頼んだぞ、カイ!」

 それだけ言って、ツヨシは店を出た。


   ◆


 その後、三人は時折現れるオートマタと戦いながら最上階に到達した。そのフロアこそが、爆発の起きた場所であった。

「社長、開けます」

「ああ」

 ゲツリの指示で、バルバは扉をカードキーを用いて開けた。

 そこには、おぞましい光景が広がっていた。


「おい社長……なんだこいつは」

「ま、私の監督不足だな。――カイリめ、何をしていた」

 

 ツルギモリタワー最上階に存在する展望室。……そこには、人間数人分の肉塊が散乱していた。そして、展望室の天井付近には、謎の闇が広がっていた。

 ――ゲート。そんな言葉が、ゲンスケの脳裏をよぎった。

「おい社長! なんか言えよ! なあ……!」

 ゲンスケはゲツリにつかみかかろうとした。だがバルバに抑えられた。

「おい離せマッスル! どういうことだコレは! アンタら何をしたんだ!」

 ゲンスケの、憤りの籠った叫びにゲツリは答える。

「……これは、私としても想定外だが、不完全ながらも〈境界〉が――」

 ――否、答えかけて、来訪者――その、突然の襲来に頭上の闇を見た。


「これは――」

 その姿を見た時、ゲツリはある存在であると確信した。

「しかし、生まれつき能力持ちであっても現れるんだねキミは」

 警戒はしつつも、ゲツリは落ち着いた口調で言った。

 ……そう。来訪者は顔に空洞のある存在――セパレーターだったのだ。


 ――だが。


「――なッ」

「――馬鹿な」

 その姿を見た時、ゲンスケとバルバは自分の目を疑った。

 

 彼らの目には――二人目の剣守ゲツリとしか見えなかったからだ。

 そして驚くべきことに、現れた二人目のゲツリは、胸にぽっかりと空洞があった。

「……デフレと同じってこと――なのか?」

 そう仮定するしかなかった。

「社長! 何か……何かマズいです!」

 バルバは再びゲツリの元へ駆け寄ろうとした。

「む、……ああ、そういうことなのかコレは。――来るなバルバ。……これは或いは、固定に成功したのかもしれないのだ」

「それは一体、どういうことですか」

「ああ、お前には伝えていなかったな。なにせ随分と前のプロジェクトだったからなァ」

 別に人が変わったという程でもない。あくまでもゲツリはゲツリらしく落ち着いた口調で、淡々と言葉を返した。

「オイ社長! どういうこったこれはよォ!」

 ゲンスケは再び怒りをぶちまけた。

「ま、そう言わないでくれ。以前からキミが、やたらとこのビルを嗅ぎまわっていたのでね、もしや――と思っていただけなのだよハッハッハ」

「何ふざけてやがるっ、オイ――」

「バルバ。何が起こるか分からない。だが――」

 もう一人のゲツリが、ゲツリの胸を貫く。

「だが――これこそが真実につながる道なのだと私は思うのだよ」

 白と黒の閃光が周囲を包む。


 ――今、二人のゲツリは一つとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る