ep4.平穏主義者の抵抗-04


 それにしてもよく切れる刀だった。

 閑の両腕を縛っていた結束バンドはいとも簡単に切れて床に落ちる。

 ガラスで切った手を見て「どうしたんですか?」と聞かれたが悔しいから答えないでおこう。



「何でここにいんだよ」

「……ややこしいのですが、その……」

「?」

「ある方から連絡を頂いたんです。『お前の友達が殺されそうだ』と……」



 面を被ったままなので顔がよく見えないが、今更彼女の顔を見たところで表情などわかるまい。

 狩野窪は首を何度も捻りながらうなってばかりだった。



「誰からだよ」

「そ、その……『雨男』、から……」

(……え)



 猫面の上からでもわかる。

 この女、照れるという感情があるのか……!?

 閑はあまりの事態に絶句したが、すぐに我に返った。



「な、何で『雨男』から連絡が行くんだよ!? おかしいだろ!」

「わ、私もわかりません。しかし差出人が『雨男』と書かれていたので……閑さん、教えたんですか?」

「誰が教えるかよ! つかお前の連絡先も知らねーし!」



 まさか吉良がそんなことをするか? 確かにアイツなら連絡先を入手することは簡単そうだが……。

 と閑はそこで少し前の自分の行動を思い出した。

 そういえば唯一吉良にだけSOSのメッセージを送っていたのだ。



(……でも、あいつがそんな気ぃ利かせないだろ)



 じゃあ一体誰が……。

 しかしそう呑気に考えている場合ではなかった。

 狩野窪が助けに来てくれたことにより、脳の回転がすっかり止まっていたようだ。

 顔を上げると狩野窪のすぐ背後から、あのスーツ男がバールを振り上げているではないか。



「お、おい!」

「?」



 押し倒すように閑は狩野窪を突き飛ばし、二人が倒れると狩野窪のいた場所にバールが振り下ろされた。

 ガンッという音と共にフローリングが割れる。



「困りましたね。……いえ、嬉しい誤算とも言うべきか」



 スーツの男はうーむと顎に手を当て考えているが、閑は彼の腰を見て固まった。

 後ろのベルト部分につけてあるアレは、ノコギリか?



「実は私、こうして多人数を相手にするのは苦手なんです。一人ずつ殺すのが専門でして……」



 狩野窪はすかさず立ち上がると閑を起き上がらせ、刀を抜いた。

 コートの中に隠してあった刀には露一つついていない。



「しかしまさか『猫』が自ら来てくれるとは……! やはり閑さん、あなた彼女と親しいんですね」



 否定したかったが、助けてもらった今は黙っておくとしよう。

 まだ完全に助かったと言えるかも怪しいが……。



「いやぁ業界騒然ものですよ、あの『猫』が仲間を作るなんて」

(いや、仲間にカテゴライズして欲しくはないんだが……)



 狩野窪は無言のまま刀をただ前へ突き出すだけだった。

 声を発せば性別がバレてしまう。恐らく「猫」の時は一言も喋らないスタイルなのだろう。



「ともかく、まずは閑さんを殺しましょう。あなたは自分の命を捨てる方を選んだのですから」



 スーツの男はニッコリと笑ってバールでトントンと手の平を叩く。



「それが済んだら『猫』、あなたの〝右腕〟を……」



 言葉を遮るように両手で握る日本刀が振りかぶられる。


 狩野窪は男に刀を振り下ろしたが、男もわかっていたようにそれを躱す。

 そして刀を振り上げると男はバールでそれをはじき返した。

 金属がぶつかる音が耳に刺さる。



(……逃げたい)



 ドアは開いている。

 丸腰の自分に出来ることはない。

 逃げてしまいたかったが、らしくもなく狩野窪を置いて行くことに気が引けた。

 彼女が負けるとは思わないが、体格差があまりにもありすぎて……。



「逃げないんですか? 閑さん」

「え」



 狩野窪と交戦していたはずの男がこちらを向き、こちらに凶器を振りかざしていた。


 気付くのが遅すぎた。

 避けても避けきれない。この角度だと頭は避けられても肩もしくは胴に直撃する。

 男の後ろではすり抜けられた狩野窪がこちらを見ていた。



(やば……)



 瞬きの次の瞬間、目の前には黒い手が顔を覆おうとしていた。


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