ep2.殺人主義者の友達-10


「脅迫関係、って言うのが一番合ってると思う」

「脅迫? ……されているんですか? どうして?」



 閑は哀れみを感じてもらえるように俯きのまま暗く答える。



「実は、『雨男』の犯行現場をたまたま見ちまったんだ」

「!」

「殺されるところだった。けど『他言しないなら見逃してやる』って条件を出されてな……あの日から監視されっぱなしだが何とか逃がしてもらってるって感じだ」

「……そんな」



 珍しく狩野窪は驚きという感情を見せていた。

 よしよしと閑は続ける。



「だからさっき工事現場にいたのも『雨男』に呼ばれてで、使いっぱしりみたいなことされてたんだよ。別に仲がいいとかそういうんじゃねぇ」

「……では閑さんが『雨男』と接点があると言うことがもれてしまうと」

「殺される……だろうな」



 正確には〝正体を口外したら殺される〟だが、接点があることもバレていいことにはならない。

 どうだ? 同情を引けたか? と狩野窪の顔色をうかがった。

 すると彼女は口元に手を当て何か深刻そうな顔で考え事をしている。いや、深刻そうに見えるのは閑だけにかもしれないが。



「閑さん」

「?」

「本当は、私がアレだということはあまり広まって欲しくないんです」



 突然の話題転換に戸惑いつつも、アレと指差された方を向く。

 狩野窪は壁にかかった猫面を差していた。



「ですから本当は……見られた人には大人しくしてもらうことにしていたんです」

(ん?)



 大人しくしてもらう、……ということはつまり、殺……。



「ですが閑さんには出来ません」

「……な、何で」

「友達、ですから……。友達というのはそういうものなんでしょう?」



 いや、俺友達いないからそういうのよくわからないけど……。

 そういうもんなの?



「初めて出来た友達を、……斬ることは出来ません。それに……私も嫌です」



 だから刀をあそこで止めたのか、と閑は固まった。

 首を傾げたのは閑のことを認識して「あれ?」と思い、友達を殺すのは……と思ったのだろう。



(友達になっててよかった!)



 死ぬまで言わないと思っていた言葉が出た。

 死ななくてよかった。



「なので閑さん」

「はい」



 狩野窪に対する溢れんばかりの感謝の意からたまらず正座する。



「『雨男』と閑さんの関係を知った今、閑さんの命が危ないのですが」

(まぁ確かに懸念はある)

「私は誰にも言いません」

「そうしてくれると非常に助かる」

「そして私も閑さんのことは手にかけたくありません」

「そうしてくれるとめちゃくちゃ助かる」

「なので……私のことも誰にも言わないでもらえませんか?」

「お安い御用だ」



 それで命が助かるなら。刀を抜かれないなら喜んで!


 約束された身の安全に思わず泣きそうになったがそれはあとにしよう。

 この際殺人鬼や危険人物との約束が一つや二つ増えたところで何とも思わない。喋りさえしなければ助かるんだ。


 そして幸運なことに閑にはその秘密や約束を喋る相手はいない。

 ただ黙っていればいいだけだ。



「では、よろしくお願いします」

「任せろ」



 ぺこりとお辞儀する狩野窪に胸を張って答える。


 クラスメートのちょっとした危ない一面を見てしまっただけだ。今晩は何も見ていない、何も知らない。

 そう思い込んでいれさえすれば、平穏な日常は守られる。

 閑は安堵のため息をもらした。

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