<ラスト・ハーレム・ナイトⅠ>~色即是空のラヴフェーデ~





<ラスト・ハーレム・ナイトⅠ>~色即是空のラヴフェーデ~






 カタルシスを満たすための物語とは違い、実際の争いというものは目に見える前にその趨勢が決まっている事がほとんどだ。


 だから、‘下種脳’どもは常に人を貶める方法を考え、欲望を満たすために後ろ暗い努力を惜しまない。


 そして自らの欲望を満たすために他者から奪うという安易な方法論を選ぶ‘下種脳’どもは争いを望み、社会を争うための場へと変えていった。


 人生は戦いだ。

 人は戦いの中でこそお互いを高めあう事ができる。

 正義は必ず勝つ、だから勝ったものが正義だ。


 そういった幻想を広め、ルールのある戦いという虚構を信じ込ませることで、やつらは社会を自分の都合のいいルールで動くものへとしていった。


 もちろん、‘下種脳’どもにとってルールは守るものではなく、利用し守らせることはあっても、自らを制し律するためのものではない。


 そうして正々堂々などという言葉はルールを守り、その中でお互いを高めあおうとする者の中でしか通じないものとなり果て、やつらは社会を腐らせ、直接あるいは間接的に不幸をばら撒いていく。


 それに抗い続けるには、やつらの手口や反吐の出るような所業を知り、そして‘下種脳’に成り下がらないという意志を常に持ち続けねばならない。


 そうしなければ、やつらに交わった人間は簡単に己を見失い、生物の自滅プログラムという欲望の深淵に飲み込まれてしまう。


「デューン」

 せつなげな吐息とともに、そうオレを呼びながらミスリアがしなだれかかってくる。


 男女を問わずに惑わすような秋波は、オレでなければ容易くなびてしまっていただろう。

 それだけの蠱惑を‘色欲’は放っていた。

むろん香木を思わせるあまやかな匂いも、熱く柔らかいその美しい肉体も、今この場では人を破滅させる罠にすぎない。

 それに溺れることは人であることを捨て‘色欲’の奴隷となるということだ。


 それが‘リアルティメィトオンライン’のクリエーター達が作った設定でありメッセージである以上、ここで手をだすという選択肢は除外される。

 

幸い、魅惑無効というパラメーターのせいか、この体は‘色欲’の誘惑に反応することはないが、いつまでもこのままというわけにもいかない。

 

 ‘色欲’による異常性欲が続くならば精神への悪影響は免れないだろう。

 ならば、やはりいつものように対処する以外に道はない。


 これが、やつらの罠ならば食い破るしかないだろう。

 オレはそう覚悟を決めてミスリアの肢体へと‘気’を送り込んでいく。


「ふああああああ──っ♥」

  それだけで敏感になったミスリアは、白い喉をそらして全身をびくびくと震わせながらのけぞり、硬直したように動きを止める。


 オレの‘気’に触発されミスリアの内部で‘色欲’に侵された‘淫気’が爆発するようにふくれあがり、頂点に達したようだ。


 

「あッ♥ ……あ♥ ……はあン♥ あ♥」

 ふわりと彼女の匂いが立ち上り弛緩した身体がくたりと倒れかかってくる。


 ミスリアの中へと滲入させた‘気’を再び動かし、その肢体の奥深くへと進めていく。

 ‘色欲’が容易い欲望の終焉に抵抗させようとしているのか、最近のミスリアはそれに抵抗するかのように‘気’を張るが、彼我の圧倒的な‘気’の差になすすべもなくオレの‘気’がミスリアのなかを蹂躙した。


「あッ! だ──あああああっ!」

 たちまち、オレにしがみついたミスリアは昇りつめていき、敗北の声をあげる。

「まっ──て! やめ──ぃくうううっ!! やッ……ああ!! また──くううう゛う゛っ!!」


 こうして‘色欲’を‘ラホルス’で知覚できるようになった今では、はっきりと認識できるが、‘色欲’はオレにとり憑こうとしていた。


 そのためにオレへとミスリアを通じて‘淫気’を送り込んでこようとするのだが、オレからミスリアへ流れる‘気’に押しもどされ、反ってミスリアの快楽を増幅させることしかできないでいる。


 例え‘気’のコントロールを極めていたとしてもオレとミスリアではスペックが違いすぎた。

 ‘リアルティメィトオンライン’での‘気’は物理現象を引き起こせる生命エネルギーであり、精神エネルギーである魔力と対を成す存在だ。


 ゲームシステムとしてはHPにあたるもので、物理ダメージを吸収する代わりに消費されこれがゼロになった時点で攻撃を受けると肉体にダメージが通る。


 つまり‘気’によって肉体に影響を与え合う場合、いくら‘色欲’によって異常な‘淫気’を体内で生成しようとミスリアの‘気’の出力では、人間離れしたステータスのオレの出力を超えることができず、彼女のみが‘淫気’によって高まるといった結果になっている。


(どうやら女達に迫られたときの嫌な予感はこれだったらしいな)

 オレはミスリアを支配した‘色欲’がのたうつように蠢くのを感じながら考える。


 言葉にできない罠や危機が迫っている場合に感じる独特の違和感は、この‘リアルティメィトオンライン’を模した世界で目覚めたときからずっとつきまとっているが、それを特に濃く感じた場面がいくつかある。


 その一つが‘色欲’によるものだったというわけだ。

 オレはしがみつく力も失くしてベッドに倒れこんだミスリアの汗と涙にまみれ紅潮した顔を見ながら攻めを緩めることなく‘気’を彼女の全身に流し続ける。


「ひぃううああっ!! ────あっ♥ ああン♥ あ♥」

 ミスリアの内でまた‘淫気’がふくれあがり頂点を極めてとび散る。


 ‘嫉妬’のときと同じく‘色欲’もまた欲望の発散と同時にその影響力は失われていくようだ。

 数度の絶頂を経て‘淫気’はかなり散じていたが、ミスリアの内に巣食った‘色欲’はまだ抵抗を続けている。

 

 リアルティメィトオンラインでは、‘欲罪の真魔’である‘色欲’も‘嫉妬’と同じで不滅の存在だ。


 生物の内に存在する自滅プログラム。

 増えすぎたネズミ達が共食いをするように、レミングが死の行進をするように飛蝗達が変異するように、種を守るためのプログラムは残酷に多くを切り捨て一握りを生かそうとする。

 それは人間という動物の内にも当然存在する。


 人間が動物としてその内部プログラムに従うのみの‘欲望の奴隷’として生きる存在から外部プログラムの蓄積により人へと変化する過程でしきものとして語り継がれた人類の自滅プログラム。

 その象徴としてクリエーター達が生みだした存在が‘真魔’だ。


 時に‘愚種脳’によって‘ガイアの意志’つまりは自然の意志と呼ばれ、人類を地球に巣食うガンだと騙るために使われる根拠としても使われる概念。

 人にとって不滅にして無限の存在だからこそ古き神々として奉られたその概念と同じく、その二極の象徴の片方である‘欲罪の真魔’も不滅にして無限。


 故に‘リアルティメィトオンライン’のシステムで‘色欲’を消し去る事はできない。

 だから‘嫉妬’と同じ対処が根本的解決だ。

 だが、ここで問題になってくるのが‘色欲’がPSYによって誘導されていて、それがオレのPSYを特定するための罠である可能性だ。


 もちろん単にオレを‘欲罪の真魔’の支配下に置くためにけしかけたという可能性もあるが、何れにしろオレが‘名無しのウイザード’であると知られるわけにはいかない。


 もし知られれば最悪ASVR内に閉じ込められた全ての人間が殺戮される可能性がある。

 黒幕の目的も正体も判らない以上、それは当然考えてしかるべき可能性だ。


 オレが外部にアクセスできるようになれば破滅すると悟られた場合、個人の特定ができなければと皆殺しにかかるような‘非人脳’が黒幕でないとは限らないのだ。

 まさかそこまではしないと楽観視するには、オレは連中の手口を知りすぎてしまった。


 人体実験に臓器売買のための人間牧場。

 兵器売買のための敵としてのテロリスト育成や戦争誘発。

 そしてそれらの秘密を消し去るための暗殺や洗脳。


 全ての機密や秘密、謀略に陰謀を知るためにPSYを使う‘名無しのウイザード’として生きると決めたときから、魂を腐らせる深淵を覗き続けたオレだから言える。


 ‘非人脳’どもの行き着く先はそこであり、知らずにその深淵を創り出すのは‘下種脳’どもと‘考え知る事を厭うやつらの奴隷’だ。


「──────ッ! ────ッ!!」

 オレは既に意識を失いかけていながら‘気’に反応してただ絶頂を繰り返しシーツの海で溺れているミスリアに止めの快感を与える。


 ミスリアの喉がのけぞりながら絶息するような音をたて、次の瞬間、完全に失神してしまったらしく、‘色欲’が静まっていく。


 だが、肝心なのはこれからだ。

 ‘色欲’の始末がまだのこっていた。

 どうやら、今日は長い夜になりそうだ。









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