<エロイ・エロイ・ノリ・メ・タンゲレ>~戎楽のコリオレーナス~




<エロイ・エロイ・ノリ・メ・タンゲレ>~戎楽のコリオレーナス~










 人間をただ肉体というハードとそれを動かすOSのような基本プログラムのみによって構成されている存在としてみるのなら、その存在は他の動物と大差の無いものだ。


 だが、人という存在はハードとOSだけではなく、概念という様々なプログラムを社会というネットからダウンロードし人格というプログラムを形勢することによってできている。


 概念プログラム社会ダウンロードなくしては人は成り立たず、洞穴に群れを作って暮らす毛の無い猿にしか過ぎない。


 しかし、‘下種脳’ほど動物的本能それが人間の本質で大切なものだという歪んだ価値観を口にして、それ以外の価値観を持つ人間を攻撃する。


 理想とは、現実の対義語であると嘲笑い。


 夢を追うとは、ただ自らの欲望を満たす行為だと貶め。


 正義とは、他者を攻撃するための口実であると決めつけ。


 情けや博愛とは、互いの欲望を肯定し甘やかしあうことだと筋を違える。


 そして終には、苦痛による恐怖や麻薬による快楽といった物理的に抗えない行為で人の意志を折り、肉体こそが本質で簡単に壊れ敗北する精神などに価値はないとほくそ笑む。


 理想とは現実を導く指標であり。


 夢を追うとは、欲望を制御し理想へ近づく行為で。


 正義とは、他者を攻撃することで欲望を満たすことを許さぬ想いで。


 情けや博愛とは、互いに援け合い、欲望に溺れずに不幸を乗り越えるためのものだ。


 苦痛による恐怖や麻薬による快楽に抗えないことは生物にとっては、当然であって特筆すべきことでも、あえて指摘しなければならないことでもないし、力で否定された概念プログラムの価値が消えるわけではない。


 奴ら‘下種脳’が、力や欲望に屈する人間を嘲笑い、‘価値とは無縁の力という概念プログラム’のみに価値があるとうそぶき。


 他のあらゆる価値観を否定して歪め、その筋を違えた価値観を喧伝するのは、奴ら自身の心の弱さ故のことだ。


 それは、苦痛や麻薬などとは無縁でも、欲望や恐怖を制御できない自分を肯定するために、そうでない他者を攻撃し不幸を撒き散らす行為で、本来は価値観と呼べるものではない。


 なぜなら、価値観とは本来、‘欲求による情動’を制御するために創られた概念だからだ。


 情動に溺れその制御を手放すことを目的とする‘下種脳’が価値観と呼ぶ歪んだ概念は、あらゆる価値観の否定に異ならない。


 つまりは‘下種脳’が価値観と呼ぶ理屈の正体は、人間の肉体構造すらも否定する行為であり、自然の摂理すらも否定するものでしかないのだ。


 欲望の充足という快楽を求め、疲労や痛みという不快を忌避する基本プログラムは、脳と呼ばれる器官の大脳辺縁系と呼ばれる部分に存在し。


 大脳新皮質という‘人を人たらしめている人格プログラム’がある部位にに対して生命維持のため‘欲求による情動’を信号として送り続けている。


 そして、大脳新皮質の人格というプログラムは、欲求を価値観という判断基準で、論理という概念に従って制御し、行動命令を肉体へと下す。


 故にそのシステムを逆転させて基本プログラムの暴走を肯定し、終には‘欲求による情動’のままにあるべく人格を改変しようというする行為は、人間の否定でしかなく、‘下種脳’であるということは人でなくなることだ。


 自然の摂理から外れた人の皮を被った哀れな獣もどき。 


 美醜や善悪あるいは優劣や好悪といった価値観の基準となる概念を創り出す人格というプログラムを否定する、無意味な狂気の塊。


 そうあることを肯定することが、‘下種脳’になるということだ。


 オレはそうなる気もなければ、誰かがそうなってしまうことを見過ごしたくもない。




 椅子に座ったまま内股になって腿をすりあわせ、熱い吐息を漏らすルシエラとレイアを見ながら、オレはそう考えていた。


 事の起こりはルシエラから‘渡り人’の情報を得る為に彼女の部屋で話をしていると、そこにレイアが訪れ居座ってしまったことから始まる。


 何を考えたのか出直そうとするオレを引留めたのは、ルシエラだけでなくレイアもだった。


 レイアは昨夜のことなど気にした様子もなく、挑戦的な眼差しでオレを見据えて、逃げても無駄だと言ってのけ、ルシエラは冷静にオレがいたほうが話が早く済むだろうと説得する。


 何かと理由をつけようにも既に今日の予定はないとルシエラに伝えてしまっていた以上、平和裏に撤退することができないと悟ったオレは、しかたなくその場に残った。


 レイアの話自体は思ったとおりのルシエラに対する引き留めで、オレの不誠実さを語り、彼女の必要性を説くことで情に訴えかけるような、ありふれたものだった。


 話が長引きそうなのは判っていたし、長時間同室にいると何の仕業か女達に異常が起きるのも判っていたので、三十分だけと断って話を始めたのだが、何故か十数分で彼女達は頬を染め酔ったようになり始めた。


 前回の経験から狭い室内でも一時間程度はしないとドラッグにやられたような状態にはならないだろうと考えていたのだが、時間が要因ではないのかそれともその時間が短縮していっているのか、気づいたときには彼女達は淫靡な雰囲気を漂わせていた。


 そうなってしまえば、彼女達の欲求を満たしてやる以外に道はない。


 媚薬系統の麻薬やドーパミンにノルアドレナリンあるいはセロトニンやエンドルフィンといた様々な脳内麻薬を精製するVRドラッグに抵抗できる人間はいない。


 それは純然たる生化学現象で毒物で人が死ぬのと同じ不可避の現象だ。


 これらの人類史上最低の発明品の一つは‘下種脳’どもの手により開発され、多くの人間の尊厳と命を奪ってきた。


 この程度ならましなほうで強いものになれば、一度の使用で人格が破壊されたり、昔ならニンフォマニアと呼ばれたPSASの発作に苦しむことになる。


 これがフィクションなら女を知らない小僧どもやそのての趣味の男を喜ばせるだけの話だ。


 しかしそんな男達でも‘下種脳’でもなければ、実際にそれを目にしたなら嫌悪感で反吐がでそうになるだろう。


 あれは、人間というものを少しでも愛しているのなら耐え難い光景だ。


 死体を前に感じる暗い感情とは別の絶望を垣間見せるその情景は、人が大切に守ってきたもの全てと心の否定を意味しているのだろう。


 それが家族や自分の大切な存在なら、憤怒にかられそれを引き起こした人間を呪い殺したくなるようなものだ。


 そんな情景をいくつも見てきたオレがしなければならないことは決まっていた。


「ああ、……どうして……へん。へんだよおぉ!」


 赤みがかった金色のウェイビーヘアを振り乱し、レイアが熱に浮かされたような声を荒い吐息の間に切なげに漏らす。


「あなたも……この人の‘気’に……あてられた……のね」


 自分に何が起こってるのか判らずに戸惑うレイアにこうなるのは二度目のルシエラが、うわずった声で言う。


 どうやらルシエラはこの現象を導き出しているのがオレだと思っているらしいが、はたして本当にそうなのだろうか?


 現実では起こりえないこの状況をASVRシステムが作り出しているのは間違いない。


 それが本来存在するシステムによって起こされているのだとすればそれもあながち間違いとはいえないだろう。


 限界を超えたオレの能力パラメータがこの現象を引き起こしている可能性はある。


 だが、そうだとしたらそれが起こるまでの時間にずれがあるのは何故なのだろう?


「……あ、んた……あたしに……また」


 オレが何かしたせいでそうなってると思ったのか、レイアが紫の瞳を潤ませた熱っぽい目線をこちらに向ける。


 昨夜の戦闘を考えればそう思われてもしかたがないのだが、オレは黙って首を振ってそれに応える。


 少なくともオレが意図的にこの状況を作り出したわけではない。


 戦闘時に相手を傷つけずに無力化できるので使用している‘気’による刺激と違い、明らかにドラッグめいたこの状態は早く収めなければ中毒症状を起こす危険性が高い。


 そんな危険を見過ごすわけにはいかないだろうとオレは‘気’を練り始めた。


 ‘気’を彼女達の内部に侵入させこの状態を終息させるためだ。


「……あ!」


 そのことに気づいたルシエラが透けるような白い肌を深紅の瞳に負けないくらい紅く染めて、熱い息を吐きながら期待に満ちた表情で身悶える。 


「……や、ああ! だ──!!」


 レイアもオレが何をしようとするのかに気づき、色づいた頬を怯えたようにゆがめる。


「……ッはっ! あッ やっ ……あっ い っくっ……んっ ふっ うっ……うっ……んッ!!」


 だが次の瞬間、練った‘気’を呼気にあわせて発動させただけで、ビクッビクッと身体を震わせながら、何も見ていない眼を見開き、唇の端から透明な筋を滴らせながら切れ切れに敗北の悲鳴を上げる。


 ‘気’を束にしてルシエラの丹田から経絡へと侵入させながら、レイアの相変わらずの過敏さに急いだほうがいいと、オレはもう一つの‘気’の束を練り始めた。


「ああ……ッ! ふああああ!!」


 ルシエラも椅子から崩れ落ちそうになるのをオレの体にしがみついて支え、身体をこわばらせてガクガクと震えながら甘い声で叫ぶような嬌声を上げる。


「やっ……あああ! こんな……ッ!! 信じられなっ……なにっ!? あはあッ!!」


 快楽にかすんだ深紅の瞳からぽろぽろと涙を吹き零し、そらした喉を震わせた。


「ひっ…あッ!! やめっ… だめっ… あひ あっ…やっ…! また…イクぅうッ あああッ!!」


 レイアがルシエラの狂態につられるように再び甘い敗北に浸りながら身体中を痙攣させすすり泣く。


「──ひッ! ────ッ!!」


 ‘気’の束に丹田を貫かれたと同時に声なき声をあげて上体ををビンと反らし、長い脚をつまさきまで伸ばして痙攣させると、レイアは快楽に耐え切れず意識を手放しズルズルと床へ滑り落ちた。


「あ……♥ はっ はおぅッ!! んあああぁぅッ!!!」


 オレにしがみついた腕から力が抜けるまま、ルシエラも身体を支えきれずに、ずるずると床へと崩れ落ちていく。


「ひあっ♥ ……あ♥ …ふ♥ ああ♥」


 そして、息も絶え絶えに荒い息と甘い鳴き声をあげながら身を震わせ、オレの足元で気を失って横たわる。


 ‘ 下種脳 ’どもの企みが何なのか、この事態を造り出した連中の狙いは?


 そんな事を考えながらオレは、全身を様々な体液に濡らしてぐったりとしている二人をベッドに運ぶべく静かに立ち上がった。


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