第3話 銀河鳴動

 ストラード・マウエルが死去し、皇帝の位を継いだその子息バウエルは、数多くの妃候補の中からプレスビテリアニスト家のエリザベートを選んだ。彼は幼い頃からエリザベートを妃に迎えたいと考えており、長年の夢が叶ったわけである。

 2人の結婚の儀は盛大に行われ、帝国各地からたくさんの招待客が訪れた。マウエル家とプレスビテリアニスト家の力を帝国内外に示す絶好の機会でもあったのだ。只、招待客の中には、2人の婚姻を快く思っていない者達もおり、いつ何が起こるかわからない状態でもあった。


 ルイ・ド・ジャーマンも式に招待されていたが、「緊急な作戦参加のため」と偽り、出席を辞退していた。彼は皇帝一族の呑気さ加減に呆れ果てていた。

 ルイは秘密警察の訓練所にジェット・メーカーを訪ねていた。

「今は帝国存亡の危機。何を浮かれているのだ、陛下は」

 ルイはバウエルの愚鈍さを嘆いた。ジェット・メーカーも同じく出席を辞退していた。

「陛下はまさしく操り人形だ。例の影の宰相とか言う人物が、全て画策しているらしい」

 ジェットはルイに言った。

「何者なのか、誰も知らないのか?」

「ああ。枢密院の委員ですら何も知らないらしい。突然現れたというのが、真相のようだ」

 ルイにはもう一つ気がかりなことがあった。

「エフスタビード家が大人し過ぎるな」

 メストレスとエレトレスの兄弟は、辺境域の監獄惑星に幽閉中である。しかし、帝国の半分を牛耳っていたと言われている勢力にしては、あまりにも呆気なく囚われの身になった。ルイには合点がいかない。

「あれほどの腹黒い人間が、このまま大人しく辺境の地で朽ち果てて行くとは思えんな」

 ルイの言葉にジェットも同意した。

「そうだな。何か企んでいるか、奴にとっては想定内の事なのか。どちらにしても、このままですむとは考えにくい事だ」


 ルイは訓練所を出た。そしてその足で銃戦隊の本部に向かった。彼はドミニークス軍のロボテクター隊と戦った事のある隊員を召集し、会議を開いた。

「私はロボテクターとは戦った事がない。諸君の方が実践については詳しい。いろいろ教えて欲しい事がある」

「はい」

 隊員達は、ルイの言葉に緊張した。ルイは決して部下を怒鳴りつけたり、暴力を振るったりした事はないが、とにかく恐れられていた。だが、それは恐怖と言うより、畏敬であった。尊敬を飛び越えているのだ。それほどルイの強さは一般の兵士とはかけ離れていた。

「まず、ロボテクターの詳細を教えてくれ。私は概要を調べただけで、具体的な事は何も知らないのでな」

「わかりました」

 隊員の1人が立ち上がって話し始めた。

「まずはロボテクターの性能ですが、大きさはほぼ人間と同じです。名前からロボットのような姿を想像しがちですが、金属のスーツを装着している分縦横が幾分大きくなっている程度で、それほどの差はありません。それから、重量は普通の人間の2〜3倍程度です。その分動きが鈍くなっていますが、慣れた者になると通常の兵士並みに動く事が出来ます」

「なるほど。攻撃力は?」

 ルイが尋ねた。隊員は少し緊張してルイを見ると、

「それほど良くありません。リフレクトスーツと呼ばれている特殊な金属素材の防護服が守ってくれますので、攻撃力はそれほどでもありません。よく耳にするロボテクターの戦いの話は、ドミニークス軍の情報操作の可能性が多分にあります」

 ルイはそれに頷いた。戦争ではよく使われる方法だ。戦ってみるとそれほどでもない敵はよくいる。

「こちらの攻撃力が断然良ければ、恐れる事はないでしょう」

「断然良ければ、か」

 ルイのその言葉に、隊員はギョッとして、

「あ、いえ、隊長の事を言ったわけではありません。失礼しました!」

 最敬礼して謝った。ルイはフッと笑い、

「かまわんよ。続けてくれ」

「はい」

 隊員は額の汗を拭って、話を再開した。


 一方、ドミニークス反乱軍、通称「新共和国」の人工惑星の一つにあるロボテクター隊の本部では、ルイ・ド・ジャーマンの行動が帝国内に潜入しているスパイからもたらされ、そのための対策会議が開かれていた。

「いいか。ルイ・ド・ジャーマンは油断ならぬ男だ。前任のロボテクター隊隊長であったジョー・ウルフに引けを取らない存在だと思われる。心してかかれよ」

「はっ!」

 本部に集合した何百人と言う数のロボテクターに命令しているのは、ジョー・ウルフがロボテクター隊を去った後、隊長になったバルトロメーウス・ブラハマーナである。彼自身はロボテクターのスーツを着ていないが、体格が人並み外れて大きく、素手でサイボーグやアンドロイドをねじ伏せてしまう程の男だ。彼はジョーとは旧知の仲で、彼を尊敬しており、ジョーのためならどれほどの敵が相手だろうと戦う事ができる。ロボテクター隊の隊長になったのも、ジョーに頼まれたからだ。

( ジョー。今はどこにいるんだ? )

 彼もまたジョーを探す1人である。


 ルイは銃戦隊のエリート隊員達と共に彼の専用艦であるジャーマンに乗り込み、帝国中枢星域を飛び立った。

「まずは最前線に向かう。我々の目的はロボテクター隊の壊滅と、その隊長であるジョー・ウルフの捕縛である」

 ルイはブリッジのキャプテンシートから艦内全体に放送で呼びかけた。

「ジャンピング航法に入れ。一気にドミニークス軍の懐に飛び込むぞ」

 ジャンピング航法とは、時空を超越して遥か彼方に一気に跳躍する航法である。ジャーマンは一瞬にして一万光年を跳躍し、ドミニークス軍の星域に突入した。隊員達に緊張が走った。彼らもここまで奥へと侵攻するのは初めてなのだ。

「前方に反応。敵です! 数、およそ100!」

 レーダー係が報告した。ルイはレーダー係を見て、

「100? 艦船がか?」

「いえ、大きさから恐らくロボテクター隊かと思われます!」

「白兵戦を仕掛けて来るつもりか?」

 ルイは前方に微かに見える光を睨んだ。

「砲撃しますか?」

「いや、あの大きさでは当たらんよ。向こうがそのつもりなら、それを逆手に取る。艦内におびき寄せて、捕獲するぞ」

 ルイには秘策があった。

 バルトロメーウスは、ジャーマンが攻撃して来ない事を不審に思っていた。

「どういうつもりだ? 直撃は無理だが、砲撃で戦力は削減できる。罠か?」

 彼はジャーマンの方向を見据えた。

「しかし、例え罠だとしても、こちらには白兵戦しかない。罠を乗り越えてこそのロボテクター隊だからな」

 バルトロメーウスは敢えて突入する道を選んだ。

「ロボテクター隊、接近して来ます」

 レーダー係が叫んだ。ルイはキャプテンシートから立ち上がり、

「総員、戦闘配備!」

 乗組員達は一斉に行動を始めた。

「敵が本艦に取り付きました!」

 監視員の1人が報告する。ルイはキャプテンシートから離れ、

「第一陣、第一ハッチに集結。第二陣は格納庫へ移動し待機。私も出る」

 ブリッジを後にした。

ハッチがロボテクター達のパワーでこじ開けられ、戦闘が開始された。銃戦隊は続々とハッチ付近に集結し、銃でロボテクター達を撃ったが、そのことごとくが反射され、全くダメージを与えられない。ロボテクター達は銃戦隊の第一陣を蹴散らし、格納庫へと進軍した。

「気をつけろよ。この艦はあのルイ・ド・ジャーマンのものだからな」

 ロボテクター隊の先頭に立つバルトロメーウスが言った。

「はっ!」

ロボテクター達は三隊に分かれ、艦の奥へと進んだ。一隊はルイ率いる部隊に遭遇した。

「くらえっ!」

 ルイの撃つストラッグルの弾は、ロボテクターのリフレクトスーツに反射されない金属の弾丸であった。かすめる程度なら何ともないが、ルイの射撃は正確で、ロボテクター達は確実にスーツを撃ち抜かれて倒れた。

「ジョー・ウルフはどこだ?」

 ルイは足を撃ち抜かれて倒れたロボテクターの1人に尋ねた。

「ジョー・ウルフ? 前の隊長に何の用だ?」

「前の隊長?」

 ルイはジョーがすでにドミニークス軍にいないことを知った。

「ジョーは今どこにいる?」

「さァな。我々は何も知らん」

 ルイはロボテクター達を5人捕獲し、連行した。

「手がかりを失ったか」

 他の隊はロボテクター隊にやられ、壊滅状態との連絡が入った。

「すぐそちらに行く。何とか持たせろ」

 ルイは隊員達と共に別の戦闘箇所に走った。

「何? ストラッグルだと?」

 バルトロメーウスはその情報にギョッとした。

「まずいな。あの銃は、ビームだけではなく、金属の弾丸も撃てる万能銃だ。その上、ルイほどの銃の名手となると、外す事は考えにくい」

 彼は撤退を決断した。

「まさかルイがストラッグルを持っているとはな」

 バルトロメーウス達の引き際は早かった。ルイはその決断の早さを知り、追撃を指示しなかった。

「さすがだな。この引き際、あざやかだ。ジョー・ウルフの跡を継いだ隊長、かなりの切れ者のようだ」

 ルイはジャーマンから離れて行くロボテクター隊に砲撃もさせなかった。

「我々の目的はジョー・ウルフだ。ロボテクター隊を壊滅させる事ではない」

 そんなルイの考えが、後々彼の立場を追い込んで行く事になるとは、彼自身思いもしなかった。


 ドミニークス軍の中枢は、たくさんの人工惑星の集まりである。その中の一際大きいものが、「新共和国」の盟主であるドミニークス・フランチェスコ三世のいる場所だ。

「ルイ・ド・ジャーマンか」

 共和国総裁官邸の総裁執務室の大きな椅子に座っている、禿頭の身体の大きな老人が呟いた。着ている軍服には数多くの勲章や襟章が着いており、その目は何もかも見抜いてしまいそうな程深い。彼こそ、ドミニークス・フランチェスコ三世である。

「ロボテクター隊はその半数を失い、撤退しました」

 ドミニークス三世に恐る恐る報告しているのは、軍司令長官である。ドミニークス三世は、フッと笑い、

「奴め、何しに来たかな。ロボテクターが目的ではないと見える」

「はっ」

 司令長官は深々と頭を下げた。ドミニークス三世は、

「まさかとは思うが、彼奴(あやつ)を探しに来たのではなかろうな?」

 独り言のように言った。そして、スッと椅子から立ち上がり、

「もしそうなら、面白い事になる。ルイなら、あの化け物のような男を倒せるかも知れんからな」

 ドミニークス三世は低い声で笑った。


 ルイ達は帝国に帰還し、捕獲したロボテクター達を軍の研究所に預けた。いろいろと調べてもらおうと思ったのだ。

 しかし、ロボテクターのスーツの成分分析をしたが、その素材が伸縮自在で、まるで繊維のような性質を持っている事がわかった程度で、何で出来ているのか、どうやってロボテクター達はそのスーツを装着したのか、全く解明できなかった。


 辺境の監獄惑星に幽閉されていたメストレスは、密かに連絡をとっておいた反皇帝派のゲリラ部隊に監獄を襲撃させ、脱獄に成功していた。

「これからが本番だ。バウエルめ、目にもの見せてくれる」

 帝国の中枢に向かう戦艦のブリッジで、復讐に執念を燃やすメストレスだったが、エレトレスは、

「兄さん、妙だよ。あまりにも事が簡単に運び過ぎてる。何かおかしいよ」

 心配そうに言った。しかしメストレスは、

「考え過ぎだ、エレトレス。影の宰相とやらも、私達の事を過小評価しているのだ。そんなに心配する必要はない」

「そうかな……」

 兄の過剰過ぎる自信に、エレトレスはよくない結末ばかり想像してしまった。

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