ジョー・ウルフ

神村律子

第1話 ルイ・ド・ジャーマン卿

 地球人類が地球を捨て、銀河の大海原に出てからどれほどの年月が流れたか知れないほどの時代。


 ぼぼ全域に渡って統一を成し遂げられ、統治形態として衰退期を迎えようとしている銀河帝国は、その全盛期を担った皇帝一族の「マウエル家」を中心に、大混乱へと向かいつつあった。

 各星域で反乱が多発し、中でも辺境の宇宙海賊の始末には、帝国最高機関の枢密院直属の秘密警察特殊部隊でさえも手を焼いていた。

 しかし、ここに一人、まるで彗星の如く輝きを放った男がいた。

 遠い昔からその家系を守り、銀河帝国でも名門と言われている「ジャーマン家」の生んだ希代の天才戦士ルイ・ド・ジャーマンである。涼しげな目をした、冷静沈着を絵に描いたような男である。

 彼は帝国が賞金を懸けた海賊をことごとく討ち取り、帝国に突き出して確実に自分の地位を上げて行き、やがて秘密警察の中でも選りすぐりの者が所属する特殊部隊の隊長に就任した。

 ルイは部下を率いて海賊の本拠である辺境域に進撃し、次々に海賊達を拘束した。

 皇帝ストラード・マウエルはその功績を讃え、ルイを呼び寄せ、帝国軍の銃戦隊隊長に任命した。ルイはその時初めて笑ったと言われるくらい、感情を押し隠している男である。


 彼はその後、帝国でも最高の栄誉である「ストラッグル」という銀河系最強の銃を所持するため、ライセンスセンターに行き、テストを受けた。

「チッ!」

 ルイは標的を一つ残らず撃ち落とした。0.15秒級という最終標的テストでも、彼は一つも外す事がなかった。

「終了か」

 彼が控え室で一息ついていると、試験官が近づいて来て、

「さすがですな。これで全標的命中は、2人目です」

 ルイは目を細めて耳を疑うような顔をし、試験官を見上げた。

「2人目? 私の前に誰がやってのけたのだ?」

「ハハハ……。そんなことをジャーマン家の貴方が気になさる事はありません。その辺の、名もないような奴ですから」

「バカめ。1人目が名もないような奴なら、尚の事気になるではないか。一体何者なのだ、そいつは?」

 いつも冷静なルイの怒号にも近い声に試験官はギョッとして、

「ジョ、ジョー・ウルフと言います。貴方と同じ、地球系の男です。何でも、今は没落してしまった、プランテスタッド家の末裔だとか……」

 恐る恐る答えた。ルイは思案顔になり、

「プランテスタッド家か……。代々銃の名手を輩出していた家柄だ。しかしそれにしても気に入らん。この私が、没落した家の末裔の男の後塵を拝することになるとはな」

「いえ、それだけではないのです」

「何!?」

 ルイはキッとして試験官を睨んだ。

「どういう意味だ?」

 試験官はルイの鋭い視線にたじろぎながら、

「はい。ジョー・ウルフは、全弾命中だけではなく、命中したのが、全て寸分違わぬ中心なのです。貴方もいくつか中心を撃ち抜いてはいましたが、全部ではありませんでした」

 これだけのことを言われたら、いくら感情を押し隠した男と言われていても、我慢がならないだろう。

「どこだ? そいつはどこにいる!?」

 ルイは試験官の襟首を掴んで叫んだ。

「あ、あ……。放して下さい、言いますから」

 ルイは試験官の襟首から手を放した。試験官は喉をさすりながら、

「ジョー・ウルフは反乱軍にいます」

「どこのだ?」

 実際銀河系にはいくつかの反乱軍があったので、ルイの質問は当然だった。

「ドミニークス反乱軍です。反乱軍の中でも特に大きく、勢力のある……」

「ドミニークス反乱軍、か」

 ルイもその名は知っている。反乱軍と言うより、すでに一つの国家と言った方が正しい。その頂点に立つドミニークス・フランチェスコ三世は、銀河帝国の皇帝ストラード・マウエルと幾度となく艦隊を率いて戦った強者である。そして策略家であり、謀略、知略にも長けている。侮り難い、危険な存在だ。

「それで、ジョー・ウルフの所属は?」

「はァ、ロボテクター隊の隊長です」

「!」

 ルイはグッと右の拳を握りしめた。

「幾度となく帝国軍の艦隊が壊滅的な打撃を受けた部隊だな」

「はい」

 ルイはしばらく考え込んでいたが、

「それほどの部隊にいるのなら、仕留めがいがあると言うものだ」

と呟いた。


 ルイはストラッグルのライセンスを受け取り、その足で帝国中枢星域へと宇宙艇を飛ばした。

「それで?」

 帝国秘密警察の署長室に出向いたルイは、早速ジョー・ウルフの捜索許可を願い出た。

「はい。この私より銃の技術が上の男がこの銀河系にいることが許せないのです。是非、ジョー・ウルフ捜索を許可願います」

 署長はルイを見上げた。

「行かせてもいいが、君はロボテクターのことを知っているのかね?」

「無論です。ロボテクターの装着しているスーツは、あらゆるビーム類を反射する特殊なコーティングがされており、遠距離からの攻撃は自殺行為。そして、近距離での攻撃では、そのスーツのパワーによって嬲り殺しにされる」

 ルイの解答に署長は呆れ顔になり、

「そこまでわかっていながら、何故そんな無謀な捜索を希望するのだ? ジョー・ウルフなど、放っておいても君のこれからの昇進には何の影響もないのだぞ」

 ルイはフッと笑い、

「確かにその通りです。ですが、昇進や栄誉以前に、私にはプライドがあります。銀河系最強と言われたこともある……」

「今はその銀河系最強が疑わしくなったと言う事か?」

「はい。最強は1人。それは他の誰でもなく、この私ということを、確実にしておきたいのです」

 ルイの目は野心ではなく、純粋に強さを求める男の目だった。署長は肩を竦めて、

「君ならあるいは、ロボテクター隊を全滅させられるかも知れんな」

「はっ」

 ルイは敬礼した。そして、

「ジョー・ウルフは帝国軍にいた時、どこに所属していたのですか?」

「帝国親衛隊だ」

「親衛隊?」

 ルイは背筋が寒くなりそうだった。帝国親衛隊は、まさしく血も涙もない殺戮部隊である。ルイも入隊を打診されたが、その残虐さを伝え聞いていたため、断ったのだ。

「なるほど、署長が私を止める理由がわかりました。そんなところに所属していた男が、今は反乱軍にいる。奴がどれほどの強さなのか、想像ができます」

「ジョー・ウルフが帝国を去ったのは、ある事件がきっかけらしいのだが、詳細は軍上層部と帝国幹部くらいしか知らない。ある者は、ジョー・ウルフは強過ぎるが故に消されそうになった。だから帝国を出たのだと言っている」

 ルイはますますジョー・ウルフに会いたくなって来た。

「では、ジョー・ウルフの捜索を始めさせていただきます」

「わかった。君なら可能だろう。健闘を祈る」

「はっ!」

 ルイは再び敬礼した。


 署長室を出て、秘密警察の廊下を移動中に、ルイは以前暗殺団の同僚だったジェット・メーカーに会った。

「久しぶりだな、ルイ。ストラッグルのライセンスを取得したそうだな」

 ジェット・メーカーは長い前髪を掻き揚げて言った。ルイは苦笑いして、

「ちょっとばかり不愉快な思いをしたがな」

 ジェット・メーカーは眉を顰めたが、やがて、

「そうか。ジョーの事を聞いたのか?」

「ああ。お前もジョー・ウルフのことを何か知っているのか?」

 ジェット・メーカーはムスッとして、

「知っているなどという生易しい話ではない。奴は帝国士官学校の1年上級で、その頃からずば抜けた身体能力を発揮していた。一時期は憧れも抱いたくらいだったが、あることがきっかけで、それは捨てた」

「あること?」

 ルイの言葉にジェットはフッと笑い、

「個人的な事だ。聞かないでくれ」

「そうか」

「その時から俺は奴に追いつき、追い越すことだけを考えて訓練に励んだ。しかし追いついたかと思うと、奴は遥かに高いところに行ってしまって、全く歯が立たなかった」

 ジェットの目は、憎しみに溢れていた。そして、

「ルイ、ビリオンス・ヒューマンという言葉を知っているか?」

 唐突に尋ねて来た。ルイは初耳だったので、

「いや。何だ、それは?」

「十億分の一の確率で誕生する、超人的な身体能力を持った者のことだ。どうやらジョー・ウルフはそのビリオンス・ヒューマンのようなのだ」

「……」

 ジョーの強さがその「ビリオンス・ヒューマン」という特殊な人間故なのだとしたら、勝てるのか? ルイは考え込んだ。

「超能力者のようなものなのか?」

 ルイはジェットを見た。

「いや。超能力とは、あくまで普通の人間が潜在能力を完全に解放したものだ。ビリオンス・ヒューマンとは、そもそも遺伝子レベルで違う。端的に言えば、普通の人間とは違うものと考えるのが正しい」

「新人類ということか?」

 ジェットは苦笑いをして、

「さァな。どんな存在なのかは、まだ分析中だそうだ」

 あまりルイが深刻な顔をしているのでジェットは、

「お前、何を考えている? 奴と戦うつもりか?」

 ルイは再びジェットを見た。

「ああ。ラインセンスセンターで私は初めて屈辱を感じた。ジョー・ウルフと言う存在は、今の私にとって最大の障害だ。取り除かねばならない」

 ルイの真剣そのものの顔にジェットも真顔になり、

「そうか。お前なら、奴を倒せるかも知れんな。だが、恐らく、お前が想定しているより遥かに奴は強いはず。気をつけろよ」

「ああ」

 2人は話を終え、別れた。


 ルイがジェット・メーカーと話していた頃、帝国の中枢では、大変なことが起こっていた。

「父上!」

 皇帝ストラード・マウエルが倒れたとの知らせを受け、皇太子であるバウエル・マウエルはストラードが眠る帝国宮殿の特別室に赴いた。

「一足遅うございました、殿下」

 ストラードの側近の老人が深々と頭を下げた。ストラード・マウエルの遺体は、まるで眠っているかのようにベッドに横たわっていた。バウエルは言葉を失い、がっくりと膝を着いた。

「父上……」

 父親の死にうちひしがれるバウエルを尻目に、一人ほくそ笑む男がいた。反皇帝派のリーダー格であるメストレス・エフスタビードである。彼はニヤリとして、

「お悔やみ申し上げます、皇太子殿下。本日より貴方様が皇帝でございます」

「……」

 バウエルは呆然としてメストレスを見上げた。メストレスは、

「ご心配なさいますな。帝国はこのメストレスが見事舵取りを致します。バウエル様は、お妃選びにご専念下さい」

「メストレス、そなたは!」

 バウエルは涙を拭って立ち上がった。

「勘違いなさいますな、バウエル様。この帝国、実際支えて参りましたのは、我らがエフスタビード家ですぞ。妙な考えはお捨て下さい」

「くっ」

 バウエルは側近を見た。側近は深々と頭を下げたまま、首を横に振った。「メストレスに逆らってはいけない」と言っているようだった。メストレスの後ろに立っていた大男が、

「兄さん、今そんな話をしなくても……」

と口を挟むと、メストレスは、

「今せずにいつするのだ、エレトレス? 間の抜けたことを言うな」

 エレトレスと呼ばれた男は、メストレスの弟で、狡猾を絵に描いたような兄とは違い、温厚そうな人物である。

「さて。これからの帝国の執政について、お話をいたしましょうか、皇帝陛下」

 メストレスが不敵な笑みを口元に浮かべて言った時である。

「メストレスよ、お前の思い通りには事は運ばんぞ。この私、影の宰相がいる限りな」

 どこからともなく声が聞こえた。メストレスはキッとして周囲を見渡し、

「ど、どこだ? どこにいる?」

 バウエルやエレトレス達も周囲を見回した。

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